陸に上がった「海の住人」
茂みが激しく揺れた直後、三体の影が姿を現した。
[ディアーナ:警告。周囲の茂みから、敵性生物反応を3体検知。……攻撃行動を確認。戦闘態勢へ移行してください。]
赤黒く変色した硬質な肉塊。四角い箱のような胴体に、不釣り合いなほど細い手足が生えている。鳥のような無機質な嘴には鋭い牙が並び、「ギャッ、ギャッ」という耳障りな金切り声で威嚇してくる。
そのうちの一体が、瀬戸の思考を待たずして飛びかかってきた。
「ッ!」
反応した時には、既に身体が動いていた。反射的に腰のホルダーからビームサーベルを引き抜く。熱を帯びた光の刃が、美しい軌跡を描いて宙を裂いた。すれ違いざまに切り伏せられた怪物は、断末魔を上げる暇もなく両断され、汚泥のような体液を撒き散らして絶命した。
(今の動き……俺じゃないみたいだ)
ナノマシンが筋肉の収縮を最適化し、一流の傭兵に匹敵する戦闘技術を強制的に再現している。移植後の訓練のおかげか思考よりも早く、身体が答えを出していた。
『やるー』
[ディアーナ:反応残り2です。]
仲間を失った残り二体は、怯むどころか逆に逆上したようだ。嘴を打ち鳴らし、左右から同時に挟み撃ちを仕刻んでくる。
[ディアーナ:来ます]
瀬戸は重心を低くし、流れるような動作で懐に潜り込んだ。ビームサーベルが夜を引き裂くような閃光を放つ。二太刀、三太刀――。斬撃音が響くこともなく、肉塊は脆く崩れ去った。
[ディアーナ:対象の生命反応なし。周辺に敵影ありません。戦闘終了です]
『瀬戸、よくやった。エマ、先ほどの変異体との戦闘データの解析を急げ』
『了解しました。紬、お疲れ様。大丈夫?』
「ああ……」
彼が動揺を隠せないでいると、通信越しにミアの弾むような、元気いっぱいの声が割り込んできた。
『せとーっ! すごーい! 今の動き見てたよ!? めちゃくちゃカッコよかったよ! ほぉら、ボーッとしてないで、早くその敵の組織サンプル採って! 解析したいから、さっさとお願いっ!』
「お、おう……わかった、今やるよ」
瀬戸は、まだ微かに痙攣している怪物の死骸へと歩み寄る。不気味なぬめりを持つ肉塊のそばに膝をつき、右手をかざした。ナノマシンが皮膚の表面から活性化し、銀色の燐光を放つ。怪物の組織に浸透していく細胞レベルでの接触――。肉塊の硬質な殻をナノマシンが分子単位で分解し、生体データを吸い上げる。瀬戸の脳内には、解析中のゲージと共に、無数のDNA塩基配列が視覚情報として高速で流れてきた。
[ディアーナ:瀬戸紬のナノマシンよりデータ受信。変異体No.1と名称。遺伝子データの検索を開始。]
『ありがとう、ディちゃん。解析するよ』
[ディアーナ:了解です。ミア]
数秒の沈黙の後、ミアの興奮した声が響いた。
『……ええっ!? なにこれ、超ヘンテコ! 解析結果が出たけど、意味わかんないよ!』
「どうだった? 何なんだ、こいつらは?」
瀬戸の問いに、ミアが頭を抱えている様子が目に浮かぶような口調で答える。
『遺伝子情報……これ、海洋生物のデータみたい! でも変なの! 吸盤みたいな器官がいっぱいあって、身体はすごく柔らかい構造みたいだし、触手みたいなのが……うわっ、いっぱいついてる! 何これ、こんな生き物、ステーションのアーカイブには全然載ってないよ!』
「……吸盤? 触手?」
瀬戸は思わず聞き返した。あの赤黒い四角い肉塊が、元は海洋生物だという。
[ディアーナ:アーカイブにて検索… … … 遺伝子情報に該当する生物が1件ヒット。データを表示します]
瀬戸の網膜に映像が流れてくる。それはかつて海にいた……あれであった。
『そうこれ! すごい変な生き物!』
『ほんと。変な生き物ね』
『本当にこれは異星物に感染する前の生物なのか?』
ステーションメンバーはこの生物を見たことはないため、その異様さに驚きを隠せない。
『たぶん異星物によって強制進化したのかな? それとも降下部隊が持ち込んだ遺伝子組み換え生体かな?』
[ディアーナ:キャンサーのブラックボックス内のデータには情報ないため、強制進化した変異体と推測されます]
『いずれにせよ、海の中にいたはずのブヨブヨした生き物が、無理やり陸に上がって、こんな姿まで変えさせられちゃったんだね。あーもう、めちゃくちゃだよ!』
(タコか……。海にいたはずのアイツらが、陸に上がってこんなことになってるのか)
瀬戸は、足元に転がる赤黒い死骸を見下ろした。かつて地球で優雅に泳いでいたであろう生命が、今や牙を剥き、人を襲う怪物となっている。この惑星は、人類が留守にしている間に、想像を絶するスピードで「異界」へと塗り替えられていたのだ。
瀬戸はビームサーベルを収め、深い森の奥を睨んだ。まだ、何かがこちらを伺っている気配がする。この森には、もっと多くの「かつての住人」たちが、歪んだ姿で獲物を待っている。
「……行くか」
瀬戸は一歩を踏み出した。その歩みは、ただのサラリーマンだった頃のそれとは違い、人類の存亡を背負った戦士の重みを持っていた。




