第90話 「血脈の力」
ヴォルクの拳が、俺に向かって振るわれた。
俺は短剣で、それを受け流そうとした。
だが接触した瞬間、予想外の衝撃が腕を伝った。
「なんだ」
俺は後退しながら、呟いた。
力の質が、これまで戦ってきたどの相手とも違った。魔物との融合による力とも、通常の魔力とも、根本的に異なる何かだった。
「血脈の力は」
ヴォルクが、静かに言った。
「マナを経由しない。だからお前のような器には、感知しにくいはずだ」
俺は索敵で、ヴォルクの動きを正確に捉えられていないことに気づいた。
これまで感じたことのない、種類の力。
「カルロさん」
俺は叫んだ。
「防御壁で、対処できますか」
「試してみる」
カルロは答えた。
カルロが杖を構えた。ヴォルクの次の攻撃に合わせて、防御壁を展開する。
だがヴォルクの拳は、その防御壁をあっさりと貫いた。
「魔力による防御は」
ヴォルクは言った。
「通じない」
俺は状況を、素早く分析した。
マナを経由しない力。ならば対処法も、通常とは違うはずだ。
「エリナ」
俺は呼びかけた。
「マナで対抗するのは、難しいかもしれない」
「じゃあ、どうすればいいの」
エリナが聞いた。
俺は少し考えた。
力の質が違うなら、単純な物理的な回避と反撃で、対応するしかない。
「俺の動きに、合わせてくれ」
俺は言った。
俺は短剣を構え直し、地面を蹴った。
ヴォルクの次の攻撃を正面から受けるのではなく、その軌道を読んで避けた。
完全には避けきれなかった。腕に浅い傷が入った。だが、致命傷は避けられた。
「速いな」
ヴォルクは、少し驚いた顔をした。
俺はその隙に、短剣で反撃を試みた。
だがヴォルクの体に、刃が通らなかった。
「血脈の力は」
ヴォルクは言った。
「肉体そのものを強化する。物理的な攻撃も、簡単には通らない」
俺は少し、状況の厳しさを実感した。
防御壁も物理攻撃も、通じにくい相手。
だが、諦めるつもりはなかった。
俺は胸の温もりを、意識した。
覚醒反応。今この状況で使うべきか。
だが乱用は、体に負担がかかる。今はまだ、その時ではないと判断した。
俺はもう一度、ヴォルクの動きを観察した。
力任せの攻撃で、動き自体は単調だった。
「エリナ」
俺は言った。
「石を投げてくれ。狙いは正確でなくていい。牽制でいい」
「わかった」
エリナが答えた。
エリナが、マナを纏った石を次々と投げた。
ヴォルクはその石を、腕で簡単に払いのけた。だがその動作の間、わずかに隙が生まれた。
俺はその隙を、逃さなかった。
短剣ではなく素手で、ヴォルクの関節部分を狙った。
完全な強化が及んでいない部分。関節の動きの流れを読んだ。
俺の手がヴォルクの肘の関節に、正確に入った。
ヴォルクの動きが、一瞬止まった。
「なぜ」
ヴォルクが呻いた。
「肉体全体が均一に、強化されているわけじゃない」
俺は言った。
「関節の動きには、隙がある」
俺はそのままヴォルクの体勢を崩し、地面に押さえ込んだ。
「動くな」
俺は言った。
「これ以上、争う理由がない」
ヴォルクはしばらく抵抗しようとしたが、やがて力を抜いた。
「認めよう」
ヴォルクは、悔しそうに言った。
「今日のところは、お前の勝ちだ」
俺は、ヴォルクを解放した。
ガレオンが、駆け寄ってきた。
「ヴォルク、もうやめろ」
ガレオンは、続けた。
「これで若い世代も、少しは目を覚ますだろう」
ヴォルクは、俺を見た。
「なぜ、殺さなかった」
ヴォルクは聞いた。
「殺す理由が、ないからです」
俺は答えた。
「あなたたちの恨みも誇りも、理解できる部分がある。だからこそ、対話の道を諦めたくない」
ヴォルクは、しばらく俺を見つめた。
それから、静かに頭を下げた。
「私が、間違っていたのかもしれない」
ヴォルクは、呟いた。
---
その日の夕方、ガレオンが改めて、俺たちの前に立った。
「一族の正式な決議を、伝える」
ガレオンは言った。
「お前の提案を、受け入れる」
俺は少し、安堵した。
「石碑の記録を」
ガレオンは続けた。
「独占するのではなく正しい歴史として、後世に残す形を共に考えたい」
「ありがとうございます」
俺は言った。
カルロとフェリクスが、静かにその様子を見つめていた。
「師の、無念が」
カルロは、静かに言った。
「少しだけ、報われた気がする」
フェリクスも、頷いた。
「五十五年、長かったが」
フェリクスは、続けた。
「ここに一つの区切りが、ついたようだ」
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その夜、俺はエリナと、静かにこれまでの旅を振り返った。
「終わったね」
エリナは言った。
「まだ、完全には」
俺は答えた。
「これから旧血族との関係を、少しずつ築いていく必要がある」
「でも大きな戦いは、避けられた」
エリナは続けた。
「そうだな」
俺は頷いた。
俺は、ステータス画面を確認した。
ゼロ Lv.15
HP:67/67
MP:35/35
筋力:20 敏捷:24 魔力:13 耐久:17 知力:24
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
レベルが上がっていた。ヴォルクとの戦いが、それだけ大きな経験になったのだろう。
エリナも、自分のステータス画面を確認した。
エリナ Lv.8
HP:30/30
MP:21/21
筋力:10 敏捷:19 魔力:17 耐久:11 知力:14
スキル:精密投擲
「私も上がった」
エリナは、少し嬉しそうに言った。
「二人とも、成長したな」
俺は言った。
俺たちは、夜空を見上げた。二つの月が山々の間で、静かに輝いていた。
この世界に来て、多くのことがあった。名前も記憶もなく目覚めた日。エリナとの出会い。カルロとの修行。無冠との対話。天秤との協力。ラグドでの始祖の意思との出会い。そして今、旧血族との新たな関係の始まり。
橋になるという役目は、これからも続いていく。
少しずつ確かに、世界は繋がっていっている気がした。
俺はその実感を、胸に刻みながら、静かに目を閉じた。
**次回・第91話「新しい風」**
> 旧血族との対話が続く中、ランドルに戻ったゼロたちを、思いがけない知らせが待っていた。ミラ試験官からの、Bランク昇格試験の案内だった。
第2章、完結です! ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。60話という長い道のりでした。始祖の器と鍵の真実、そして旧血族との対話による決着。次回から第3章、また新しい物語が始まります。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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