第72話 「共に触れる」
塔が、また大きく震えた。
天井から、石片が降り注ぐ。
「もう、あまり時間がない」
アルクが叫んだ。
「決めるなら、早く」
俺は、台座の上の石の欠片を見た。
ドレクが一人で触れて消えた。器と鍵が揃っていない状態で触れることの危険性を、目の前で見た。
だが、「器よ、鍵と共に、触れよ」という声は、確かに聞こえた。
俺は、エリナを見た。
「怖いか」
俺は聞いた。
「怖い」
エリナは正直に答えた。
「でも」
エリナは、俺を見た。
「一人じゃない」
エリナは続けた。
「ゼロと一緒なら」
俺は、少し考えた。
これまでの旅を、思い出した。
森で目覚めた日。エリナに助けられた日。カルロとの出会い。修行の日々。無冠との対話。天秤との邂逅。ガイウスとの戦い。エリナが鍵の可能性を受け入れた日。
全てが、この瞬間に、繋がっている気がした。
「セルマさん、アルクさん」
俺は言った。
「下がっていてください」
「本当に、やるのか」
セルマが聞いた。
「わからない」
俺は正直に答えた。
「ただ、ここで逃げたら、いつかまた、同じ問題に直面する」
アルクが少し考えた。
「お前の判断を、信じる」
アルクは言った。
俺とエリナは、台座に近づいた。
石の欠片が、静かに光っている。
「一緒に」
俺は言った。
「うん」
エリナは頷いた。
俺たちは、同時に手を伸ばした。
指先が、石の欠片に触れた。
瞬間、世界が変わった。
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周囲の景色が消えた。
俺とエリナは、真っ白な空間に立っていた。
「ここは」
エリナが、辺りを見回した。
「わからない」
俺は答えた。
その時、声が響いた。
『器と鍵よ、ようやく会えた』
声の主が姿を現した。
人の形をしているが、輪郭がぼやけている。光そのもののような存在だった。
「あなたは」
俺は聞いた。
『私は、始祖の意思の断片』
声は答えた。
『本体ではない。ただの記録だ』
「始祖本人では、ないんですか」
俺は聞いた。
『本人はとうの昔に、世界に還った』
声は続けた。
『だが、伝えるべきことを、ここに残した』
俺は、エリナと目を合わせた。
「何を、伝えたいんですか」
俺は聞いた。
『まず、確認したい』
声は言った。
『お前たちは、なぜ、ここに来た』
俺は、少し考えた。
「力を求めて、来たわけじゃない」
俺は答えた。
「無理やり扉を開けようとした人間が、力に飲まれるのを見た。それを、止めたかった」
『正しい理由だ』
声は続けた。
『力を求める者に、この場所は開かれない。だが、繋ぐことを求める者には、開かれる』
「繋ぐ、というのは」
エリナが聞いた。
『器と鍵。二つの異なる力が、一つになること』
声は答えた。
『それが、始祖が本当に望んだことだ』
俺は、オルディナの遺跡で見た、始祖のメッセージを思い出した。
器は橋となれ。
「一つになるというのは、具体的に、何が起きるんですか」
俺は聞いた。
『力を、統合する必要はない』
声は答えた。
『ただ、互いを理解し、支え合うこと。それだけで十分だ』
「それだけ、ですか」
エリナが聞いた。
『それだけで、十分だ』
声は続けた。
『力とは本来、そういうものだ。奪い合うものではなく、支え合うためにある』
俺は頭の中で、これまでの旅を、また思い返した。
カルロとの対話。セインとの和解。天秤との交渉。全てが力ではなく、対話と理解によって進んできた。
「もう一つ、聞きたいことがあります」
俺は言った。
「ドレクはなぜ、消えたんですか」
『一人で、全ての力を受け止めようとしたからだ』
声は静かに答えた。
『力は、一人で背負うには大きすぎる。分かち合う相手がいなければ、その者は力に飲まれる』
俺は、エリナを見た。
もし俺が、一人でここに来ていたら。同じ結末を迎えていたかもしれない。
「俺たちはこれから、どうすればいいんですか」
俺は聞いた。
『特別なことは、何もない』
声は答えた。
『今まで通り、互いを支え合い、この世界と向き合えばいい』
「それだけで、いいんですか」
『それだけで、十分だ』
声は続けた。
『ただ、一つだけ、伝えておきたいことがある』
「何ですか」
『世界には、まだ、力を求める者たちがいる』
声は言った。
『この世界のどこかに始祖の力を、完全な形で手に入れようとする者が、いずれ現れる』
「それは、誰ですか」
俺は聞いた。
『まだ、わからない』
声は答えた。
『ただその時が来たら、お前たちが橋となって、世界を繋ぎ止めることを、願っている』
俺はその言葉を、深く胸に刻んだ。
「わかりました」
俺は答えた。
声が少しずつ、薄れていった。
『最後に』
声は続けた。
『お前たちに、一つの力を託す』
俺とエリナの体に、温かい光が流れ込んだ。
それは力そのものというより、何か繋がりのようなものだった。
『これで、私の役目は終わりだ』
声は言った。
『さようなら、器と鍵よ』
声が、完全に消えた。
白い空間も、消えていった。
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気がつくと俺たちは、崩れかけた塔の中にいた。
「大丈夫か!」
アルクが駆け寄ってきた。
「大丈夫です」
俺は答えた。
台座の上の石の欠片は、すでに消えていた。
俺は、ステータス画面を確認した。
ゼロ Lv.13
HP:58/58
MP:31/31
筋力:18 敏捷:21 魔力:11 耐久:15 知力:22
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
数値は、変わっていなかった。
だが胸の奥に、新しい何かがある気がした。
エリナ Lv.6
HP:24/24
MP:15/15
筋力:8 敏捷:16 魔力:13 耐久:9 知力:12
スキル:精密投擲
「エリナ」
俺は言った。
「大丈夫か」
「大丈夫」
エリナは、少し疲れた顔で言った。
「でもなんか、体が軽い気がする」
「早く、塔を出よう」
セルマが言った。
「崩壊が、まだ続いている」
俺たちは、急いで塔を後にした。
外に出ると、王都の空が朝焼けに染まっていた。
塔が後ろで、静かに崩れ落ちていく音が聞こえた。
俺はその音を聞きながら、始祖の意思の言葉を思い返していた。
まだ見ぬ力を求める者。
それが誰なのか、いつ現れるのか、まだわからない。
だが今は、目の前のことに向き合う。
俺はエリナを見た。
「終わったな」
俺は言った。
「うん」
エリナは頷いた。
「終わった」
二人で、朝焼けの空を見上げた。
**次回・第73話「王都の朝」**
> 塔の崩壊と共に、第二王子派の力の源も失われた。ラグドの内乱は、静かに収束へと向かう。ゼロたちが、ランドルへの帰路につく前に、最後に語られた真実があった。




