第60話 「回復」
ランドルに着いたのは、夜が更けた頃だった。
ギルドに駆け込むと、受付にいたリナが、俺たちの様子を見て顔色を変えた。
「大変です、すぐに治療師を呼びます!」
エリナとカルロは、ギルド併設の治療室に運ばれた。年配の治療師が二人がかりで対応にあたった。
俺たちは、部屋の外で待つしかなかった。
扉の向こうから、時折、慌ただしい声が聞こえてくる。
俺は壁に寄りかかって、拳を握った。
アルクが隣に立った。
「お前が悪いわけじゃない」
アルクは静かに言った。
「わかっています」
俺は答えた。
「それでも」
言葉が続かなかった。
セルマが少し離れた場所で、剣の手入れをしていた。手を動かしていないと、落ち着かないのだろう。
しばらくして、治療師の一人が扉を開けた。
「カルロさんは、意識を取り戻しました」
治療師は言った。
「頭部の裂傷と打撲。安静にしていれば、数日で回復するでしょう」
俺は息を吐いた。少し肩の力が抜けた。
「エリナは」
俺は聞いた。
治療師の表情が、少し曇った。
「まだ、予断を許しません」
治療師は続けた。
「内臓に損傷があります。今、できる限りの処置をしていますが」
俺は息を止めた。
「入っても、いいですか」
「今は、まだ」
治療師は首を振った。
「処置が終わるまで、待ってください」
俺は頷いた。
治療師が、また部屋の中に戻っていった。
俺は、廊下の椅子に座り込んだ。
両手を見た。
ガイウスを倒すほどの力を得た手だ。だが、エリナを守り切ることはできなかった。
力があっても、間に合わないことがある。
その事実が、重く胸にのしかかった。
---
一時間ほど経って、カルロが自分の足で歩いて出てきた。
頭に包帯を巻いている。顔色はまだ悪いが、意識ははっきりしていた。
「カルロさん」
俺は立ち上がった。
「無理しないでください」
「エリナの様子は」
カルロは聞いた。
「まだ、処置中です」
俺は答えた。
カルロは、俺の隣に座った。
「すまなかった」
カルロは静かに言った。
「何がですか」
「私の判断が甘かった」
カルロは続けた。
「最近、休みなく動きすぎていた。魔力の回復が、追いついていなかった。それに気づいていながら、出発前に無理をしないと言っておきながら」
「今更、責めるつもりはありません」
俺は言った。
「ただ」
「ただ?」
「もっと早く、気づくべきでした」
俺は続けた。
「今朝、カルロさんの様子が、いつもと違うことに」
カルロは、しばらく黙っていた。
「私も、老いた」
カルロは呟いた。
「昔なら、あの程度で消耗することはなかった」
俺は何も言えなかった。
しばらく、二人とも黙っていた。
扉が開いた。
治療師が出てきた。
「処置が終わりました」
治療師は言った。
「内臓の損傷は、なんとか止血できました。ただ、意識が戻るまで、まだ時間がかかると思います」
「命は、大丈夫ですか」
俺は聞いた。
「峠は越えました」
治療師は続けた。
「あとは、本人の体力次第です」
俺は深く息を吐いた。
「会えますか」
「短時間なら」
俺は部屋に入った。
エリナが、ベッドに横たわっていた。顔が青白い。包帯が、体の各所に巻かれている。
俺は、ベッドの傍に座った。
「エリナ」
俺は呼びかけた。
反応はなかった。
俺は、エリナの手を握った。
冷たかった。
「守ると言ったのに」
俺は小さく呟いた。
「守り切れなかった」
誰にも聞こえないように、独り言のように言った。
しばらく、その場に座り続けた。
窓の外で、二つの月が、静かに輝いていた。
---
翌朝、俺は鍛冶屋の跡に一人で向かった。
誰もいない空間で、防御壁の練習を繰り返した。
もっと強くならなければならない。もっと速く、もっと正確に。
二度と、同じ後悔をしないために。
昼過ぎ、アルクがやってきた。
「エリナの様子を見てきた」
アルクは言った。
「意識は、まだ戻っていない」
俺は頷いた。
「ガイウスは」
俺は聞いた。
「ギルドの地下に、拘束している」
アルクは続けた。
「王国のディーンにも連絡した。無冠の下部組織の情報が取れると聞いて、興味を持っていた」
「話は聞けそうですか」
「時間はかかると思う」
アルクは答えた。
「ただ、Cランクの若造に叩きのめされたことで、ガイウスの自信は折れているようだ」
俺は少し考えた。
「もう一つ、確認したいことがあります」
俺は言った。
「あの覚醒反応について」
ステータス画面に表示された、見たことのない表示を思い出した。
『覚醒反応:検出 条件:仲間の危機 効果:一時的な能力向上』
「カルロさんに聞いてみます」
俺は言った。
アルクが頷いた。
「今日は休め」
アルクは続けた。
「無理をしても、エリナは喜ばない」
俺は少し考えて、頷いた。
---
夕方、カルロが鍛冶屋の跡に現れた。
まだ包帯を巻いているが、歩く姿は普段通りに近かった。
「治療師に、休んでいろと言われなかったんですか」
俺は聞いた。
「言われた」
カルロは答えた。
「だが、話しておきたいことがある」
「覚醒反応のことですか」
カルロは頷いた。
「その表示を見たのか」
「はい」
俺は続けた。
「エリナが傷ついたとき、突然、力が上がりました」
「それは、始祖の器の、もう一つの側面だ」
カルロは静かに言った。
「成長上限がないことに加えて、強い感情、特に守りたいものへの想いが、一時的に力を大きく引き上げる」
「常にその力を使えないんですか」
「使い続ければ、体に負担がかかる」
カルロは続けた。
「あの状態は、本来のお前の限界を超えている。長時間は保たない」
俺は、自分の手を見た。
「エリナを守るために、必要な力でした」
「そうだな」
カルロは頷いた。
「ただ、覚えておいてほしい。その力に頼りすぎれば、いつか体が壊れる」
俺は黙って聞いていた。
「エリナの容態は」
カルロが聞いた。
「まだ、意識が戻っていません」
俺は答えた。
カルロは、しばらく黙った。
「私にできることがあれば、言ってくれ」
老魔法師は静かに言った。
「今は、待つしかないと思います」
俺は答えた。
二人で、しばらく無言のまま座っていた。
窓の外で、日が暮れていく。
ステータス画面を確認した。
ゼロ Lv.13
HP:58/58
MP:31/31
筋力:18 敏捷:21 魔力:11 耐久:15 知力:22
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
力は、確かに大きくなった。
だが、その力で守れなかったものがあった。
もっと強くなる必要がある。もっと正確にもっと速く。
エリナが目を覚ますまで、俺にできることはそれしかなかった。
**次回・第61話「目覚め」**
> 三日目の朝、エリナの瞼が、ゆっくりと開いた。「ゼロ」と、小さな声が、静寂の中に響いた。
戦闘の後の、静かな一夜。ゼロの「守り切れなかった」という後悔、始祖の器のもう一つの側面(感情による一時的な能力向上)。強さと、それでも守れないものがあるという痛み、書いていて重い回でした。次回、エリナが目を覚まします。
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