第57話 「三日間の準備」
アジト急襲まで、三日の猶予があった。
その日の夕方、俺は鍛冶屋の跡でいつも通り修行をしていた。防御壁の形が、少しずつ安定してきている。
扉が開いた。
エリナだった。いつもより早い時間だ。
「カルロさんは」
エリナが聞いた。
「まだ来ていない」
俺は答えた。
「何かあった?」
エリナは少し緊張した顔をしていた。
「カルロさんに、頼みたいことがある」
エリナは続けた。
「私も、戦う力が欲しい」
俺は少し驚いて、エリナを見た。
「今までも、戦ってきたじゃないか」
「石を投げるだけじゃなくて」
エリナは首を振った。
「もっと、ちゃんとした力が欲しい。団長と対等に戦える力が」
俺は少し考えた。
「カルロさんに、話してみよう」
しばらくして、カルロが鍛冶屋の跡に現れた。
エリナが自分の願いを、カルロに伝えた。
カルロは黙って聞いていた。
話し終えると、老魔法師は静かに言った。
「わかった」
カルロは頷いた。
「今日からお前にも、修行をつける」
エリナが少し驚いた顔をした。
「いいんですか」
「以前から、考えていたことだ」
カルロは続けた。
「お前の能力は、ゼロとは違う方向性を持っている。時期が来たと思う」
俺は少し考えた。
カルロが、エリナを鍵の候補として考えていることを、俺は知っている。だが、それをまだエリナに伝えていない。
今、それを話すべきか。
俺はカルロを見た。老魔法師も俺を見た。
まだ話さないという意思を、その目から読み取った。
「エリナの能力について、教えてください」
俺は言った。
「マナを引き寄せる能力だ」
カルロは続けた。
「これは体の外にあるものを、内側に呼び込む力だ。ゼロの内から外に押し出す力とは、正反対の方向性を持つ」
「どんな修行をするんですか」
「まず、引き寄せる感覚を、意識的にコントロールする練習からだ」
カルロはエリナを見た。
「今まで無意識にやっていたことを、自覚的にできるようにする」
エリナが頷いた。
「教えてください」
カルロが炉の前に立った。
「目を閉じろ」
カルロは言った。
「周囲のマナを感じてみろ。空気の中に、目に見えない粒子が漂っているようなイメージだ」
エリナが目を閉じた。
しばらく、何も起きなかった。
「感じるものはあるか」
カルロが聞いた。
「わからない」
エリナは正直に言った。
「でも何か、薄い膜みたいなものが、ある気がする」
「それだ」
カルロは続けた。
「その膜に、意識を向けろ。引き寄せるイメージを持て」
エリナが集中した。
俺はその様子を見守った。
三十分ほど続けて、エリナが目を開けた。
「疲れた」
エリナは言った。
「でも何かが、少し変わった気がする」
「初日にしては上出来だ」
カルロは静かに言った。
「明日も続ける」
---
次の日、俺とエリナは別々に修行をした。
俺は防御壁の練習を、より実戦的な形で行った。カルロが石を投げて、それを防御壁で防ぐ練習だ。
最初は上手くいかなかった。石が来るタイミングに合わせて、瞬時に壁を作る必要がある。反応が遅れると、防御が間に合わない。
「もっと早く感じろ」
カルロが言った。
「石が飛んでくる前に、マナの動きを感じるんだ」
俺は集中した。
石が飛んでくる直前、確かに何かの気配がある。空気の流れが変わる、というよりも、もっと微細な変化だ。
それを感じ取ろうとした。
三度目の投石で、初めて防御壁が間に合った。石が壁に当たって、弾かれた。
「感じたか」
カルロが聞いた。
「はい」
俺は答えた。
「石が飛んでくる前に、何かの気配がありました」
「その感覚を、忘れるな」
カルロは続けた。
「実戦では、それが命を救う」
---
二日目の夜、エリナが俺のところに来た。
少し疲れた顔をしていたが、目には力があった。
「見て」
エリナは、手のひらを差し出した。
俺は目を凝らした。
エリナの手のひらの上に、小さな光の粒が集まっていた。マナが、目に見える形で凝縮されている。
「これは」
俺は聞いた。
「マナを、直接感じ取って、集めることができるようになった」
エリナは続けた。
「カルロさんが言うには、これを石に纏わせると、通常より強い威力が出るらしい」
「試したの」
「まだ本格的には」
エリナは少し不安そうな顔をした。
「でも明日、団長との戦いで使うことになると思う」
俺は頷いた。
「一緒に戦おう」
俺は言った。
エリナが俺を見た。
「うん」
---
三日目の朝、全員が鍛冶屋の跡に集まった。
俺、エリナ、カルロ、アルク、セルマ。
最終確認をした。
アルクが地図を広げた。
「アジトの場所は、ここだ」
アルクは続けた。
「森の奥にある、古い砦の跡らしい」
「情報源は」
俺は聞いた。
「ロックスが、さらに調べてくれた」
アルクは答えた。
「団長の名前もわかった。ガイウスという男だ」
「どんな人物ですか」
「元は、腕利きの傭兵だったという話だ」
アルクは続けた。
「無冠の支援を受けてから、力を大きく増している。魔物の使役に長けている」
「油断はできない相手だ」
セルマは言った。
「準備は万全にしておこう」
カルロが静かに言った。
「今回は、私も戦う」
老魔法師は続けた。
「傍観者ではいられない」
その声に、俺はわずかな違和感を覚えた。ここ最近、カルロは休む間もなく動き続けていた。オルディナへの往復、天秤との対応、毎朝の修行指導。老齢の体に、疲労が蓄積していないはずがなかった。
「無理はしないでください」
俺は言った。
「心配するな」
カルロは答えた。だが、その目の下に、いつもより濃い隈があった。
「出発しましょう」
全員が馬に乗った。
俺はエリナを見た。
「大丈夫?」
エリナは少し緊張した表情だったが、しっかりと頷いた。
「大丈夫」
エリナは言った。
「もう、逃げない」
俺はステータス画面を確認した。
ゼロ Lv.9
HP:37/37
MP:20/20
筋力:12 敏捷:15 魔力:7 耐久:10 知力:17
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
三日間の準備が終わった。
これから、ラーダ団のアジトに向かう。
エリナの過去に、決着をつける時が来た。
馬を進めながら、俺は森の方角を見た。
朝の光が、木々の間から差し込んでいる。
この先に、何が待っているのか、まだわからない。
だが、迷いはなかった。
**次回・第58話「森の砦」**
> 森の奥に見えてきた古い砦。その入り口で、五人を待っていたのは、予想を超える数の見張りだった。そして、砦の奥から、聞き覚えのある咆哮が響いた。
エリナがついに自分の力を求めた回でした。マナを引き寄せて凝縮する新しい力、団長ガイウスとの対決に向けた準備が整いました。次回、いよいよアジトに突入します。
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