第54話 「天秤の使者」
翌朝、ギルドに向かう途中で、違和感があった。
街の雰囲気が、いつもと少し違う。
人通りは普段通りだが、何かが引っかかった。エリナも同じことを感じたのか、少し眉をひそめていた。
「気のせいかな」
エリナが言った。
「わからない」
俺は答えた。
「ただ、少し気配が違う」
ギルドに着くと、その理由がわかった。
カウンターの近くに、見知らぬ人物が立っていた。
白い服を着た、中年の男だ。清潔感のある身なりで、無冠のような黒い服とは対照的だった。表情は穏やかで、敵意は感じられない。だが、その穏やかさが、逆に何かを隠しているようにも見えた。
男が俺を見た瞬間、静かに微笑んだ。
「ゼロさんですね」
男は言った。
「あなたを迎えに来ました」
俺は立ち止まった。
「あなたは」
「私は天秤に仕える者です」
男は続けた。
「名は、モリスと申します」
天秤。
昨日聞いたばかりの名前だ。
俺はアルクとエリナに目配せした。二人が俺の両脇に来た。
「迎えに来た、というのはどういう意味ですか」
俺は聞いた。
「あなたに、ある提案をしたいのです」
モリスは穏やかな声で続けた。
「天秤の本拠地で、我々の代表者があなたと、話をしたいと言っています」
「行くつもりはありません」
俺はすぐに答えた。
モリスは驚いた様子もなく、頷いた。
「予想していた返答です」
モリスは続けた。
「ではここで、少し話をさせてください」
俺はモリスを観察した。
穏やかな表情の奥に、確固たる意志があるように見えた。無理に連れて行こうとする様子はない。それは少し意外だった。
「話してください」
俺は言った。
モリスはギルドの隅のテーブルを指した。俺たちはそちらに移動した。カルロにも連絡を取るべきだと思ったが、モリスがすでに話し始めていた。
「天秤という組織について、聞いたことがありますか」
モリスは聞いた。
「昨日、初めて名前を聞きました」
俺は正直に答えた。
「そうですか」
モリスは続けた。
「天秤は、この世界の均衡を守るために、存在する組織です」
「均衡というのは」
「力の均衡です」
モリスは言った。
「始祖の力が、一方に偏りすぎることを防ぐ。それが、我々の使命です」
「クレスタ村を焼いたのは、あなたたちですか」
俺は聞いた。
モリスの表情が、はっきりと変わった。その表情は、怒りに近いものだった。
「違います」
モリスは強い口調で言った。
「あれは、我々の仕業ではありません」
「では、誰が」
「何者かが、天秤の名を騙ったのだと思われます」
モリスは続けた。
「あるいは、我々の情報が外部に漏れ、それを利用した者がいるのかもしれません」
「天秤の名を騙る理由が、あるんですか」
「始祖の鍵を探すという目的において、天秤という名前には一定の信頼と恐れがあります」
モリスは静かに言った。
「その名を使えば、抵抗が少なくなる場合がある。あるいは、我々に罪をなすりつけ、注意を逸らす狙いがあるのかもしれません」
俺はモリスを見た。
嘘をついているようには見えない。だが、レイとは違う種類の慎重さを感じた。
「何のために、俺を迎えに来たんですか」
俺は聞いた。
「あなたに、選択肢を示すためです」
モリスは言った。
「無冠は、あなたの力を利用しようとしていました。今は方針を変えつつあるようですが、無冠から離れた過激派が、同じことを狙う可能性があります」
「天秤は、俺をどうしたいんですか」
「守りたいのです」
モリスは静かに言った。
「あなたが望まない形で、力を利用されないように」
俺は少し考えた。
「守るという言葉を、簡単には信じられません」
「当然です」
モリスは頷いた。
「信じてほしいとは言いません。ただ、我々の代表者と話す機会だけは、持っていただきたい」
アルクが口を挟んだ。
「その代表者とは、誰ですか」
「名前は、まだ明かせません」
モリスは答えた。
「ただ、あなたがたが安心できるよう、我々の本拠地ではなく、中立の場所で会うことも可能です」
俺はしばらく黙った。
天秤という組織。均衡を守るという理念。クレスタ村の襲撃には、関わっていないという主張。
全てを鵜呑みにはできない。だが、無視することもできない。
「カルロさんに相談します」
俺は言った。
「返答は、後日にさせてください」
「もちろんです」
モリスは頷いた。
「急ぎません」
モリスは、懐から一枚の紙を取り出した。
「連絡が必要なときは、この紋章を持った者を探してください」
モリスは紙をテーブルに置いた。
「ランドル周辺に、我々の連絡員がいます」
俺は紙を受け取った。天秤の紋章らしき、円と直線を組み合わせた印が、描かれていた。
モリスが立ち上がった。
「もう一つ、伝えておきます」
モリスは続けた。
「始祖の鍵についても、我々は情報を持っています。あなたが望むなら、その情報も共有できます」
俺は少し驚いた。
「鍵についての情報を、持っているんですか」
「ある程度は」
モリスは答えた。
「ただしそれの提供は、あなたが我々と話す意思を示してからです」
俺は少し考えた。
情報と引き換えに、対話を求めている。単純な取引だ。
「わかりました」
俺は言った。
「考えます」
モリスは静かに一礼して、ギルドを出ていった。
---
すぐにカルロに報告した。
鍛冶屋の跡で、四人が集まった。話を聞いたカルロは、しばらく黙っていた。
「天秤」
カルロは繰り返した。
「聞いたことのない組織だ」
「セインの無冠とは、全く別の勢力ということですか」
俺は聞いた。
「そう思われる」
カルロは続けた。
「モリスの話を信じるなら、天秤は理念も統率も、無冠とは違う組織だ。ただ、クレスタ村の件を否定したこと自体は、覚えておいた方がいい」
「なぜですか」
「本当に天秤が無関係なら、誰かが天秤の名を利用してまで、鍵を探していることになる」
カルロは静かに言った。
「それは無冠が解散に向かう今、新しい脅威が生まれつつあるということだ」
「会うべきだと思いますか」
カルロはしばらく考えた。
「情報を得られるなら、会う価値はある」
カルロは静かに言った。
「ただし、無防備には行かせられない」
「同行してもらえますか」
「行く」
カルロは即答した。
「セルマとアルクも連れて行くべきだ」
俺は頷いた。
その夜、宿でステータス画面を確認した。
ゼロ Lv.9
HP:37/37
MP:20/20
筋力:12 敏捷:15 魔力:7 耐久:10 知力:17
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
変化はない。
だが、また新しい局面が始まろうとしていた。
無冠との対話は、少しずつ形になりつつある。だが、天秤という新しい勢力が、また別の課題を持ち込んできた。
橋になるという役目が、また一つ増えたのかもしれない。
俺は天秤の紋章が描かれた紙を、机の上に置いた。
その夜は、新しい謎と共に、静かに更けていった。
**次回・第55話「天秤の代表者」**
> モリスとの再会の約束の日、中立の場所として指定されたのは、意外にも見覚えのある場所だった。そこで待っていたのは、想像もしなかった人物だった。
天秤という新勢力、そして使者モリスの登場です。「守りたい」という言葉、信じていいのか判断が難しいところです。日数表現は今回から「その夜」のような相対表現に統一しました。次回、天秤の代表者との対面です。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ★評価・ブックマークをお願いします。ブックマークしておくと更新通知が届きます。
感想・コメントも全部読んでいます。毎日21時更新中です!




