第48話 「レイの帰還」
ギルドの前に、レイが立っていた。
俺がギルドに向かう途中、その姿を見つけた。黒い服。表情のない顔。だが、以前と少し違う雰囲気があった。
レイが俺に気づいた。
「ゼロさん」
「レイさん」
俺は立ち止まった。
「ランドルに、何の用ですか」
「あなたに渡すものがあります」
レイは腰の革の筒を差し出した。
「これを」
俺はそれを受け取った。
「これは」
「オルディナの遺跡で写し取った術式です」
レイは続けた。
「師匠から、これはあなたのものだと言われました」
俺は少し驚いた。
「セインさんに、会ったんですか」
「会いました」
レイは頷いた。
「話をしました。長い話でした」
俺はレイの目を見た。
以前と同じ、冷たい目だ。だが、その奥に何かが変わったのを感じた。
「立ち話もなんです。ギルドの中で話しますか」
「はい」
---
ギルドの隅の席で、レイと向かい合った。エリナとアルクも呼んだ。カルロにも連絡した。
全員が揃うと、レイが話し始めた。
セインとの対話。焚き火の前での会話。セインが「あの時、間違っていた」と認めたこと。人間の限界を超える研究の方向性を、奪うのではなく育てる方向に変えると決めたこと。
カルロは黙って聞いていた。
話し終えると、老魔法師が静かに言った。
「セインが、そう言ったのか」
「はい」
レイは答えた。
「師匠は始祖のメッセージを、真剣に受け止めているようでした」
「橋となれ、という言葉ですか」
俺は聞いた。
「そうです」
レイは頷いた。
「奪うことではなく育てること。それが師匠の新しい方向性です」
カルロはしばらく目を閉じた。
それから、静かに言った。
「セインは、変わったのかもしれない」
「私も、そう感じました」
レイは続けた。
「十年以上師匠を見てきましたが、あんな話し方をする師匠は、初めてでした」
俺は革の筒を見た。
「これを俺に、返す理由は」
「師匠が、あなたのものだと言いました」
レイは答えた。
「始祖の器であるあなたが、始祖の残したものを持つべきだと」
俺は筒を開けた。
中には、丁寧に写し取られた紙の束があった。細かい文字と記号が、几帳面な字で書き写されている。
「これを見ても、俺には読めません」
俺は言った。
「カルロさんなら、部分的に読めますか」
「見せてくれ」
カルロが言った。
俺は紙束をカルロに渡した。老魔法師はしばらく紙を眺めた。
「遺跡で読んだものと、同じ内容だ」
カルロは続けた。
「これがあれば、遺跡に行かなくても、術式を研究できる」
「それは、良いことですか」
アルクが聞いた。
「使い方次第だ」
カルロは答えた。
「破壊のために使えば悪い。育てるために使えば、良いものになる」
俺は紙束を受け取った。
「これは、大事に保管します」
「一つ、提案があります」
レイが言った。
「よろしければ私にも、研究に協力させてください」
俺はレイを見た。
「協力、というのは」
「師匠と私は育てる方向の研究を、これから進めます」
レイは続けた。
「その研究に、あなたの協力が必要になるかもしれません」
「俺の協力とは、どういう意味ですか」
「あなたは、成長の上限がない状態で、修行を続けています」
レイは言った。
「その過程を観察させてもらえれば、研究の参考になります」
俺は少し考えた。
「実験台になれと、いうことですか」
「そうではありません」
レイはすぐに答えた。
「無理強いはしません。ただ、あなたが自分の修行を続けるだけで、私たちが学べることがあるということです」
俺はカルロを見た。
老魔法師は、俺の視線を受けて頷いた。
「レイの言葉に、嘘はない」
カルロは言った。
「これは、お前が決めることだ」
俺は少し考えた。
「協力します」
俺は言った。
「ただし、条件があります」
「何ですか」
「研究の内容を、定期的に俺に報告してください」
俺は続けた。
「そして危険だと判断したときは、いつでも中止できるようにしてください」
「わかりました」
レイは頷いた。
「約束します」
---
その日の午後、エリナが俺に言った。
「レイさんのこと、信用できると思う?」
「思う」
俺は答えた。
「セインとの対話も、術式を返したことも、嘘には見えなかった」
「よかった」
エリナは続けた。
「敵じゃなくなったんだね」
「敵ではなかったと思う」
俺は言った。
「最初から誰も本当の意味での、敵ではなかったのかもしれない」
「そう思う?」
「セインもレイも、それぞれの理由で行動していた」
俺は続けた。
「無冠という組織が、悪意だけで動いていたわけじゃない」
エリナは少し考えた。
「じゃあ無冠は、これからどうなるの」
「解散に向かうと思う」
俺は答えた。
「時間はかかるが」
エリナは頷いた。
「良かった」
その夜、宿でステータス画面を確認した。
ゼロ Lv.9
HP:37/37
MP:20/20
筋力:12 敏捷:15 魔力:7 耐久:10 知力:17
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
変化はない。
机の上に置いた革の筒を見た。
始祖が残した術式。レイが写し取って持ち帰り、俺のもとに戻ってきた。
物が人と人の間を巡って、最終的に本来あるべき場所に戻ってきた。
それも橋になるということの、一つの形かもしれない。
俺は筒を手に取った。
軽い。だがその中にある情報は、この世界の魔法の起源に繋がっている。
いつかこの術式が、本当に必要になる日が来るかもしれない。
その日まで、大切に保管しておくつもりだった。
窓の外を見た。二つの月が、夜空に並んでいる。
無冠との対立が、少しずつ対話に変わっていった。
この二ヶ月半、ずっと戦いと発見の連続だった。
だが今日初めて、何かが「解決」に向かっているという実感があった。
**次回・第49話「静かな日々」**
> 無冠との緊張が和らいだ数日間、ゼロは久しぶりに、ただの冒険者としての依頼をこなす日々を過ごした。だが、その平穏の中に、新しい変化の兆しがあった。
レイの帰還回でした。革の筒に入った術式が、セイン→レイ→ゼロと巡って戻ってくる展開、「橋になる」というテーマを物としても表現したかった話です。無冠との対立が、少しずつ対話に変わっていきます。
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