第39話 「五人の旅」
ランドルを出発して三日が経った。
一行は五人だ。ゼロ、エリナ、カルロ、アルク、セルマ。それぞれが馬に乗っている。俺は馬に乗るのがこの世界に来て初めてだったが、体が知識として知っていた。最初は少しぎこちなかったが、半日で慣れた。
旅の隊形は自然に決まった。
先頭にセルマ。道を一番よく知っているからだ。その後ろにアルクと俺が並ぶ。エリナがその後ろ。カルロが最後尾だ。老魔法師は後方の気配を確認しながら進んでいると、アルクが言っていた。
三日間、目立った危険はなかった。
一日目は街道を北上した。二日目に、街道を外れて山沿いの道に入った。セルマが「こちらの方が速い」と言ったからだ。多少険しいが、獣道ほどではない。
三日目の朝、山を越えて、草原に出た。
景色が変わった。ランドル周辺とは、植生が違う。草の色が、少し青みがかっている。空も、二つの太陽の角度が変わって、光の色が柔らかくなっていた。
馬を並べて進みながら、セルマが口を開いた。
「あと二日で、シェルナが見えてくる」
「遺跡はシェルナからどのくらいですか」
俺は聞いた。
「街から馬で半日ほど北に行った場所だ。山の中腹にある」
セルマは続けた。
「入り口は一つだけ。かなり狭い」
「狭い、というのはどれくらいですか」
「二人並んで通れるかどうかという幅だ。馬は入れない」
アルクが確認した。
「封印の状態は、前回見たときから、さらに悪化している可能性がありますね」
「そうだ」
セルマは頷いた。
「三週間前に確認したとき、封印の光が点滅していた。安定していなかった」
「点滅」
カルロが後ろから言った。
「それは、封印が外部から干渉を受けているサインだ」
「やはりそうか」
セルマは少し眉をひそめた。
「自然に緩んでいるわけではないと、いうことだな」
「その可能性が高い」
しばらく沈黙が続いた。馬の蹄の音と、草原の風の音だけがした。
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昼過ぎに、川のほとりで休憩を取った。
馬に水を飲ませながら、セルマが俺の隣に来た。
「聞いてもいいか」
「何ですか」
「一ヶ月ちょっとでCランクになった、というのは本当か」
「そうです」
「どうやって」
セルマは俺を真っすぐ見た。
「Fランクで登録して、Cランクになるまで普通は最低でも二年かかる。それが一ヶ月というのは、何か理由があるはずだ」
俺は少し考えた。
始祖の器の話を、セルマにどこまで話すべきか。カルロが同行している。カルロに判断を委ねるべきかもしれない。
「話してもいいですが、その前にカルロさんに確認させてください」
「構わない」
セルマは頷いた。
「慎重なのは悪くない」
カルロに目を向けた。老魔法師は俺の視線を受けて、小さく頷いた。話していいという意味だと受け取った。
「俺は、この世界の魔法の起源と関係がある存在だと、最近わかりました」
俺は続けた。
「詳細は長くなりますが、成長の上限がない。それが、短期間での昇格に繋がっています」
セルマはしばらく俺を見ていた。
「それが、遺跡に向かう理由の一つか」
「そうです。始祖の時代の術式が残る遺跡なら、俺に関係する可能性があると考えています」
「なるほど」
セルマは空を見た。
「私がお前を誘ったのは、ランクだけでは測れない実力があると思ったからだ。理由がわかった」
「信用してもらえますか」
「もとから信用している」
セルマは短く言った。
「カルロが認めた人間を、疑う理由がない」
俺は少し驚いた。
「カルロさんをそこまで、信頼しているんですか」
「十年前、私がBランクになる前の話だ」
セルマは続けた。
「あるとき、単独で強い魔物に遭遇した。Aランク相当の魔物だ。逃げようとしたが、追いつかれた。その時に、たまたま通りかかった老魔法師が一助けてくれた」
「カルロさんですか」
「そうだ。名前も聞かなかった。あっという間に去っていった」
セルマは少し笑った。
「後で調べて、カルロという魔法師だとわかった。それ以来、いつか礼を言いたいと思っていた」
俺はカルロを見た。老魔法師は遠くを見ていて、この会話を聞いているのかどうか、表情からはわからなかった。
「カルロさんに、その話をしましたか」
「さっきした」
セルマは肩をすくめた。
「覚えていないと言われた」
「そうですか」
「まあ、本人が覚えていなくても、私は覚えている」
セルマは続けた。
「それで十分だ」
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三日目の夜、野営をした。
焚き火を囲んで五人が座った。食事を終えて、火を見ながら話していた。
エリナとセルマが、少し離れた場所で話していた。二人が話すのを、俺は初めて見た。何を話しているかはわからないが、エリナがセルマの話に頷いている。
アルクが俺の隣に来た。
「エリナとセルマ、合いそうだな」
「そう見えますか」
「セルマは、強い女性を見ると話しかける癖がある」
アルクは続けた。
「エリナの石投げを見て、興味を持ったんだろう」
「旅の途中で、見せましたか」
「昨日、道中で鳥型の魔物が出たとき、エリナが一撃で落とした。それを見ていた」
俺は思い出した。昨日、エリナが石を一つ投げて、飛んでいた魔物を正確に落とした場面だ。距離は三十メートル以上あった。
「セルマさんが、驚いていましたね」
「驚くだろう。あの距離で動いている的を落とせる人間は、Bランクでも少ない」
アルクは続けた。
「エリナは自分の力を、過小評価している」
俺は頷いた。
焚き火の向こうで、エリナが少し笑った。セルマが何か言って、エリナが返している。
旅に出て三日。五人の間に、少しずつ空気ができてきた気がした。
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四日目の夕方、前方の空に異変があった。
俺が最初に気づいた。
地平線の向こう、北東の方角に、空がかすかに赤く染まっていた。夕焼けとは違う色だ。赤というより、赤みがかったオレンジに近い。それが、空の一点にだけある。
「セルマさん」
「見えている」
セルマは馬を止めた。
「あの方角は」
「シェルナの方角ですか」
俺は確認した。
「正確には、遺跡の方角だ」
セルマは表情が変わった。
「あれは、封印の光が漏れている色だ。三週間前に見たものと同じだが、規模が違う」
カルロが前に出た。老魔法師は空を見て、目を細めた。
「干渉が強くなっている」
カルロは静かに言った。
「封印の崩壊が、加速している」
「急ぐべきですか」
アルクが聞いた。
「今夜は野営する」
カルロは答えた。
「暗い中で、遺跡に近づくことはしない。明日の早朝に出発して、昼前にシェルナに入る。それから遺跡に向かう」
「間に合いますか」
俺は聞いた。
「わからない」
カルロは正直に言った。
「ただ、今夜焦って動いても、準備が整わないまま遺跡に入ることになる。それは避けた方がいい」
セルマが頷いた。
「老魔法師の言う通りだ。遺跡の中で不測の事態が起きたとき、疲れた状態では対応できない」
俺も頷いた。
カルロの判断は正しい。焦りで動いて、失敗するより、整えてから動く方がいい。
五人は野営の準備を始めた。
焚き火に火をつけながら、俺は北東の空を見た。
赤みがかったオレンジの光が、まだそこにある。
遠くから見ても、何かが起きているとわかる。
ステータス画面を開いた。
ゼロ Lv.8
HP:34/34
MP:18/18
筋力:11 敏捷:14 魔力:6 耐久:9 知力:16
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
変化はない。
だが、北東の空を見ていると、胸の温もりが少しだけ強く脈打った。
始祖の時代の術式。始祖の器である俺。
その二つが、明日、同じ場所に向かう。
何かが待っている。
それだけは、確かな気がした。
**次回・第40話「シェルナ」**
> シェルナに入ったゼロたちを待っていたのは、封印の異変に怯える街の人々と、一つの情報だった。三日前から、遺跡の中に人が入っていくのを見た者がいる。




