第36話 「噂」
Cランクになって一週間が経った。
変わったことが一つある。
ギルドに入ると、視線を感じるようになった。以前は誰も俺を見なかった。Fランクの新入りなど、目に入らないのが普通だ。今は、カウンターに向かうだけで、周囲の冒険者が俺を見る。
気になるが、気にしても仕方ない。
依頼ボードを確認していると、ロックスが近づいてきた。
「C級に昇格したな」
「はい」
「Fランクで登録して、一ヶ月ちょっとか」
ロックスは腕を組んだ。
「俺がFからCになるのに、三年かかった」
「あなたはあなたのペースで、来たんだと思います」
「慰めているのか」
「事実を言っています」
ロックスは少し笑った。最近、ロックスが笑うのを見る機会が増えた。
「一つ、情報がある」
ロックスは声を落とした。
「昨日、ギルドに見慣れない冒険者が来た。Bランクだ。ランドルの外から来ている」
「何か、聞き回っていましたか」
「ゼロという冒険者がここにいるかどうか、受付のリナに確認していた」
ロックスは続けた。
「リナは答えなかったが、その後しばらくギルドの中にいた。お前のことを探していると思っていい」
また、か。
「外見は」
「三十代くらいの女だ。赤みがかった茶色の髪で、長い。体格はいい。剣を二本差している」
ロックスは続けた。
「目が鋭い。戦い慣れている目だ」
「無冠との関係は」
「わからない。ただ、雰囲気が全然違う。無冠の連中は物静かだが、その女は堂々としていた。隠れる気がない」
俺は少し考えた。
無冠とは別の人物。Bランク。俺を探している。
「ありがとうございます」
「また礼を言う」
ロックスは肩をすくめた。
「気をつけろよ」
アルクに伝えた。
アルクは聞いて、少し考えた。
「Bランクの女が、お前を探している」
「はい」
「無冠とは雰囲気が違うと、ロックスが言っていた」
「そうです」
「心当たりがあるとすれば」
アルクは続けた。
「噂だ」
「噂?」
「Fランクで登録して一ヶ月強でCランクになった冒険者がいる。廃坑道で子供を救出した。街道でブラックハウンドを複数相手にした。それだけの話が積み重なれば、外にも伝わる」
アルクは淡々と言った。
「ランドルは小さい街だが、カルセナとは繋がりがある。カルセナのギルドには、お前の名前が届いているかもしれない」
「それを聞きつけた人間が来た、ということですか」
「可能性がある」
アルクは続けた。
「Bランクがわざわざ来るなら、ただの興味ではない。何か目的がある」
「会ってみますか」
「俺も同席する」
アルクはすぐに答えた。
「一人で会うな」
翌日の昼、ギルドに行くと、その女がいた。
酒場スペースの隅のテーブルに座って、エールを飲んでいた。ロックスの言った通りだ。三十代くらい。赤みがかった茶色の長い髪。腰に剣を二本差している。
そして、俺たちが入ってきた瞬間に、こちらを見た。
迷いのない目だ。俺だと、すぐにわかったらしい。
女が立ち上がった。背が高い。俺と同じくらいある。
「ゼロだな」
「そうです」
「会いに来た」
女は続けた。
「座ってくれるか。話がある」
俺はアルクを見た。アルクが頷いた。三人でテーブルを囲んだ。
女が俺とアルクを交互に見た。
「アルク・ライナルドも一緒か」
女は言った。
「話が早い」
「知っていますか」
アルクが聞いた。
「名前だけ。十七歳でAランクの天才だと聞いている」
女は肩をすくめた。
「私はセルマ。Bランク冒険者だ。現在はBランクとAランクの中間くらいの依頼をこなしている」
「どこから来たんですか」
俺は聞いた。
「カルセナだ。ただし、拠点はない。各地を回っている」
セルマは続けた。
「お前の噂を聞いたのは、カルセナのギルドでだ。一ヶ月でCランクになった変な奴がいると。それだけなら興味を持たなかった」
「それだけではなかったと、いうことですか」
「街道の件だ」
セルマは声を落とした。
「ブラックハウンドを複数相手にした、Fランクの冒険者がいると聞いた。その話をギルドでしていたのが、ガレスという御者だった」
ガレスか。ベルナルド商会の御者だ。カルセナに行き来しているから、カルセナのギルドで話したのだろう。
「それで、俺を探しに来たんですか」
「そうだ」
セルマは俺を真っすぐ見た。
「私は今、ある依頼を抱えている。単独でこなすには、少し無理がある。信頼できる相手を探していた」
「なぜ俺に」
「ブラックハウンドを複数相手にして、荷物を守り切った」
セルマは続けた。
「ランクだけじゃ測れない、実力がある人間だと判断した」
俺はセルマを観察した。
隠している様子がない。目が正直だ。嘘をついているとは思えない。だが、まだわからないことが多い。
「依頼の内容を、聞かせてもらえますか」
「聞いてくれるか」
セルマは少し口角を上げた。
「では話す」
セルマはテーブルの上に、小さな地図を広げた。
「この大陸の北東に、シェルナという街がある。ランドルからは馬で五日ほどかかる」
セルマは地図を指さした。
「その街の近くに、古い遺跡がある。百年以上前に封鎖された遺跡だ」
「なぜ、封鎖されたんですか」
「中に強力な魔物が住み着いたからだ。当時、Aランクの冒険者が複数人で挑んで、半数が戻らなかった。それ以来、封鎖されている」
「そこに行くと、いうことですか」
「そうだ」
セルマは続けた。
「最近、その遺跡の封印が、緩みかけているという報告がある。中の魔物が外に出てきたら、周辺の街が危険になる」
「なぜそれが、個人の依頼になるんですか。ギルドが組織的に、動かないんですか」
「ギルドも動いている」
セルマは答えた。
「ただ、ギルドの調査隊が向かうのは、来月以降だ。封印が持つかどうかわからない。私は先行偵察を引き受けた」
俺はアルクを見た。アルクが静かに言った。
「古い遺跡に、百年前に封じられた魔物か」
「規模が大きい話だと、思いますか」
セルマがアルクに言った。
「思います」
アルクは続けた。
「もう一つ聞いていいですか。無冠という組織を知っていますか」
セルマの目が、少し変わった。
「知っている」
「関係がありますか。その遺跡と」
「あるかもしれない」
セルマは静かに言った。
「封印が緩みかけている原因が、自然なものではない可能性がある。誰かが意図的に緩めようとしているとしたら、無冠が関係している可能性を否定できない」
俺とアルクは目を合わせた。
無冠が古い術式や魔法書を集めている。古い遺跡の封印を緩めようとしているとしたら、中に何かがある可能性がある。
「少し時間をください」
俺は言った。
「検討してから返答します」
「わかった」
セルマは地図をしまった。
「三日待つ。その間、ランドルにいる」
セルマが立ち上がった。
「一つだけ言っておく」
セルマは俺を見た。
「私はお前の事情を全部知っているわけじゃない。ただ、お前が信頼できる相手かどうかは、今日の話し方でわかった」
「どうでしたか」
「合格だ」
セルマは少し笑った。
「悪い奴じゃない」
セルマはギルドを出ていった。
アルクが俺を見た。
「どう思う」
「信用できると思います」
俺は答えた。
「ただ、カルロさんに相談してから決めたい」
「そうだな」
アルクは立ち上がった。
「それと」
「何ですか」
「無冠が封印を緩めようとしているなら、廃村の正体不明の魔物と関係しているかもしれない」
アルクは続けた。
「点が繋がりつつある」
俺は頷いた。
ランドルに来て、まだ二ヶ月も経っていない。
だが、世界は少しずつ、大きくなっている。
**次回・第37話「カルロの判断」**
> セルマの話をカルロに伝えた。老魔法師はしばらく考えてから、静かに言った。「その遺跡を、私は知っている」
新キャラ、セルマ登場です。Bランクの女性冒険者で、ゼロとは別のベクトルで強い人物として書きたいと思っています。遺跡の話、無冠との繋がり、物語がまた一段階広がります。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ★評価・ブックマークをお願いします。ブックマークしておくと更新通知が届きます。
感想・コメントも全部読んでいます。毎日21時更新中です!




