第35話 「カルロの過去」
Cランクになって三日経った。
修行は続けていた。形を作る練習から、少し発展した内容になっている。光の球だけでなく、簡単な防御の壁のようなものを作る練習だ。カルロが最初に見せた、ブラックハウンドを止めた光の輪に近いものだった。
その日の朝、修行を終えたあと、カルロが珍しく自分から切り出した。
「今日は、私の話をする」
俺とエリナは顔を見合わせた。
「セインとの過去ですか」
「そうだ」
カルロは木箱に座った。
「アルクも呼んでいいか」
「構わない」
四人が揃ったところで、カルロが話し始めた。
「セインは、私の三人目の弟子だった」
カルロは静かに言った。
「最初の二人は、もう亡くなっている」
「セインと出会ったのは」
アルクが聞いた。
「セインが十二歳のときだ」
カルロは続けた。
「カルセナの貧民街で拾った。両親はいなかった。生きるために、盗みを働いていた」
俺は黙って聞いていた。
「セインには才能があった。魔力の感度が異常に高かった。教えればすぐに吸収する。私は、その才能を見て、弟子にした」
「優秀な弟子だったんですね」
エリナが言った。
「優秀すぎた」
カルロは少し目を伏せた。
「十五歳のとき、セインは私の知っている魔法理論を、ほとんど全部理解していた。二十歳になる頃には、私を超えていた」
「それで、何が起きたんですか」
俺は聞いた。
カルロはしばらく黙った。
「セインは、ある研究に取り憑かれていた」
カルロは続けた。
「人の力には限界がある。それを、どうにかして超えられないかという研究だ」
「成長上限解放のことですか」
「それも一部だ」
カルロは頷いた。
「セインは、人間という存在そのものの限界を、超えたいと考えていた。私はその研究を、最初は応援していた」
「最初は」
「ある時から、セインの方向性に違和感を覚えるようになった」
カルロは静かに言った。
「セインは、人間の限界を超える方法として、魔物の力を取り込むことを考え始めた」
「人間と魔物の融合ですね」
アルクが言った。
「そうだ」
カルロは続けた。
「私は反対した。倫理的な問題もあるが、それ以上に、危険すぎる研究だと考えた」
「セインは、聞き入れなかったんですか」
「聞き入れなかった」
カルロの声が、少し低くなった。
「私たちは、何度も議論した。最後には、口論になった」
カルロは目を閉じた。
「私は、セインに言った。お前の研究は、人を人でなくすものだと」
カルロは続けた。
「セインは、私に言った。師匠は限界の中で、満足することを教えただけだと」
誰も何も言わなかった。
「その夜、セインは私のもとを去った」
カルロは静かに言った。
「私が最後に教えた弟子は、私の元から去って、無冠を作った」
しばらく沈黙が続いた。
エリナが小さく聞いた。
「それから十五年、ずっとセインのことを考えていたんですか」
「考えない日はなかった」
カルロは正直に言った。
「私の教え方が間違っていたのか。もっと早く違和感に気づくべきだったのか。何度も考えた」
「カルロさんのせいじゃないと、思います」
俺は言った。
カルロは俺を見た。
「なぜそう思う」
「セインは自分の意思で研究を続けた。自分の意思で無冠を作った」
俺は続けた。
「あなたが何を教えても、教えなくても、セインは自分の道を選んだと思います」
カルロはしばらく黙った。
「お前にそう言われると、少し救われる」
老魔法師は言った。
「だが、責任がないとは言い切れない」
「責任の取り方は、人それぞれだと思います」
俺は言った。
「カルロさんは、十五年間、セインのことを忘れずにいた。今も、セインが変わることを願っている。それも、責任の取り方の一つじゃないですか」
カルロは少し目を細めた。
「お前は、時々、年寄りのような言い方をするな」
「よく言われます」
「誰に」
「カルロさんに」
エリナが小さく笑った。空気が少し和らいだ。
アルクが口を開いた。
「老師、一つ聞いていいですか」
「何だ」
「セインの研究は、今も続いているんですか」
「続いていると思う」
カルロは答えた。
「ただ、方向性が少し変わってきているかもしれない。今日、草原で会ったときの目を見て、そう感じた」
「変わった、というのは」
「以前は、自分の理論を証明することに執着していた」
カルロは続けた。
「今日のセインは、少し違った。何かを償おうとしているような目を、していた」
「償う、というのは」
俺は聞いた。
「わからない」
カルロは正直に言った。
「ただ、十五年前のセインとは、何かが違っていた」
俺は草原で会ったセインのことを思い出した。
深い目をしていた。何かを見通すような目。カルロの目と、少し似ていた。
「無冠を解散すると言っていました」
俺は言った。
「時間がかかると」
「本当にそうするなら」
カルロは静かに言った。
「セインは自分が作ったものの責任を、取ろうとしているのかもしれない」
「だが、確かめるまでは、安心はできない」
その日の午後、俺は一人で街を歩いた。
カルロの過去を聞いて、頭の中で色々なことが繋がった気がした。
師匠と弟子の関係。教えることと、教えられたものがどう使われるか。責任の所在。
俺自身、カルロから多くのことを教わっている。魔力の扱い方。世界の仕組み。そして、今日初めて、カルロ自身の過去も。
もし俺が、いつかカルロの教えを別の方向に使ったら、カルロはどう思うだろうか。
考えても答えは出なかった。
ただ、一つだけわかったことがある。
カルロは、セインを完全には見捨てていない。十五年間、ずっと心のどこかでセインのことを思っていた。
それは、簡単なことではないと思った。
憎んでしまう方が楽だったはずだ。裏切られたと割り切ってしまう方が、楽だったはずだ。
それでもカルロは、セインが変わることを願い続けていた。
俺は胸の温もりを確認した。
いつもの場所にある。今は、はっきりと感じる。
備考欄:◇◇◇◇◇◇
始祖の器。
その意味が今日少しだけ、別の角度から見えた気がした。
力を持つことよりも、その力をどう使うか、そして、その力を持った後にどう生きるかの方が、ずっと難しい。
セインは力を求めて、その先で迷っている。
俺はまだ迷っていない。
だが、いつか迷う日が来るかもしれない。
そのときカルロのように、誰かを思い続けられる人間でいたいと思った。
**次回・第36話「噂」**
> Cランクになったゼロの噂が、ランドルの外にも広がり始めた。そして、見知らぬ冒険者がランドルにやってきた。その目的は、ゼロに会うことだった。
カルロの過去回でした。セインとの師弟関係、十五年の重さを書きたかった話です。「責任の取り方は人それぞれ」というゼロの言葉、自分でも気に入っています。次回からは新しい人物も登場予定です。
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