第32話 「全ての答え」
鍛冶屋の跡に戻った。
四人で炉を囲んだ。エリナも呼んだ。カルロが「全員で聞いた方がいい」と言ったからだ。
エリナは俺たちが無事に戻ったのを見て、小さく息を吐いた。それだけだった。余計なことを言わない。その判断が、今は助かった。
カルロが木箱に座った。
いつもと違う座り方だった。背筋を伸ばして、両手を膝の上に置いている。改まった姿勢だ。
「話す」
カルロは言った。
「全部、話す」
誰も何も言わなかった。
カルロが口を開いた。
「まず、備考欄の六文字についてだ」
カルロは炉を見ながら続けた。
「セインが言った通り、六文字は六つの段階を表している。成長上限解放というスキルは、一度に完全覚醒するものではない。六つの段階を経て、少しずつ解放されていく」
「各段階の意味を、教えてもらえますか」
俺は聞いた。
「第一段階。魔力の存在を自覚する」
カルロは指を一本立てた。
「お前が胸の奥の温もりを、初めて感じた日だ」
「第二段階。魔力を体の中で動かす。第三段階。魔力を体の外に出す。第四段階。魔力に形を持たせる。第五段階。形を安定させる」
俺は頭の中で照合した。
「第六段階が、覚悟ということですか」
「そうだ」
カルロは頷いた。
「セインの言葉を借りれば、覚悟だ。私の言葉で言えば、受け入れること、だ」
「何を受け入れるんですか」
カルロはしばらく黙った。
それから、ゆっくりと言った。
「お前が何者かを、受け入れることだ」
沈黙があった。
アルクが静かに聞いた。
「ゼロが何者なのか、教えてもらえますか」
カルロは俺を見た。
「話す前に、一つだけ確認させてくれ」
カルロは俺に言った。
「今、備考欄はどう見えているか」
「◇◇◇◇◇◇です。全部白い」
「読めるか」
俺はステータス画面を開いた。
備考欄を見た。
今まで「解読不能」と表示されていた文字が、初めて意味を持って見えた。
六文字。
俺はその文字を読んだ。
手が、少し震えた。
感情を表に出さない俺が、手を震わせた。
「読めました」
「何と書いてある」
カルロが聞いた。
俺は少し間を置いた。
「始祖の器」
エリナが息を飲んだ。アルクが目を細めた。
「始祖の器」
カルロは繰り返した。
「それが、お前の備考欄に書かれているものだ」
「どういう意味ですか」
カルロは立ち上がった。炉の前をゆっくりと歩いた。
「この世界の魔法は、遥か昔、一人の人間から始まった」
カルロは話し始めた。
「その人間を始祖と呼ぶ。始祖は、世界に満ちているマナと、人間の魔力を繋ぐ方法を最初に発見した。今の魔法体系の原点だ」
「その始祖と、俺が関係しているということですか」
「そうだ」
カルロは続けた。
「始祖は死ぬ前に、自分の力を世界に解き放った。ただし、全部ではない。核となる部分を、魂に宿したまま逝った」
「魂に宿したまま」
「始祖の魂は、この世界で循環し続けている」
カルロは俺を見た。
「時を経て、新しい器に宿る。その器が持つ特別な力が、成長上限解放だ」
俺は静かに聞いていた。
「つまり俺は」
「始祖の魂の器だ」
カルロはっきりと言った。
「転生してきた理由も、記憶がない理由も、そこにある。始祖の魂が新しい器に宿るとき、前の記憶は引き継がれない。ただ、知識だけが残る」
知識だけ残っている。記憶はない。
この世界に来た最初の日から感じていた違和感が、今初めて解けた気がした。
「カルロさんは、いつからそれを知っていたんですか」
「お前のステータス画面を、最初に見たときから」
カルロは答えた。
「備考欄に『始祖の器』と書かれていた。一目でわかった」
「なぜ最初に教えてくれなかったんですか」
「教えても意味がなかったからだ」
カルロは続けた。
「始祖の器であることは、覚醒して初めて実感できる。言葉で教えても、信じられなかっただろう。それより、自分で段階を踏んで理解する方がいいと、判断した」
俺はそれを聞いて、少し考えた。
確かに最初に言われていても、信じられなかったと思う。
「セインは始祖の器の存在を知って、何をしようとしていたんですか」
カルロは少し間を置いた。
「セインは始祖の力を完全に解明したかった」
カルロは言った。
「人間と魔物の力を融合させる術式も、その研究の一環だ。始祖の力の源が、どこにあるのかを知るために、様々な実験を繰り返してきた」
「俺を実験に、使おうとしていたということですか」
「以前は、そう考えていたかもしれない」
カルロは続けた。
「だが今日、セインと話して、少し変わったと思った」
「本当に変わったと思いますか」
「わからない」
カルロは正直に言った。
「ただ、セインの目が変わっていた。十五年前と違う目をしていた」
アルクが口を開いた。
「始祖の器が完全に覚醒すると、何が起きますか」
カルロはアルクを見た。
「世界の魔法が、根本から変わる可能性がある」
カルロは答えた。
「始祖が最初に世界に魔法をもたらしたように、覚醒した器が新しい魔法の形を、世界にもたらすかもしれない」
「それは良いことですか。悪いことですか」
「わからない」
カルロはまた正直に言った。
「始祖がそれをしたとき、世界は変わった。今より豊かになった部分もある。失われたものもあった。覚醒がどちらに向かうかは、器次第だ」
器次第。
つまり、俺次第だ。
しばらく沈黙があった。
エリナが俺を見た。
「どう思う?」
俺は少し考えた。
「正直に言うと」
俺は言った。
「あまり実感がない」
エリナが少し目を丸くした。
「実感がない?」
「始祖の器だと言われても、今の俺はDランクの冒険者で、ステータスは平均以下で、レベルは1のままだ」
俺は続けた。
「それは変わっていない」
「でも、備考欄が全部白くなった」
「なった」
俺は手のひらを見た。
「ただ、それで俺自身が変わったわけじゃない。今日の朝と、今の俺は、同じ人間だ」
アルクが少し笑った。
「それがお前らしいな」
「おかしいですか」
「おかしくない」
アルクは言った。
「むしろ、それがいいと思う」
カルロが俺を見ていた。
老魔法師の目に、今日初めて見る表情があった。
安堵、だと思った。
「一つだけ聞かせてください」
俺はカルロに言った。
「何だ」
「カルロさんが俺の傍にいた本当の理由は、責任だと言っていた。セインへの責任だと。それだけですか」
カルロは少し黙った。
長い沈黙だった。
それから、老魔法師は静かに言った。
「最初は、そうだった」
「今は?」
「今は、違う」
カルロは炉を見た。
「お前が、面白いからだ」
俺は少し驚いた。
「面白い?」
「始祖の器だからではない」
カルロは続けた。
「名前も記憶もスキルも何も持たないまま、この世界で生き延びて、考えて動いてきた。それが面白い」
俺は何も言わなかった。
言葉が出なかった。
エリナが小さく笑った。アルクも目を細めた。
カルロが立ち上がった。
「修行は続ける。始祖の器であることが、今すぐ何かを変えるわけではない」
カルロは言った。
「ただ、一つだけ変わることがある」
「何ですか」
「お前のレベルが、そろそろ上がる」
俺は少し驚いた。
「レベルが上がるんですか。条件は何ですか」
「備考欄が全部解放されたとき、今まで蓄積されていた経験値の上限が取り除かれる」
カルロは続けた。
「成長上限解放とはそういうことだ。今まで溜まっていたものが、一気に流れ出す」
ステータス画面を開いた。
その瞬間。
レベルアップ
Lv.1 → Lv.8
一気に七レベル上がった。
ゼロ Lv.8
HP:34/34
MP:18/18
筋力:11 敏捷:14 魔力:6 耐久:9 知力:16
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
全てのステータスが、平均値を超えていた。
魔力が6になった。敏捷が14。知力が16。
エリナが俺の顔を見た。
「何か変わった?」
「レベルが8になった」
アルクが少し目を見開いた。
「一気に七レベルか」
「ステータスが全部、平均を超えました」
カルロが頷いた。
「これが、成長上限解放の意味だ」
老魔法師は静かに言った。
「上限がなければ、積み上げてきたものが全て力になる。これからは、経験値が溜まるたびに上がっていく。止まることなく」
俺は手のひらを見た。
今朝と同じ手のひらだ。だが、その中に流れているものが、少し違う気がした。
Dランク。Lv.8。ステータス平均超え。
数値が変わった。
だが、俺自身は変わっていない。
それは、今朝エリナに言った言葉の通りだ。
「カルロさん」
「何だ」
「ありがとうございます」
俺は言った。
「最初から、傍にいてくれて」
カルロは何も言わなかった。
ただ、小さく頷いた。
それだけで、十分だった。
**次回・第33話「新しいステータス」**
> Lv.8になったゼロが、初めてDランク以上の依頼に挑む。そして戦い方が、少しずつ変わり始めた。




