第31話 「セインとの対面」
レイから連絡が来たのは、翌朝だった。
宿の扉の下に、折りたたんだ紙が差し込まれていた。
開くと、短い文章が書かれていた。
「今日の昼、街の北門を出て草原を北に三十分歩いた場所に、一本だけ大きな木がある。そこで待っている。レイ」
俺はアルクとカルロに見せた。
アルクが紙を確認した。
「罠の可能性は?」
「ある」
俺は答えた。
「ただ、罠なら別の手段を使う。わざわざ場所を指定して待つ意味がない」
「セインが直接来るかもしれない」
「それを確認しに行く」
カルロが紙を手に取った。老魔法師はしばらく紙を見てから、静かに言った。
「行こう」
昼前に北門を出た。
草原を北に歩いた。空は晴れていて、二つの太陽が少し角度をずらして輝いている。影が二本、前に伸びた。
三十分歩くと、一本の木が見えた。
大きな木だ。幹が太く、枝が広がっている。周囲は草原で、遮るものがない。隠れる場所がないということは、奇襲はしにくい。場所の選び方が合理的だと思った。
木の下に、人影が二つあった。
一つはレイだ。黒い服で、表情がない。もう一つは。
俺は立ち止まった。
もう一人が、木の幹に背中をもたせかけて立っていた。
三十代後半くらいの男だ。背は高くない。体格は普通だ。髪が黒く、少し乱れている。服は地味で、武器を帯びていない。
目が印象的だった。
何かを見通すような、深い目だ。カルロの目と、少し似ていると思った。
男が俺たちを見た。
そして、カルロを見た。
その瞬間、男の目に何かが浮かんだ。一瞬だけ。すぐに消えた。
懐かしさ、だったかもしれない。
「師匠」
男が言った。
カルロが一歩前に出た。
「セイン」
十五年ぶりの師弟の再会が、草原の真ん中で、静かに始まった。
しばらく、誰も何も言わなかった。
風が草を揺らす音がした。遠くで鳥が鳴いた。
セインが先に口を開いた。
「元気そうで、よかった」
「お前もな」
カルロは短く言った。
「十五年、どこにいたんですか」
アルクが言った。声は落ち着いていたが、目が鋭い。
セインはアルクを見た。
「あなたがアルク・ライナルドですか」
「そうだ」
「あなたの故郷の件、謝罪します」
セインは頭を下げた。
「私の指示ではなかったが、私の組織が行ったことだ。責任はある」
アルクは黙っていた。
セインが俺を見た。
「ゼロ」
「はい」
「会ってくれてありがとう」
セインは続けた。
「あなたに害を与えるつもりはない。ただ、話がしたかった」
「何の話ですか」
セインは少し間を置いた。
「備考欄について」
俺はセインを見た。
「読めますか」
「読める」
セインは答えた。
「今の状態なら、一番左だけが残っているはずだ」
図星だった。
「なぜわかるんですか」
「私がこの術式を最初に発見したから」
セインは草原に目を向けた。
「成長上限解放。師匠に教わったわけではない。自分で研究して、見つけた」
カルロが静かに言った。
「私が気づかなかったものを、お前は見つけた」
「師匠が教えてくれた基礎があったから、見つけられた」
セインはカルロを見た。
「それは本当のことです」
俺は聞いた。
「一番左の文字が変わらない理由を、知っていますか」
「知っている」セインは俺を見た。
「それを話すために来た」
「教えてください」
「備考欄の六文字は、スキルの名前を表しているわけではない」
セインは言った。
「六つの段階だ。お前がどの段階まで覚醒しているかを示している」
俺は頭の中で整理した。
六文字。最初は全部◆。今は◆◇◇◇◇◇。一番左だけが残っている。
「六段階のうち、五段階まで覚醒した、ということですか」
「そうだ」
セインは頷いた。
「第一段階から第五段階は、修行と経験で達成できる。お前はすでにそこまで来ている」
「第六段階は違うんですか」
「違う」
セインは静かに言った。
「第六段階は、覚悟だ」
沈黙。
「覚悟」
俺は繰り返した。
「成長上限解放が完全に覚醒したとき、お前は際限なく強くなれる」
セインは続けた。
「だが、それは同時に、お前が背負うものが増えることを意味する。世界の魔法体系が変わるかもしれない。多くの人間がお前を恐れ、または利用しようとする。その全てを受け入れる覚悟が、最後の段階の条件だ」
俺はセインを見た。
「あなたは俺に、その覚悟を持てと、言いに来たんですか」
「いや」
セインは首を振った。
「覚悟を持てとは言わない。持つかどうかは、お前が決めることだ」
「では何のために来たんですか」
セインは少し間を置いた。
「知っておいてほしかった。その上で、お前自身が選んでほしかった」
俺は少し考えた。
カルロが「お前は選択することになる」と言っていた。その選択が、これだったのか。
「一つ聞かせてください」
俺は言った。
「あなたは俺の力を、利用しようとしていますか」
セインはすぐには答えなかった。
それから、正直に言った。
「以前はそう思っていた」
「今は?」
「今は、違う」
セインは草原を見た。
「研究を続けてわかったことがある。成長上限解放の力は、誰かが利用できるものではない。本人だけのものだ。奪うことも、移すことも、共有することもできない」
「それがわかって、無冠での活動を変えたんですか」
「変えようとしている」
セインは続けた。
「ただ、組織は私一人の意図通りには動かない。街道の件はその一例だ」
アルクが言った。
「組織を解散する気はありますか」
「ある」
セインは答えた。
「ただ、時間がかかる」
「信用できない」
「そうでしょう」
セインは頷いた。
「信用は言葉ではなく、行動で示すものだ」
しばらく話が続いた。
セインはゼロへの質問に、全て正直に答えた。嘘をついている様子がなかった。レイが「セインは嘘をつかない」と言っていたが、直接話して、その印象は正しいと思った。
だが、全部が本当だとも言い切れない。
話が一段落したとき、セインがカルロを見た。
「師匠」
「何だ」
「元気でいてください」
セインは静かに言った。
「私がやり残したことを片付けるまで」
カルロは何も言わなかった。
セインとレイが歩き始めた。草原の北側に向かって歩いていく。
カルロがその背中を見ていた。
俺もその背中を見た。
遠ざかっていくセインの後ろ姿を見ながら、俺は胸の温もりを確認した。
そしてその瞬間、温もりが大きく脈打った。
今まで感じたことのない強さで。
ステータス画面が、自動的に開いた。
ゼロ Lv.1
HP:12/12
MP:3/3
筋力:3 敏捷:4 魔力:1 耐久:2 知力:6
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
止まった。
一番左が、白くなっていた。
六文字、全部が白い。
◇◇◇◇◇◇。
俺はカルロを見た。
老魔法師は、俺の顔を見て、全てを察したようだった。
「変わったか」
「はい」
カルロは深く息を吐いた。
それから、静かに言った。
「話がある。全部、話す」
草原の風が、二人の間を通り抜けた。
セインの背中が、草原の向こうに消えていった。
**次回・第32話「全ての答え」**
> カルロが全てを話す。備考欄の六文字が何を意味するのか。ゼロが何者なのか。そして、カルロがゼロの傍にいた本当の理由が、明かされる。




