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神に何も貰えなかった転生者、実は成長上限がありませんでした  作者: Nagiousen


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30/82

第30話 「最後の一文字」

 形を作る練習を続けて、五日が経った。

 毎朝、鍛冶屋の跡でカルロと向き合った。砂時計の時間は、十分から十五分、二十分と少しずつ伸びていった。光の球の形が、日を追うごとに安定してきた。最初は歪んでいたものが、今では比較的きれいな球になっている。


 五日目の朝、形を作り終えてステータス画面を開いた。


 備考欄:◆◇◇◇◇◇


 六文字目が、白くなっていた。

 カルロに報告した。


「わかった」


 カルロは短く言った。


「残り一文字だ。一番左だけが残っている」


「左端が変わる条件は、別の何かが必要だと言っていましたが」


「そうだ」


 カルロは続けた。


「焦るな。条件が揃えば、自然に変わる」


「いつ揃いますか」


「わからない」


 カルロは俺を見た。


「ただ、近い」


 その日の午後、ギルドで依頼をこなした帰り道、エリナが言った。


「最近、セインの部下の動きはどうなってるの」


「アルクによると、ランドルから離れていないらしい」


 俺は答えた。


「ただ、ギルドには来ていない。街の外で動いている」


「何をしているんだろう」


「わからない。ただ、右端の六文字目が変わったことを、感じ取っている可能性がある」


 エリナが少し表情を曇らせた。


「動きが変わるかもしれないってこと?」


「そうかもしれない」


 宿に戻る途中、路地に差し掛かったとき。

 前方に人影があった。

 細身で、背が高い。黒っぽい服を着ている。

 俺は立ち止まった。

 エリナも止まった。

 人影が動いた。こちらに向かって歩いてくる。街灯の光に顔が照らされた。

 廃村で見た男だった。セインの部下。計算し続けているような、冷たい目。

 男は俺たちの前で止まった。

 距離は五メートルほど。武器に手をかけていない。攻撃する姿勢ではない。


「ゼロ」


 男が言った。

 俺の名前を知っている。当然か。ずっと調べていたのだから。


「はい、何の用ですか」


「話がしたい」


 男は静かに言った。


「セイン様からの伝言だ」


 エリナが俺の袖を引いた。罠かもしれない、という意味だとわかった。

 俺は男を観察した。

 後ろに人影はない。周囲に気配もない。一人だ。それに、この男は戦闘要員ではないとアルクが言っていた。実際、今の姿勢も戦う気配がない。


「聞きます」


「ゼロ」


 男は続けた。


「セイン様は、あなたに会いたいと言っている」


 沈黙。


「会いたい、というのはどういう意味ですか」


「敵対したいわけではない、ということだ」


 男は淡々と言った。


「セイン様はあなたの力に興味を持っている。ただそれだけだ」


「興味を持っているなら、なぜ街道で荷馬車を襲ったんですか。なぜ魔物を使役して人を傷つけるんですか」


 男は少し間を置いた。


「あれはセイン様の指示ではない」


「どういう意味ですか」


「無冠の中には、様々な人間がいる。全員がセイン様の意図通りに動くわけではない」


 男は続けた。


「街道の件は、セイン様も把握していなかった。詫びを入れるように、私が伝えた」


 俺はその言葉を頭の中で分析した。

 嘘かもしれない。だが、全部が嘘とも思えない。アルクが「管理役かもしれない」と言っていた。この男が無冠の中で一定の立場にいるなら、組織内の統制が取れていないことはあり得る。


「セインに会う理由が、俺にはありません」


「そうですか」


 男は表情を変えなかった。


「ただ、一つだけ伝えておく。セイン様はあなたを傷つけるつもりはない。ただ、話がしたいだけだ」


「それがセインの言葉だとして、信用する根拠がない」


「そうですね」


 男は頷いた。


「信用するかどうかは、あなたが決めることだ」


 男が踵を返した。


「待ってください」


 男が止まった。振り返らない。


「あなたの名前は何ですか」


 少し間があった。


「レイと申します」


 男は振り返らずに言った。


「セイン様の伝言は伝えた。判断はあなたに任せる」


 レイは路地の暗がりに消えた。

 エリナが俺を見た。


「今の、信用できると思う?」


「わからない」


 俺は正直に答えた。


「ただ、レイという人物は嘘をついていない気がした」


「根拠は?」


「根拠はない。ただの感覚だ」


「感覚で判断するの?」


「今は、それしかない」


 すぐにアルクとカルロに報告した。

 四人で鍛冶屋の跡に集まった。俺は会話の内容を、省略せずに全部伝えた。

 カルロは黙って聞いていた。

 アルクが先に口を開いた。


「セインが接触してきた。予想より早い」


「街道の件はセインの指示ではなかったと言っていました」


「真偽はわからない」


 アルクは続けた。


「ただ、セインが直接会いたいと言ってきたのは、備考欄の変化と関係している可能性が高い」


「残り一文字だから、焦っているということですか」


「そうだと思う」


 俺はカルロを見た。老魔法師はまだ黙っていた。


「カルロさん」


「聞いていた」


 カルロはゆっくり言った。


「レイという名前に、聞き覚えがある」


「知っているんですか」


「セインの弟子だ」


 カルロは続けた。


「セインが私のもとを去った後、自分で弟子を取ったと聞いていた。その弟子がレイだ」


「どんな人物ですか」


「優秀だ。セインに忠実で、感情を表に出さない」


 カルロは少し間を置いた。


「嘘はつかない人間だ。少なくとも、私が聞いた話では」


 エリナが言った。


「じゃあ、レイが言ったことは本当かもしれない」


「全部が本当とは限らない」


 カルロは続けた。


「ただ、嘘をつかないという性格なら、伝言の内容は正確に伝えているだろう」


 俺は考えた。

 セインが会いたいと言っている。レイは嘘をつかない。だが、セインの意図がわからない。


「会うべきだと思いますか」


 カルロはしばらく黙った。

 それから、静かに言った。


「それは、お前が決めることだ」


「カルロさんの意見を聞かせてください」


「意見は言わない」


 カルロは首を振った。


「これは、お前自身の問題だ。備考欄の最後の一文字も、お前自身が選択することで変わると言った。その選択が、これかもしれない」


 俺は少し考えた。

 最後の一文字。一番左。別の何かが必要だと、カルロが言っていた。

 修行では変わらない。経験の積み重ねでもない。別の何か。

 選択だ。

 俺は立ち上がった。


「会います」


 エリナが俺を見た。


「本当に?」


「はい」


 俺はエリナを見た。


「ただし、一人では行かない。アルクさんとカルロさんに同行をお願いしたい」


「同行する」


 アルクはすぐに答えた。

 カルロも頷いた。


「私も行く」


「エリナは」


 俺はエリナを見た。


「来なくていいと思っている」


 エリナが少し眉をひそめた。


「なぜ」


「危険だから、ではない」


 俺は続けた。


「エリナには、別のことをお願いしたい。もし俺たちが戻らなかったとき、ベルナルドさんとロックスに伝えてほしい。状況を全部」


 エリナはしばらく俺を見た。


「約束して」


 エリナが言った。


「必ず戻ってくるって」


「約束します」


「絶対に」


「絶対に」


 エリナは少し目を閉じた。それから頷いた。


「わかった。任せて」


 その夜、俺は一人で宿の部屋にいた。

 ステータス画面を開いた。


 ゼロ Lv.1

 HP:12/12

 MP:3/3

 筋力:3 敏捷:4 魔力:1 耐久:2 知力:6

 スキル:なし

 備考欄:◆◇◇◇◇◇


 一番左の◆だけが残っている。


 セインに会う。それが最後の選択になるかもしれない。

 カルロが「お前自身が決めること」と言った。

 俺は決めた。


 記憶がない。名前も、過去も持っていなかった。何もないところから始めて、ここまで来た。

 セインが何を求めているのか。備考欄に何が書かれているのか。俺が何者なのか。

 全部の答えが、そこにある気がした。

 手のひらを見た。

 光を出さなかった。

 ただ、温もりを感じた。

 胸の奥で、針の頭よりずっと大きくなった温もりが、静かに脈打っていた。

 明日、答えを見つけに行く。



**(第30話 了)**


**次回・第31話「セインとの対面」**

> カルロとアルクを連れてゼロが向かった先に、セインがいた。十五年ぶりに師弟が対峙する。そしてゼロは、セインの目を見て、一つのことを確信した。

第1章、完結です。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。備考欄は◆◇◇◇◇◇になりました。残るは一番左の一文字だけ。セインとの対面、第2章が始まります。引き続きよろしくお願いします!


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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