第29話 「形を作る」
翌朝、カルロから連絡があった。
アルクが鳥を使った通信で受け取り、俺に伝えた。内容は短かった。
「セインの部下の動きを確認した。今朝は街の外に出ている。鍛冶屋の跡に来なさい」
エリナと二人で向かった。
カルロはいつもの場所にいた。だが今日は、炉の前ではなく、部屋の中央に立っていた。最初の日と、試験前日と同じ立ち位置だ。何かが変わる日の姿勢だと、今では自然にわかった。
「セインの部下は今朝、街の北側から東に移動した。今日の午前中は、ここには近づかない」
カルロは言った。
「だから、今日やる」
「形を作る練習ですか」
「そうだ」
カルロは俺を見た。
「ただし、一つ条件がある」
「何ですか」
「時間を決める。今日は十分だけだ。十分で何ができても、できなくても、そこで止める」
「理由は」
「魔力に形を持たせる作業は、今まで以上に消耗する」
カルロは続けた。
「初日に無理をすると、後に響く。十分やったら止める。それを守れるか」
「守ります」
「エリナ、時間を測って欲しい」
「はい」
エリナは砂時計を取り出した。ギルドで借りてきたものだ。昨日の夜に準備していたらしい。
「では始める」
カルロは俺に向き直った。
「いつも通り始めなさい。温もりを見つけて、腕に流して、指先に集める。そこまでは同じだ」
俺は目を閉じた。
温もりを探した。すぐに見つかった。腕に流す。指先に集める。手のひらが熱くなった。
「集まったか」
「はい」
「次に、その熱を外に出す。先日と同じだ。ただし、今日は出す前に、形をイメージする」
「形、というのは」
「なんでもいい。単純なものがいい。球でも、棒でも、線でも。自分がはっきりイメージできるものを選べ」
俺は少し考えた。
単純なもの。自分がはっきりイメージできるもの。
石だ。
今まで戦いで何度も使ってきた。手のひらサイズの、丸い石。重さも、感触も、はっきり覚えている。
「石をイメージします」
「いい選択だ」
カルロは言った。
「では、手のひらの上に石があると思え。魔力でその形を作れ。急がなくていい」
エリナが砂時計をひっくり返した。
俺は手のひらに意識を向けた。
魔力を外に押し出すイメージを持った。同時に、石の形をイメージした。丸い。表面が少しざらざらしている。重さがある。手のひらにすっぽり収まるサイズ。
最初は何も起きなかった。
魔力は外に出ているが、形がない。昨日と同じ、ただの光だ。
力を抜いた。
押すのではなく、形に沿って流す。石の輪郭に沿って、魔力が流れるイメージ。水が型に入るように。
三十秒。一分。
変化があった。
手のひらの上の光が、わずかに形を持ち始めた。完全な球ではない。歪んでいる。だが、丸い何かが、そこにある。
「感じているか」
カルロの声が聞こえた。
「形が、出てきた気がします。不安定ですが」
「それでいい。保て。消えそうになっても、焦るな」
俺は集中し続けた。
形が揺れる。消えかける。また戻る。
安定しない。だが、完全には消えない。
エリナが小さく声を上げた。
「見える。丸い、光の塊みたいなものが」
「形が見えていますか」
「完全じゃないけど、丸いのはわかる」
カルロが近づいてきた。俺の手のひらを覗き込む気配がした。
「よくやっている」
老魔法師が静かに言った。
「だが、力が入りすぎている。もう少し、力を抜け」
俺は肩の力を抜いた。
形が、すっと安定した。
歪みが減った。完全な球ではないが、石に近い形が手のひらの上にある。
青白い光でできた、小さな球。
俺はそれを見た。
初めて、自分の意図で形を作った。
感情を表に出さない俺でも、その瞬間は少し違った。何かが胸の中で動いた。
「エリナ、時間は」
カルロが言った。
「あと二分くらいです」
「ゼロ、あと二分だ。保ち続けろ」
俺は集中し続けた。
形が揺れる度に、力で押さえようとする衝動があった。だが力で押さえると崩れる。力を抜いて、流れに任せる。
その繰り返しだった。
エリナが言った。
「時間です」
俺は手のひらへの意識を緩めた。
光の球が、ゆっくりと薄れて、消えた。
手のひらの熱も引いた。
目を開けると、カルロが俺を見ていた。老魔法師の目に、珍しいものがあった。
満足、という感情に近いものだと思った。
「よくやった」
二度目だ。カルロが「よくやった」と言うのは。
「ありがとうございます」
「疲れたか」
「頭が、少し重い」
「それでいい。今日はここまでだ」
カルロは続けた。
「明日からは、同じことを毎日繰り返す。時間は少しずつ伸ばす。形を安定させることだけを考えろ」
エリナが砂時計をしまいながら言った。
「すごかった。本当に光が丸くなってた」
「見えていた?」
「最初は歪んでたけど、最後の方はちゃんと丸かった。私でも見えた」
「ある程度の魔力を持つ者なら見える」
カルロが言った。
鍛冶屋の跡を出て、三人で歩き始めた。
アルクが合流した。
「どうだった」
「形が出た」
エリナが答えた。
「丸い光の球みたいなもの」
「初日で形が出たのか」
アルクは少し目を見開いた。
「早い」
「まだ不安定です」
俺は言った。
「それでも早い。魔力を形にするのは、普通は何週間もかかる」
「ゼロは普通じゃないから」
エリナが言った。
アルクが俺を見た。
「老師が言っていたことと、関係しているかもしれない。成長上限解放の影響で、習得速度が上がっている可能性がある」
俺はその可能性を考えていなかった。
成長上限解放。まだ完全には覚醒していない。だが、蓋が緩んでいくにつれて、成長速度が上がっている。
それが、備考欄の変化と連動しているのかもしれない。
「ギルドに行く」
エリナが聞いた。
「少し待って」
俺は立ち止まった。
胸の温もりを確認した。いつもの場所にある。ただ、今日は少し違う感覚があった。
温もりが、今朝より少し大きくなっている。
ステータス画面を開いた。
ゼロ Lv.1
HP:12/12
MP:3/3
筋力:3 敏捷:4 魔力:1 耐久:2 知力:6
スキル:なし
備考欄:◆◇◇◇◇◆
止まった。
五文字目が、白くなっていた。
◆◇◇◇◇◆。
残り二文字。一番左と、一番右。
エリナが俺の顔を見た。
「何か変わった?」
「五文字目が変わった」
俺は言った。
アルクが少し息を止めた。
「残り二文字か」
「はい」
アルクは周囲を見回した。人通りを確認している。
「カルロ老師に伝えた方がいい。今すぐ」
「そうします」
三人は鍛冶屋の跡に戻った。
カルロはまだいた。木箱に座って、目を閉じていた。俺たちが戻ってきた音で目を開けた。
「どうした」
「備考欄の五文字目が変わりました」
俺は言った。
「◆◇◇◇◇◆になっています」
カルロは立ち上がった。
老魔法師の目が、俺を真っすぐ見た。
「残り二文字だ」
カルロは静かに言った。
「約束通り、全部変わったら話す。その約束は変わらない」
「はい」
「ただ」
カルロは続けた。
「一つだけ今言える」
「何ですか」
「残り二文字の変化は、今までとは少し違う」
「どう違うんですか」
「今までの変化は、修行や経験が積み重なって自然に起きていた」
カルロは俺を見た。
「だが残りの二文字は、そうではないかもしれない」
「どういう意味ですか」
「右端の六文字目は、おそらく近いうちに変わる。形を作る練習を続ければ、自然に変わるだろう」
カルロは続けた。
「だが一番左は、別の何かが必要だ」
「別の何かとは」
カルロはしばらく黙った。
「今はまだ言えない」
老魔法師は静かに言った。
「ただ、お前はじきにわかる。自分で感じるはずだ」
俺は頷いた。
押しても出てこない情報がある。それはわかっていた。
「セインも感じ取っただろうか」
アルクが聞いた。
「感じ取っている可能性がある」
カルロは答えた。
「動きが変わるかもしれない。気をつけなさい」
カルロが扉に向かった。
俺は備考欄をもう一度確認した。
◆◇◇◇◇◆
残り二文字。
右端は修行で変わる。一番左は、別の何かが必要だ。
その別の何かが何なのか。
まだわからない。
だが、答えは必ずある。
そう思った。
**次回・第30話「最後の一文字」**
> 形を作る練習を続けて数日後、右端の六文字目が白くなった。◆◇◇◇◇◇。残るは一番左の一文字だけ。そしてその夜、セインの部下がゼロの前に現れた。
魔力で光の球を作った回。備考欄が◆◇◇◇◇◆に。残り2文字。一番左だけは、修行では変わらない。別の何かが必要だとカルロが言います。それは何なのか。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ★評価・ブックマークをお願いします。ブックマークしておくと更新通知が届きます。
感想・コメントも全部読んでいます。毎日21時更新中です!




