第27話 「カルロのいない朝」
カルロが去って三日経った。
毎朝、鍛冶屋の跡に通う習慣は変わらなかった。だが、炉の前に座る老魔法師の姿がない。
一日目は、エリナと二人で炉の前に立っただけだった。何をすればいいか、二人ともわからなかった。カルロがいなければ、今までの修行の続きをやっていいのかどうかも判断がつかなかった。
「無理しない方がいいんじゃない」
エリナが言った。
「無理はしない。確認するだけだ」
俺は目を閉じて、いつも通り温もりを探した。腕に流す。指先に集める。外に押し出す。
三日前と同じ感覚だった。指先がじんわりと熱くなり、わずかに外に漏れる。
危険な感覚はなかった。蓋が歪む、とカルロが言っていたが、その兆候も感じない。
「大丈夫そうだ」
「本当に?」
「今のところは」
二日目も同じことを繰り返した。三日目になると、感覚が少しずつ変わってきた。
外に漏れる量が、わずかに増えている気がした。最初は皮膚の表面が温かくなる程度だったが、今は手のひら全体がじんわりと熱を持つ。
エリナが手をかざして確認した。
「前より、はっきりわかる」
「強くなっているということか」
「たぶん」
三日目の朝、俺はもう少し試してみることにした。
カルロがいない。判断は自分でするしかない。無茶をするつもりはないが、確認するだけなら問題ないはずだ。
指先に魔力を集めた。今までは、漏れるイメージだった。今日は、少しだけ強く押し出すイメージを持った。
手のひらが熱くなった。
今までより、はっきりとした熱だ。
そして、視界に小さな変化が起きた。
手のひらの上に、薄い光が現れた。
目に見える。
淡い、青白い光だ。炎ではない。形もない。ただ、光そのものがそこにある。
エリナが息を飲んだ。
「見える」
「俺にも見える」
手のひらの上で、光が小さく揺れている。蝋燭の火に似ているが、熱くない。風で消えそうな、不安定な光だ。
俺はその光を見つめた。
これが、魔力が外に出た姿だ。
今までは滲み出るだけだった。それが、目に見える形になった。
光が、ふわりと揺れて、消えた。
手のひらの熱も、すぐに引いた。
「すごい」
エリナが言った。
「魔法、使えたんじゃない?」
「魔法、というには、まだ何もできていない」
「でも、見えたじゃない」
俺は手のひらを見た。
確かに、何かが起きた。
ステータス画面を開いた。
ゼロ Lv.1
HP:12/12
MP:3/3
筋力:3 敏捷:4 魔力:1 耐久:2 知力:6
スキル:なし
備考欄:◆◇◇◇◆◆
数値は変わっていない。備考欄も同じだ。三日前の四文字目から、変化はない。
少し、安心した。同時に、少し物足りない気もした。
「カルロさんがいない間に、進みすぎないようにしないと」
「進みすぎるとどうなるの」
「蓋が歪むと言っていた。歪んだ蓋は、まともに開かなくなる」
エリナが少し考えた。
「じゃあ、今日はもうやめておく?」
「そうする」
午後、ギルドに向かう途中で、アルクと合流した。
アルクは三日間、俺たちの周囲にいた。常に一緒というわけではないが、宿の近くや、ギルドへの道で、どこかにいた。本人は「見回りだ」と言っているが、明らかに護衛だった。
今日のアルクは、いつもより少し緊張しているように見えた。
「何かありましたか」
俺は聞いた。
「老師から連絡があった」
アルクは小声で言った。
「鳥を使った通信だ。魔法師が使う方法らしい」
「内容は」
「セインの足取りについて、手がかりを見つけたらしい。詳細は戻ってから話す、と書いてあった」
「いつ戻りますか」
「明日か、明後日」
アルクは続けた。
「それと、もう一つ書いてあった」
「何ですか」
「お前の修行について。『外に出す練習を、私がいない間にやっていないか確認しろ』と」
俺とエリナは少し顔を見合わせた。
「やりました」
エリナが正直に言った。
「今朝、光が見えた」
アルクの表情が変わった。
「光が見えたのか」
「はい」
俺は答えた。
「魔力が、手のひらの上で光として現れました」
アルクは少し考えた。
「老師の手紙には、もう一行あった」
アルクは続けた。
「『もし光が見えたなら、すぐに修行を止めて、私が戻るまで一切何もしないように伝えてくれ』」
俺は少し驚いた。
「なぜですか」
「俺もわからない」
アルクは言った。
「ただ、老師がここまで具体的な指示を残すのは珍しい。何か理由がある」
「光が見えたことに、何か意味があるんですか」
「老師にしかわからない」アルクは続けた。
「だが、一つ言えることがある。老師は手紙に『もし』と書いていた。起きる可能性が高いと考えていたんだと思う」
俺は手のひらを見た。
今朝見た、淡い青白い光。
それが何かの引き金になるかもしれない、ということか。
「修行は止めます」
「そうしてくれ」
アルクは少し息を吐いた。
「老師が戻るまで、待とう」
その夜、俺は宿の部屋で、手のひらを見ていた。
光を出さないように、と言われた。だが、確認するだけなら問題ないと思った。
いや。
その考え方が、危ない。
カルロが「無理をするな」と言うときは、必ず理由がある。今まで一度も、根拠のないことを言わなかった。今回も同じはずだ。
俺は手を握った。
今日は、何もしない。
ステータス画面を開いた。
備考欄:◆◇◇◇◆◆
残り二文字。
カルロが戻れば、あと二文字で全てが読めると言っていた。
光が見えたことが、その二文字に関係しているのかもしれない。
窓の外を見た。二つの月が、夜空に並んでいる。
カルロが戻ってくる。
明日か、明後日。
俺は手のひらをもう一度見た。
光は出ていない。だが、何かがそこに眠っている感覚があった。
目を閉じた。
今夜は、何もしない。
待つことが、今できる唯一のことだった。
**次回・第28話「セインの記録」**
> カルロが戻ってきた。セインの足取りを追って見つけたものは、十五年前の研究記録だった。そこに書かれていたのは、ゼロの正体に繋がる、決定的な手がかりだった。
一人で練習して魔力の光が手のひらに現れた回。カルロが「光が見えたら止めろ」と事前に指示していた理由、次の話で明かします。
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