第24話 「報告」
ランドルに戻ったのは昼過ぎだった。
鍛冶屋の跡に向かった。カルロがいた。いつもの場所に、いつもの姿勢で座っていた。俺たちが入ってきても、目を開けるまでに少し間があった。考え事をしていたのかもしれない。
「戻ったか」
「はい」
アルクも中に入った。カルロがアルクを見た。
「怪我はないか」
「両方とも」
俺は答えた。
「座れ」
炉の縁に腰を下ろした。アルクは立ったままだった。
俺が話した。見たこと、感じたこと、確認できたこと、できなかったことを順番に伝えた。人数、配置、檻の数、ブラックハウンドの頭数、読めなかった魔物の存在、細身の男の行動。
カルロは黙って聞いていた。
アルクが補足した。男の動きが調査役ではなく管理役に近かった可能性。本拠地にはさらに強い魔物がいる可能性。
全部話し終えると、沈黙があった。
長い沈黙だった。
カルロは炉の灰を見つめたまま、動かなかった。考えているのか、何かを思い出しているのか、判断できなかった。
アルクが俺を見た。俺は首を振った。急かさない方がいい。
一分ほどして、カルロが口を開いた。
「その男を、私は知っている」
俺とアルクは、同時にカルロを見た。
「知っている、というのは」
アルクが聞いた。
「会ったことがある。昔の話だ」
カルロは続けた。
「名前はセイン。十五年前、私の弟子だった」
沈黙。
俺は少し考えてから聞いた。
「弟子が、無冠にいるということですか」
「そうだ」
カルロは静かに言った。
「正確には、セインが無冠を作った」
アルクが息を飲んだ。
「無冠の創設者が、老師の元弟子だと」
「そうだ」
カルロはまた黙った。それから、ゆっくりと続けた。
「セインは優秀だった。私が教えた弟子の中で、一番飲み込みが早かった。魔法の才能だけなら、私を超えていたかもしれない」
「なぜ無冠を作ったんですか」
カルロは答えなかった。
しばらく間があった。
「それを話すには、長い話になる」
カルロは立ち上がった。
「今日はここまでだ」
「待ってください」
アルクが言った。珍しく、語気が強かった。
「老師の元弟子が無冠を作った。それなら老師は、無冠の目的を知っているはずだ。私の故郷が襲われた理由も、わかるはずだ」
カルロはアルクを見た。
「わかっている部分もある」
「なぜ話してくれないんですか」
「話せない理由がある」
「どんな理由ですか」
カルロはしばらくアルクを見ていた。老魔法師の目が、いつもより少し深い色をしていた。
「セインが無冠を作った理由は、私にある」
アルクが黙った。
俺も黙った。
カルロは続けた。
「私がセインに教えたことが、無冠の始まりに繋がっている。詳しくは、今は言えない。ただ、私に責任の一端がある」
炉の中の灰が、風もないのにわずかに動いた。
「だから、私はゼロの傍にいる」
カルロはゆっくりと俺を見た。
「セインがゼロを狙っているなら、私がいる意味がある」
俺はカルロを見た。
「俺を守るために、傍にいるんですか」
「守る、という言葉は正確ではない」
カルロは言った。
「ゼロ、お前には自分で立つ力がある。私はそれを邪魔しないようにしながら、見ている」
「見ている理由は」
「責任だ」
カルロは短く言った。
「それ以上でも、それ以下でもない」
アルクが少し落ち着いた声で言った。
「老師が責任を感じているのはわかった。だが、私たちに情報を隠すことで、かえって危険になる場合がある」
「わかっている」
「なら、話せる範囲で教えてほしい。セインの目的を」
カルロはしばらく考えた。
それから、炉の前に座り直した。
「一つだけ言う」
老魔法師は言った。
「セインは、この世界の魔法体系を、根本から書き換えようとしている」
俺は静かに聞いた。
「書き換える、というのは」
「今の魔法は、個人の魔力とマナを繋ぐことで発動する。術者一人ひとりが、自分の力で扱うものだ」
カルロは続けた。
「セインはそれを否定している。個人の力ではなく、もっと大きな力を引き出す方法を探している」
「大きな力とは何ですか」
「魔物の力だ」
カルロは言った。
「人間と魔物の力を融合させる術式。それをセインは追い求めている。古い時代の魔法書を集めているのも、その術式の断片を探しているからだ」
アルクの表情が変わった。
「故郷の村の魔法書を奪ったのも」
「そのためだろう」
カルロは頷いた。
「古い術式には、そういった研究の痕跡が、残っているものがある」
「人間と魔物の力を融合させたら、どうなるんですか」
俺は聞いた。
「わからない」
カルロは珍しく、はっきりとわからないと言った。
「セイン自身も、わからないかもしれない。ただ、それを試みようとしている」
沈黙。
俺は頭の中で整理した。
無冠の目的は魔物と、人間の力の融合術式の完成。そのために古い魔法書を集めている。魔物を使役する技術も、その研究の一環。そしてセインは、特別な力を持つ人間を探している。
「俺を探している理由は、備考欄に関係していますか」
カルロはすぐには答えなかった。
間があった。
「関係している」
カルロは言った。
「ただ、それ以上は今日は言えない。備考欄が全部読めるようになってから話す。その約束は変わらない」
俺は頷いた。
押しても出てこない情報がある。それはわかっていた。
アルクが立ち上がった。
「一つだけ確認させてください」
アルクはカルロを見た。
「セインは今、廃村にいますか」
「いないだろう」
カルロは答えた。
「あの男は自分で前に出ない。動かすのは部下だ」
「ではあの廃村は、セインの直轄ではなく、部下が管理している」
「そう考えるのが、自然だ」
「廃村を叩いても、セインには届かない」
「届かない」
アルクは少し目を細めた。
「どこにいると思いますか」
「わからない」
カルロは立ち上がった。
「十五年、行方を知らなかった。今もわからない」
老魔法師は扉に向かった。
「ただ」
カルロは扉の前で立ち止まった。
「セインがランドル周辺に、部下を置いているということは、この近くに何かがある。何かを求めている」
カルロは振り返らなかった。
「それが何かは、備考欄が全部読めたときに話す」
扉が開いて、光が差し込んだ。
カルロが出て行った。
鍛冶屋の跡に、俺とアルクだけが残った。
アルクが深く息を吐いた。
「老師が元弟子の話を、するとは思わなかった」
「俺も驚きました」
「責任がある、と言っていた」
アルクは炉を見た。
「老師が何を教えて、それがどう繋がったのか。そこまでは、話してくれなかったが」
「今日話せる範囲で、話してくれたと思います」
「そうだな」
アルクは立ち上がった。
「一つわかったことがある」
「何ですか」
「セインはお前を狙っている。理由は備考欄に関係している。カルロ老師はそれを知っていて、お前の傍にいる」
アルクは俺を見た。
「つまり、お前が備考欄を読めるようになることが、この件の核心に関わっている」
俺は頷いた。
「だから修行を続ける」
「急いだ方が、いいかもしれない」
「急ぎすぎると、蓋が壊れると老師が言っていました」
アルクが少し笑った。
「老師らしい言い方だ」
二人で鍛冶屋の跡を出た。
昼の光が石畳に落ちている。影が二本。
俺は歩きながら、胸の温もりを確認した。
ある。小さいが、確かにある。
◆◇◇◆◆◆。
セインがこの近くに何かを求めている。
その何かが何なのか。
カルロが言った「もう少し」という言葉の意味が、少しずつ形を持ち始めている気がした。
**次回・第25話「蓋の向こう」**
> 翌朝の修行で、カルロが初めて次のステップを告げた。魔力を体の外に出す練習。そしてその日の夜、備考欄の四文字目が白くなった。
カルロの元弟子がセインだったという衝撃の回。「あの子は変わっていないと思いたい」というカルロの言葉が刺さりました。師匠と弟子の15年間、どんな話があったのか。
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