第23話 「廃村へ」
出発は夜明け前だった。
目立たないためだ。冒険者が街を出る時間帯としては早すぎる。街道を使わず、草原を迂回するルートを取る。アルクがそう決めた。俺に異論はなかった。
北門を出ると、草原が広がっていた。まだ暗く、二つの太陽はどちらも地平線の下にある。星が多い。影がない時間帯だ。
エリナは来なかった。
アルクが
「二人の方が気配を消しやすい」
と判断した。エリナも納得していた。ただ、見送りのとき、エリナが俺に短く言った。
「絶対に、戻ってきなさい」
「必ず戻る」
「約束」
「約束する」
それだけだった。
草原を歩きながら、アルクが先頭を行った。俺がその後ろ、半歩引いた位置につく。
最初の一時間は無言だった。
お互いの呼吸のリズムを確認するような時間だった。足音を合わせる必要はない。だが、自然に歩幅が近くなっていった。
夜明けが来た。
東の空が薄く白み始め、やがて一つ目の太陽が顔を出した。草原が金色に染まる。二本の影が地面に伸びた。
アルクが口を開いた。
「廃村まであと二時間ほどだ。近づいたら声を出すな。合図は手だけで伝える」
「わかりました」
「索敵は頼む。俺が気づく前に、お前が先に感じることがある。昨日の街道で確認した」
「できる限り」
しばらくまた沈黙が続いた。
アルクが前を向いたまま言った。
「お前は、なぜ強くなりたいんだ」
唐突な質問だった。
俺は少し考えた。
「強くなりたい、という感覚とは少し違います」
「どう違う」
「わからないことが多すぎる。備考欄の意味。自分が何者か。この世界に来た理由。それを知るために、今より強くなる必要がある。強さが目的ではなく、手段です」
アルクは少し黙った。
「正直な答えだな」
「嘘をつく理由がない」
「俺に嘘をついても意味がないと思っているのか、それとも誰にでも正直なのか」
「両方です」
アルクが短く笑った。
また沈黙。草原の風が吹いた。
今度は俺が聞いた。
「アルクさんはなぜ、無冠を追っているんですか」
アルクの足が、わずかに遅くなった。気づかない程度の変化だったが、俺は気づいた。
「聞くか」
「聞いてもいいですか」
「構わない」
アルクは前を向いたまま続けた。
「一年前、俺の故郷の村が襲われた」
俺は何も言わなかった。
「小さい村だ。カルセナから馬で半日の場所にある。農業と、少しの牧畜で生きている村だ」
アルクは淡々と話した。
「俺が依頼でカルセナにいる間に、夜に何者かが村に入った。建物の半分が燃えた。住民は全員無事だったが、村の備蓄が根こそぎ奪われた」
「犯人は」
「最初は盗賊団だと思っていた。ギルドも同じ見解だった」
アルクは続けた。
「だが、調べるうちに違うとわかった。奪われたのは食料だけじゃなかった。村に一人だけいた魔法師、老婆だが、その人の魔法書が全部消えていた」
「魔法書を狙っていた」
「そうだ。食料は目眩ましだったと、後でわかった」
アルクは少し息を吐いた。
「その魔法書に何が書かれていたのかは、老婆も詳しくは教えてくれなかった。ただ、古い時代の術式が記されていたと言っていた」
「無冠が古い術式を集めている」
「可能性の話だが、そう考えている」
アルクは続けた。
「その後、似たような事件が大陸の別の場所でも起きていた。魔法に関わるものが狙われている。そういう情報が、Aランクの冒険者には入ってくる」
俺は歩きながら考えた。
魔物の使役。古い術式の収集。特別な力を持つ人間を探している。
無冠が求めているものが、少しずつ形を帯びてきた気がした。
「故郷の村は今、どうなっていますか」
「立て直した」
アルクは言った。
「俺が金を送って、建物を修繕した。住民は戻っている」
「よかった」
「よくない」
アルクは少し声が低くなった。
「犯人はまだいる。同じことがまた起きるかもしれない。それが、よくない」
俺は頷いた。
アルクが無冠を追う理由が、わかった。
強さのためでも、名声のためでもない。故郷を守るために追っている。それは、俺が備考欄の答えを求めるのと、構造が似ていると思った。
守りたいものがある。だから動く。
廃村が見えてきたのは、二時間後だった。
草原の先、低い丘の手前に、朽ちかけた建物がいくつか見えた。屋根が崩れているものもある。木が建物に絡みついて、長い間放置されていたことがわかる。
アルクが立ち止まった。手で俺に止まるよう合図した。
二人で草の中にしゃがんだ。
「ここから先は声を出すな」
アルクが小声で言った。
「気配を感じたら、手を上げろ」
俺は頷いた。
意識を前方に向けた。
目を閉じた方が感じやすい。目を閉じて、草原の音を聞きながら、人の気配を探した。
風の音。草の揺れる音。遠くで鳥の鳴き声。
それ以外に、何かある。
生き物の気配だ。一つ、二つ、三つ。村の中から感じる。動いていない。静止している。
指を三本立てた。
アルクが頷いた。指で村の方角を指して、それから自分の目を指した。見張りだ、という確認。
俺も頷いた。
さらに意識を広げた。
村の外周を確認する。北側に一つ、気配がある。動いている。巡回しているらしい。
手で北を指して、指を一本立てた。外に一人いる、という合図だ。
アルクが少し目を細めた。感心しているのか、確認しているのか。
二人で草の中を這うように移動した。村の東側に回り込む。東側からなら、建物の陰に隠れながら近づける。アルクが三日前に確認していたルートだ。
十分かけて、村の外れまで近づいた。
廃屋の壁に背中をつけた。荒れた石壁が冷たい。壁の隙間から村の内部が見える。
中に人がいた。
二人、焚き火の前に座っている。武装している。会話はしていない。
奥の建物の前に、檻があった。布で覆われている。三日前にアルクが確認したものだ。布の端がめくれていて、中が少しだけ見えた。
俺は目を細めた。
檻の中に、何かいる。
大きい。ブラックハウンドより大きい。だが、形がわからない。布の端から見えるのは、鱗のような表面だけだ。
ステータスを確認しようとした。
「???」の表示が出た。レベルも、HPも、危険度も読めない。
少し嫌な感覚がした。
ブラックハウンドはFランクで読めた。読めないということは、それより格段に上の存在だということだ。
アルクが俺の袖を引いた。
指で奥の建物を指す。それから、細身の人物のシルエットを手で表現した。例の人物を確認しろ、という意味だろう。
俺は建物の方に意識を向けた。
気配がある。建物の中に二つ。一つは大柄、一つは細身だ。
細身の気配が動いた。
建物の扉が開いた。
人物が出てきた。
細身で、背が高い。黒っぽい服を着ている。顔には布を巻いていない。初めて素顔が見える距離だ。
二十代後半くらいの、男だった。
髪が短く、表情がない。目が印象的だった。何かを計算し続けているような、冷たい目だ。
男は村の中を見回した。
その視線が、俺たちのいる方向を通過した。
俺は息を止めた。
男の視線は止まらなかった。通過して、別の方向に向いた。
気づかれていない。
男は何かを確認するように村の中を歩いた。檻の前で立ち止まり、布の端を持ち上げて中を確認した。それから、また建物の中に戻った。
アルクが俺の腕を引いた。
撤退の合図だ。
俺たちは来た道を戻り始めた。
村から十分ほど離れたところで、アルクが口を開いた。
「見たか」
「はい。細身の男、確認しました」
「あいつだ。三日前にもいた」
「檻の中の魔物、ステータスが読めませんでした」
アルクが少し足を止めた。
「読めなかったのか」
「ブラックハウンドは読めた。あれは読めない。それより格上ということだと思います」
アルクが少し考えた。
「まずい」
「何がですか」
「あの村は中継地点だと言った。本拠地はもっと大きい」
アルクは続けた。
「中継地点に、読めない魔物がいる。本拠地には何がいる」
俺はその論理を辿った。
確かに、まずい。
「ランドルに戻ったら、カルロさんに報告します」
「俺も同席する」
アルクは歩き始めた。
「それと、もう一つ気になることがある」
「何ですか」
「あの男が村の中を確認していた。まるで、何かを点検するような動きだった」
「調査役だと思っていました」
「調査役だとしたら、何を調査していた」
アルクは前を向いたまま言った。
「村の内部を、まるで自分の管轄を確認するように歩いていた。ただの調査役じゃない可能性がある」
「管理役、ということですか」
「あるいは、もっと上の立場か」
俺は細身の男の目を思い出した。
計算し続けているような、冷たい目。
ランドルのギルドを外から観察していた人物。廃村を管理している可能性のある人物。俺のことを調べていた人物。
全部が同一人物なら、その男はかなり重要な立場にいる。
草原を歩きながら、俺は胸の温もりを確認した。
まだそこにある。針の頭ほどの、小さな熱。
◆◇◇◆◆◆。
残り四文字。
カルロが「もう少し」と言った。
その「もう少し」が、どれくらいの距離なのか。
まだわからない。
だが、今日また少し、この世界の全体像が見えてきた気がした。
**次回・第24話「報告」**
> ランドルに戻ったゼロとアルクが、カルロに偵察の内容を報告する。老魔法師は全てを聞き終えてから、長い沈黙の後に言った。「その男を、私は知っている」
アルクが故郷の話をした回。強い理由がある人間は、強い。アルクというキャラクターの核心が見えた話です。廃村で見た謎の魔物、正体は後ほど。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ★評価・ブックマークをお願いします。ブックマークしておくと更新通知が届きます。
感想・コメントも全部読んでいます。毎日21時更新中です!




