第22話 「準備」
廃村偵察まで三日。
やることは決まっていた。修行を続ける。体を整える。そして、武器を手に入れる。
武器のことは、ずっと頭の片隅にあった。
今まで石と素手で戦ってきた。スライムウルフも、ギルラットも、ダークバットも、ホーンラットも、ブラックハウンドも。全部、あるものだけでやってきた。
だが、廃村には七人の武装した人間がいる。正体不明の魔物がいる。石と素手では、限界がある。
問題は金だ。
今の手持ちを確認した。護衛依頼の報酬と依頼の積み重ねで、銀貨十二枚ほどになっていた。金貨一枚には届かないが、そこそこの金額だ。
武器屋に向かった。
ランドルの武器屋は、ギルドから二本の路地を入った場所にあった。
外観は地味だ。看板に剣の絵が描かれているだけで、飾り気がない。扉を開けると、金属の匂いがした。
店内は広くはなかった。壁に剣や槍が並び、棚に小型の武器や防具が陳列されている。奥にカウンターがあり、初老の男が刃物を磨いていた。
男が俺を見た。
「新入りか。Dランクのカードだな」
「はい。短剣を探しています」
「どんな用途だ」
「接近戦です。取り回しやすいもの」
男は立ち上がり、棚から数本の短剣を取り出してカウンターに並べた。
「これが一番売れてる。銀貨三枚。丈夫で扱いやすい」
手に取った。重さを確認する。バランスを見る。握り具合を確かめる。
悪くない。だが、何かが合わない。
「他に、ありますか」
男は少し目を細めた。値踏みするような目ではなく、興味のある目だ。
「どこが、合わなかった」
「重心が先端寄りすぎます。振るより、刺す用途に特化している」
「よく気づいた」
男は奥から別の短剣を取り出した。
「これはどうだ」
手に取った。
さっきと同じ長さだが、重心が柄に近い。振ったときの取り回しが格段にいい。刃の厚みが均一で、どの角度からでも使いやすそうだ。
「これにします。いくらですか」
「銀貨五枚だ。さっきのより高いが、職人の手作りだ。長持ちする」
銀貨五枚。手持ちの半分近くになるが、惜しむ場面ではない。
支払った。
男が短剣を革のケースに入れて渡しながら言った。
「使い方は知ってるか」
「基礎は知っています。実戦経験はほとんどありません」
「正直だな」
男は少し笑った。
「一つだけ言っておく。短剣は間合いが命だ。剣より短い分、相手との距離が近くなる。怖がって距離を取ったら、かえって危ない」
「わかりました」
「ま、Dランクで素直にそれを認める奴は珍しい。たいていは知ったかぶりをする」
店を出た。
革ケースごと腰に差した。重さが腰にかかる。今まで何も差していなかったから、違和感がある。だが悪い違和感ではない。
夕方、宿に戻る前にエリナに会った。
市場の近くで、エリナが干し肉を選んでいた。行動食の補充だろう。
「武器、買ったの?」
エリナが俺の腰を見て言った。
「短剣を」
「見せて」
革ケースから抜いて見せた。エリナが刃を確認した。
「きれいな作りだね。いくらだった?」
「銀貨五枚」
「高い」
「必要な出費だ」
エリナは短剣をケースに戻して返した。それから、少し黙った。
黙り方が、いつもと違った。
何か言いたいことがある沈黙だ。俺は急かさなかった。
エリナが干し肉を袋に入れながら、視線を落としたまま言った。
「ねえ、少し話してもいい」
「もちろん」
「歩きながらで、いいから」
俺たちは市場を出て、人通りの少ない方向に歩いた。夕方の光が建物の陰を長く伸ばしている。影が二本、俺たちの前を進んだ。
しばらく歩いてから、エリナが口を開いた。
「私が盗賊団から逃げてきたって、最初に言ったよね」
「覚えている」
「詳しいことは言わなかった。言わなくていいと思っていた」
エリナが少し俺を見た。それから、また前を向いた。
「カルロさんが無冠の話をしたとき、私ね、少し怖かった」
「怖かった?」
「うん」
エリナは続けた。
「逃げる場所がないって言ったの、覚えてる?」
「覚えている」
「あれは、盗賊団のことだけじゃなかったの」
エリナは少し息を吸った。
「私が逃げてきた盗賊団、普通の盗賊団じゃなかった」
俺は黙って聞いた。
「魔物を使っていた」
エリナは言った。
「小さい魔物だけど。団員の何人かが、魔物と一緒に行動していた」
俺は少し考えた。
「無冠と関係が、あるということ?」
「わからない」
エリナは首を振った。
「ただ、カルロさんが無冠の話をしたとき、思い出したんだ。あのとき見た魔物の首輪が、ブラックハウンドの首輪と似ていたって」
俺は立ち止まった。
エリナも止まった。
「首輪が似ていた」
俺は繰り返した。
「金属製の、加工されたもの?」
「そう」
エリナは俺を見た。
「同じものかどうかはわからない。でも、似ていた」
頭の中で情報が繋がり始めた。
エリナが逃げてきた盗賊団。魔物を使役していた。首輪が無冠のものと似ていた。
これは偶然ではないかもしれない。
「その盗賊団の名前は、知っていr?」
「知らない」
エリナは言った。
「私がいたのは子供のころで、名前なんて教えてもらえなかった」
「子供のころから、盗賊団にいたんだ」
エリナが少し黙った。
「生まれたときから、いた」
それだけ言った。
俺はそれ以上聞かなかった。エリナが話せる範囲で話してくれている。それ以上を引き出す必要はない。
エリナが歩き始めた。俺もついて歩いた。
しばらくして、エリナが言った。
「なんで聞かないの」
「聞いてほしくないと思ったから」
「……聞いてもいいよ」
「じゃあ一つだけ」
俺は言った。
「今も、追われている?」
エリナは少し間を置いた。
「わからない」
エリナは正直に答えた。
「逃げてから二年経つ。追ってくる気配はなかった。でも、消えたとも言い切れない」
「わかった」
「それだけ?」
「今は十分」
エリナが俺を見た。何か言いたそうな顔をして、やめた。
代わりに、小さく笑った。
「あなたって、変わってるね」
「よく言われる」
「誰に」
「エリナに」
エリナが少し大きく笑った。今日初めての、本物の笑いだった。
宿に戻って、俺は腰の短剣を確認した。
鞘から抜いて、重さを感じた。武器屋の男が言った言葉を思い出した。間合いが命だ。
左手の石を取り出した。いや、今は石を使わない修行に変わっている。石をしまった。 代わりに、胸の温もりを探した。
すぐに見つかった。
腕に向けて流すイメージを持った。今日は三回やって、三回とも動いた。安定してきている。
ステータス画面を開いた。
ゼロ Lv.1
HP:12/12
MP:3/3
筋力:3 敏捷:4 魔力:1 耐久:2 知力:6
スキル:なし
備考欄:◆◇◇◆◆◆
レベルはまだ1だ。数値も変わらない。
だが、今日また少し変わったことがある。
エリナの過去を少し知った。盗賊団と無冠の繋がりの可能性が出てきた。短剣を手に入れた。魔力が安定して流せるようになってきた。
数値には出ない変化が、確実に積み上がっている。
三日後、廃村に向かう。
俺は短剣を鞘に戻して、目を閉じた。
**次回・第23話「廃村へ」**
>出発の朝、アルクとゼロの二人で街を出た。廃村への道中、アルクが初めて自分自身のことを話し始めた。
エリナが初めて自分の過去を話した回。「生まれたときから、いた」という一言に全部が詰まっています。短剣も手に入れました。ゼロが少しずつ装備を整えていきます。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ★評価・ブックマークをお願いします。ブックマークしておくと更新通知が届きます。
感想・コメントも全部読んでいます。毎日21時更新中です!




