第21話 「三日後」
アルクが戻ってきたのは、約束通り三日後だった。
夕方、ギルドに姿を現したアルクを見て、俺は少し安堵した。感情を表に出さなかったが、正直なところ、戻らない可能性も考えていた。単独でAランクが向かっても、相手が無冠なら何が起きるかわからない。
アルクは外見上、怪我をしていなかった。服が少し汚れている程度だ。だが、いつもの真っすぐな目が、少し違う色をしていた。
何かを見てきた目だ。
「話せますか」
俺は聞いた。
「ここではない」
アルクは周囲を見た。
「人の少ない場所で」
鍛冶屋の跡に向かった。
カルロにも声をかけた。老魔法師は二つ返事で来た。珍しく、待たせなかった。
四人で炉を囲んだ。アルクが口を開いた。
「廃村に行ってきた」
「人がいましたか」
「いた」
アルクは続けた。
「拠点として使っているのは確かだが、本拠地ではない。中継地点だ」
「どういう意味ですか」
「村の建物のうち、二棟が使われていた。食料の備蓄、武器、魔物の飼育用と思われる檻が複数あった」
アルクは淡々と話した。
「人間は七人確認した。全員が武装している。見張りが二人、常に外にいた」
「魔物は」
「ブラックハウンドが三頭。檻の中に入っていた。街道で使役していたのとは別の個体だ」
エリナが息を飲んだ。
「三頭も」
「それだけじゃない」
アルクは少し間を置いた。
「もう一つ、別の檻があった。ブラックハウンドより大きい。何が入っているかは確認できなかった。布で覆われていた」
俺はその情報を頭の中で整理した。
七人の武装した人間。ブラックハウンド三頭。正体不明の何か。中継地点ということは、本拠地は別にある。
「中継地点なら、人や物が定期的に動くはずです。本拠地への経路はわかりましたか」
「それを調べようとして、見張りに気づかれかけた」
アルクは少し苦い顔をした。
「撤退した。一度引いて、情報を整理した方がいいと判断した」
珍しい。アルクが引いた、という事実が少し意外だった。
「正しい判断だと思います」
「お前に言われると複雑だな」
アルクは少し笑った。
「Dランクに」
「事実です」
カルロが口を開いた。老魔法師は炉の方を向いたまま、静かに言った。
「中継地点があるということは、この周辺での活動が、一時的ではないということだ」
「本腰を入れている、ということですか」
アルクが聞いた。
「そうだ」
カルロは続けた。
「無冠がランドル周辺に力を入れている理由が、街道の荷物だけとは思えない」
俺はカルロを見た。
「俺のことですか」
カルロは答えなかった。
沈黙がその答えだと、俺は受け取った。
「無冠に、俺の存在が知られている、ということですか」
「知られているかどうかはわからない」
カルロはゆっくり言った。
「だが、嗅ぎつけている可能性はある」
「備考欄に書かれているものが、関係しているんですか」
「それも、今は答えられない」
エリナが俺を見た。俺はカルロから視線を外さなかった。
「一つだけ聞かせてください」
「何だ」
「俺が今ここにいることで、エリナやアルクやベルナルドさんに、危険が及ぶ可能性がありますか」
沈黙。
カルロは長い間、俺を見ていた。
それから、静かに言った。
「ある」
俺は頷いた。
エリナが口を開いた。
「それを聞いてどうするの」
「わかった上で、どう動くかを考える」
「一人で抱え込むつもり?」
「そういうわけじゃない」
俺はエリナを見た。
「ただ、事実は知っておきたい」
アルクが腕を組んだ。
「俺は自分で選んでいる。無冠を追うと決めたのは俺だ。お前のせいじゃない」
俺は何も言わなかった。
アルクは続けた。
「それと、もう一つ報告がある」
「何ですか」
「廃村を観察していたとき、一人だけ他と雰囲気の違う人間がいた」
アルクは言った。
「武装した七人の中に混じっていたが、動きが違う。戦闘要員ではない。細身で、背が高かった」
俺は少し前のめりになった。
「服装は」
「黒っぽかった」
ロックスが言っていた人物と一致する。
「その人物が、俺のことを調べていた人間だと思いますか」
「断定はできない」
アルクは続けた。
「ただ、あの村に出入りしているなら、無冠と関係があることは間違いない」
俺は頭の中で情報を整理した。
ランドルのギルドを外から観察していた人物。廃村にいた細身で背の高い人物。動きが静かで、戦闘要員ではない。
調査役だ。
無冠の中で、情報収集を担当している人間がいる。そいつが俺を調べていた。
「なぜ俺を調べているのかが、まだわからない」
「お前自身に心当たりはないか」
アルクが聞いた。
「ない」
俺は正直に答えた。
「この世界に来て一ヶ月も経っていない。俺が何かをした覚えはない」
「お前が何かをしたからでは、ないかもしれない」
カルロが静かに言った。
全員がカルロを見た。
老魔法師は、炉の灰を見つめたまま続けた。
「お前が何者であるか、ということを嗅ぎつけた可能性がある」
何者であるか。
備考欄の言葉が頭をよぎった。
◆◇◇◆◆◆。
残り四文字。
「まだ教えてもらえませんか」
俺はカルロに聞いた。
「もう少しだ」
カルロは初めて、具体的な言葉を使った。
「もう少し待ちなさい」
もう少し。
今まで「じきにわかる」「今は教えられない」という言い方をしてきたカルロが、「もう少し」と言った。
距離が縮まっている気がした。
その夜、解散する前にアルクが俺を呼び止めた。
「一つ提案がある」
「何ですか」
「廃村の件、もう一度偵察に行く。今度は一人ではなく、お前も連れていく」
俺は少し考えた。
「理由は」
「二人いれば、見張りを交互に確認できる。情報の精度が上がる」
アルクは続けた。
「それと」
「それと?」
「お前の索敵能力が使える。スキルなしであの精度で気配を感じられるなら、俺一人より広い範囲を把握できる」
俺は頷いた。
「わかりました」
「ただし、条件がある」
「何ですか」
「戦闘になったら即撤退する。情報収集だけが目的だ。お前がいると無茶をしそうで少し不安だ」
「俺が無茶をしたことが、ありましたか」
「ブラックハウンドに、単独で飛びかかっていただろ」
「あれは必要な行動でした」
「そういうところだ」
アルクはため息をついた。
「約束できるか」
「できます」
「信用する」
アルクは歩き出した。
「三日後に出発する。準備しておけ」
アルクの背中が、暗がりに消えた。
俺は夜空を見上げた。二つの星が、二重の影を地面に落としている。
一ヶ月前、俺はこの世界で目が覚めた。何も持っていなかった。名前も、記憶も、スキルも。
今は違う。
Dランクのカードがある。カルロの修行がある。エリナがいる。アルクがいる。ベルナルドとの繋がりがある。ロックスという協力者がいる。
何も持っていなかった人間が、少しずつ何かを持ち始めている。
備考欄を開いた。
◆◇◇◆◆◆
もう少し、とカルロが言った。
もう少しで、何かがわかる。
三日後、廃村に向かう。
それまでに、できることをやる。
次回・第22話「準備」
廃村偵察まで三日。ゼロは修行を続けながら、初めて自分から武器を手に入れようとする。そしてエリナが、初めて自分の過去の一端を話し始めた。
カルロが「あの子」と言った瞬間、セインへの感情が滲みました。師匠と弟子の関係がこの物語の大きな軸の一つです。無冠の全貌が少しずつ見えてきます。
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