第20話 「Dランクの朝」
三日後、ギルドに新しいカードを受け取りに行った。
受付嬢が俺を見て、少し改まった顔をした。カードを両手で差し出した。
「お待ちしていました。新しいギルドカードです」
受け取った。
木製のカードは以前と同じ大きさだ。だが、刻まれた文字が違う。
**ゼロ Dランク**
眺めた。
Fランクのカードを受け取ったのは、この世界に来て二日目だった。あのときの受付嬢の目を覚えている。値踏みするような、それでいて何も期待していない目。
今は違う目をしている。
「飛び級昇格は、このギルドでは初めてです」
受付嬢が言った。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
カードをしまって、振り返った。
ロックスがいた。
柱に背中を預けて、腕を組んで立っている。俺に気づいていたのに、声をかけなかった。待っていたのかもしれない。
俺がロックスに近づいた。
「聞きましたか」
「聞いた」
ロックスは短く言った。
「飛び級か」
「はい」
ロックスはしばらく俺を見た。何か言いたそうな顔をして、言わない。また言いたそうにして、また言わない。
それを二度繰り返してから、ロックスは小さく舌打ちした。
「……認める」
「何をですか」
「お前が本物だってことを」
ロックスは視線を逸らした。
「最初にコケにしたのは謝る。あのときは本当にそう思っていたから、仕方ないが」
俺は少し驚いた。
最初に嘲笑した人間が、こうして自分から言いに来る。それは、簡単にできることではないと思った。
「気にしていません」
「気にしてなくても言う」
ロックスはまだ、視線を逸らしたままだ。
「Cランクの俺より、お前の方が実戦で動ける。それは認める」
俺は何も言わなかった。
「一つ教えてやる」
ロックスが続けた。
「お前のことを調べていた人間の件だ」
俺は少し前のめりになった。
「わかったんですか」
「わかったわけじゃない。ただ、また見た。昨日、街の北側で。顔はわからなかったが、体格と動きが似ていた。ギルドには来ていない。外から見ていた」
「外から?」
「ギルドの向かいの建物の陰から、入り口を見ていた。俺が気づいたら、すぐに消えた」
ロックスは続けた。
「顔は見えなかったが、体格は覚えている。細身で、背が高い。動きが静かだった」
静かな動き。
昨日の街道の覆面たちを思い出した。動きが静かで、足音がほとんどなかった。
「服装は」
「黒っぽい。目立たない格好だ。旅人とも違う」
「わかりました。ありがとうございます」
「礼はいらない」
ロックスは立ち上がった。
「ただ、一つだけ言っておく」
「何ですか」
「Dランクになったからって、無茶をするな」
ロックスは俺を見た。
「ランクは上がっても、ステータスはお前の言う通り平均以下のままだろ。それを忘れるな」
俺は頷いた。
「忘れません」
ロックスは、何も言わずに歩いていった。
鍛冶屋の跡に向かった。
カルロはいつもの場所にいた。炉の前に立ち、俺を待っていた。
「カードを受け取ったか」
「はい」
俺はDランクのカードを見せた。
カルロはカードを一瞥して、頷いた。
「予想通りだ」
「予想していたんですか」
「試験官のミラは優秀だ。見るべきものを見る」
カルロは木箱に座った。
「今日から、修行の内容を変える」
俺は石を取り出した。
「石は、今日から使わない」
カルロは言った。
「なぜですか」
「役目が終わった」
カルロは俺を見た。
「石は外側に意識を向けるための補助だった。今のお前には必要ない。自分の体だけで、同じことができる」
俺は石をしまった。
「今日からは、何をするんですか」
「流す練習だ」
カルロは立ち上がり、炉の前に立った。
「魔力を体の中で動かす。胸から腕へ、腕から指先へ。水が流れるように、滑らかに動かす」
「それができると、何が変わりますか」
「魔法の前段階だ」
カルロは杖を持ち直した。
「魔力が体の中で動かせるようになれば、次は外に出す練習をする。外に出せるようになれば、形を作る練習をする。その順番だ」
「どれくらいかかりますか」
「人による」
カルロはいつも同じ答えを返す。
「ただ、お前は早い。これだけは言える」
俺は目を閉じた。
胸の温もりを探した。すぐに見つかった。
「見つけたら、腕に向けて動かしなさい。急がなくていい。川が流れるように、自然に」
俺は温もりを意識した。
腕に向けて、流すイメージを持った。
最初は何も起きなかった。温もりはそこにあるが、動かない。固定されているような感覚だ。
「力で動かそうとするな」
カルロの声がした。
「誘うように。温もりが自分で、動きたくなるように」
俺は力を抜いた。
押すのではなく、引く。腕の方から、温もりを呼ぶようなイメージ。
数十秒後。
温もりが、わずかに動いた。
胸から肩に向かって、ほんの少し流れた。すぐに止まった。だが確かに動いた。
「感じたか」
「少し動きました」
「それでいい」
カルロは続けた。
「今日はそれを繰り返す。動いたら戻す。戻したらまた動かす。それだけだ」
三十分、繰り返した。
最初は五回に一回しか動かなかった。徐々に、三回に一回、二回に一回と安定してきた。
終わったとき、頭の奥が昨日より深く疲れていた。
「よくやった」
カルロが言った。
珍しい言葉だった。カルロが「よくやった」と言ったのを、初めて聞いた気がした。
「ありがとうございます」
「明日も来なさい」
カルロは窓の外を見た。
「それと、一つ聞いていいか」
「何ですか」
「ロックスに、何か言われたか」
「調べていた人物の続報を、教えてくれました」
俺は内容を伝えた。細身で背が高い、動きが静か、黒っぽい服装。
カルロは黙って聞いていた。
話し終えると、老魔法師は少し目を細めた。
「北側から、ギルドを外から見ていた」
「はい」
「街の北側には、何がある」
俺は頭の中でランドルの地図を描いた。北側は街の外れだ。人通りが少ない。廃坑道に向かう道が、北にある。
「廃坑道の方角です」
「そうだ」
カルロは立ち上がった。
「もう一つ、北には何がある」
俺は考えた。
北側の街外れ。廃坑道。そして、街道の件で出てきた情報。使役者が逃げた方角。アルクが追った方角。
「廃村です。アルクが言っていた。ランドルとカルセナの中間、北に二十キロほどの場所に廃村がある」
カルロが頷いた。
「アルクに伝えなさい。今日中に」
「それは、無冠の拠点かもしれないということですか」
「可能性の話だ」
カルロは杖をついて歩き始めた。
「ただ、動きが集まってきている。街の外から観察する人物。北からの使役者。廃村の方角」
老魔法師は扉の前で立ち止まった。
「ゼロ」
「はい」
「Dランクになった。動ける範囲が広がった」
カルロは振り返らなかった。
「だが、まだ早まるな。備考欄が全部読めるまでは」
「わかっています」
「本当にわかっているか」
俺は少し考えた。
「わかっていない部分もあるかもしれません」
正直に答えた。
「でも動かなければ、わからないこともある」
カルロが扉を開けた。
朝の光が差し込んだ。
「それが、お前の良いところでもあり、危ういところでもある」
老魔法師は光の中に歩いていった。
その夜、アルクに伝えた。
アルクは俺の話を聞いて、少し目が鋭くなった。
「北側から観察していた人物か」
「ロックスの証言です」
「信頼できる情報か」
「ロックスは、正直な人間です」
アルクは、しばらく考えた。
「廃村の件と合わせると、動きが絞られてきた」
アルクは言った。
「俺が単独で偵察に行く」
「一人でですか」
「お前はまだ、Dランクになったばかりだ。来るな」
俺は何も言わなかった。
アルクが俺を見た。
「その顔は、来たいという顔だな」
「そういうわけでは」
「嘘をつくのが下手だな」
アルクは立ち上がった。
「三日待て。偵察から戻ったら、状況を教える。それから判断しろ」
「わかりました」
アルクが去った。
俺は宿の部屋に戻り、ステータス画面を開いた。
ゼロ Lv.1
HP:12/12
MP:3/3
筋力:3 敏捷:4 魔力:1 耐久:2 知力:6
スキル:なし
備考欄:◆◇◇◆◆◆
```
レベルはまだ1だ。
Dランクになった。魔力が体の中で少し動くようになった。無冠の影が近づいている。アルクが動き始めた。
この世界に来て、一ヶ月も経っていない。
◆◇◇◆◆◆。
残り四文字。
全部が白くなったとき、俺は何者になっているのだろう。
答えを知りたいと思った。
だから、明日も続ける。
次回・第21話「三日後」
アルクが廃村の偵察から戻った。その表情は、いつもと少し違った。
ロックスがゼロに謝る回。第2話で嘲笑したキャラクターが、ここまで変わりました。魔力修行も次のステップへ。アルクが廃村に向かいます。
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