第17話 「昇格試験」
ランドルに戻ったのは夕方だった。
門をくぐったとき、体の緊張が少し解けた。二日間、常に周囲に気を配り続けていた。街の中に入ると、その必要がなくなる。体が正直に反応した。
商会の裏口でガレスと別れた。男は荷馬車を降りながら、俺たちを見て短く言った。
「また頼む」
それだけだった。最初の「Fランクで何ができる」という言葉とは、随分と違う。俺は頷いた。
アルクがギルドに向かおうとした。
「少し付き合え」
「何かあるんですか」
「ある」
それだけ言って歩き出した。カルロは「用がある」と言って路地に消えた。相変わらず、現れるときも消えるときも唐突だ。
ギルドに入ると、夕方の混雑が始まっていた。仕事を終えた冒険者たちが戻ってきて、酒場スペースが賑やかになっている。
アルクは受付カウンターに向かった。赤髪の受付嬢が俺たちを見て、少し目を丸くした。アルクを見たからだろう。
「アルク様、ランドルにいらっしゃるとは」
「昇格試験の申請をしたい。このゼロの分だ」
受付嬢が俺を見た。
「ゼロさんの、ですか」
「FからEへの昇格試験だ。手続きを頼む」
受付嬢はしばらく何か言いたそうな顔をしたが、書類を取り出した。
エリナが俺の耳元で囁いた。
「勝手に申請してる」
「わかってる」
「怒らないの?」
「結果は同じだから」
アルクが書類に必要事項を記入して、カウンターに戻した。受付嬢が確認して、スタンプを押した。
「三日後の午前中に、こちらにお越しください。試験官が待機しています」
「わかりました」
俺は答えた。
カウンターから離れると、アルクが椅子に座った。俺とエリナも向かいに座った。
「試験の内容を、教えてもらえますか」
「FからEの昇格試験は三つのパートに分かれている」
アルクは指を折った。
「一つ目、筆記試験。この世界の魔物の基礎知識と、冒険者としての基本的な規則を問う。二つ目、実技試験。試験官が指定した依頼を制限時間内に完了する。三つ目、面接。試験官との口頭試問だ」
「筆記試験は、どの程度の難易度ですか」
「Fランクの冒険者なら、普通に活動していれば知っているレベルだ。基本的な魔物の弱点、依頼の受け方と報告の手順、緊急時の対応規則。難しくはない」
「実技試験の依頼内容は、事前にわかりますか」
「当日まで教えてもらえない。ただ、E級相当の難易度の依頼が指定される。単独か、パートナーと二人でこなす形だ」
俺はエリナを見た。
「一緒に受けられますか」
「申請すれば可能だ」
アルクは答えた。
「ただ」
「ただ?」
「エリナのランクも確認しておけ。もしかしたら、Eランク昇格は不要かもしれない」
エリナが少し首を傾けた。
「どういう意味?」
「お前の石投げの精度は、Eランクどころじゃない。Cランク相当の命中率だ」
アルクは淡々と言った。
「なぜ、Fランクのままでいる」
エリナが少し黙った。
「事情があって」
「そうか」
アルクは肩をすくめた。
「ただ、実力に見合ったランクを持っておいた方が、動きやすい場面がある。今後のことを考えれば、昇格は早い方がいい」
俺はアルクを見た。
「なぜそこまで、気にかけるんですか」
「無冠の件がある」
アルクは声を落とした。
「あいつらは、特別な力を持つ人間を探している。お前のことを調べている人物がいると聞いたな」
「ロックスから」
「無冠の人間だとまだ断定できないが、可能性はある」
アルクは続けた。
「ランクが低いままでいると、動ける範囲が制限される。無冠に対抗するには、自由に動ける立場が必要だ」
俺は少し考えた。
Fランクでいる間は、受けられる依頼が制限される。行ける場所も限られる。ランクが上がれば、情報が集まる範囲も広がる。
「わかりました」
「それと」
アルクは立ち上がった。
「俺はしばらくランドルにいる。無冠の件を調べるためだ。困ったことがあれば声をかけろ」
「なぜランドルを拠点にするんですか。カルセナが本拠ではないんですか」
「無冠の動きが、この周辺に集中している」
アルクは言った。
「それに」
男は少し間を置いた。
「お前が気になる」
それだけ言って、アルクはギルドを出た。
エリナが俺を見た。
「気になる、って言われた」
「聞こえていた」
「どう思う?」
「わからない」
俺は立ち上がった。
「ただ、敵ではないと思う」
「根拠は?」
「昨日の戦いで、俺たちを助けようとすれば助けられた。しかし、しなかった。俺たちが自分でやるのを見ていた」
「それが信用の根拠になるの?」
「介入しなかった理由が、俺たちの力を測るためだったとしても、敵意とは違う」
エリナはしばらく考えた。それから、小さく頷いた。
「まあ、いいか」
その夜、宿に戻って俺はステータス画面を開いた。
ゼロ Lv.1
HP:12/12
MP:3/3
筋力:3 敏捷:4 魔力:1 耐久:2 知力:6
スキル:なし
備考欄:◆◇◆◆◆◆
レベルはまだ1だ。数値も変わっていない。
だが、この二日間で経験値はかなり積み上がったはずだ。ブラックハウンドとの戦いが二回。Dランクの魔物だ。経験値の表示を確認しようとしたが、合算でどれくらいになっているかは画面では確認できない。
レベルアップの基準値がわからない。どれくらいで上がるのか、誰かに聞いておくべきだったかもしれない。
備考欄を見た。
◆◇◆◆◆◆。
二文字目が白くなって、何日経つだろう。修行を続けているのに、三文字目が変わらない。
胸の奥の温もりを確認した。
針の頭ほどの、小さな熱。蓋が緩んでいる状態。カルロに言わせれば、まだ開いていない。
明日も鍛冶屋の跡に行く。
三日後に試験がある。
やることは決まっている。
俺はステータス画面を閉じて、目を閉じた。
眠る前に、一つだけ考えた。
アルクが「お前が気になる」と言った。カルロが俺に同行している。ロックスが謎の人物の存在を警告した。ベルナルドが優先依頼を約束した。
この世界に来て、まだ二週間と少し。
名前も記憶も持たない人間に、なぜこれほど人が関わってくるのか。
答えは備考欄の中にある気がした。
◆◇◆◆◆◆。
残り五文字。
全部が白くなったとき、何かがわかる。
そう信じて、俺は眠った。
(第17話 了)
次回・第18話「三日間」
試験まで三日。毎朝カルロのもとで修行を続けるゼロに、ある朝突然の変化が訪れる。備考欄の三文字目が、白くなった。




