第13話 「街道の襲撃者」
覆面の人影が四つ、草原から街道に出てきた。
全員が黒い布で顔を隠している。体格はまちまちだ。大柄な者、細い者、背の低い者。共通しているのは、動きが静かなことだ。足音がほとんどない。訓練を受けている。
武器は剣が二人、棍棒が一人、弓が一人。弓を持った人物が後方に位置している。最初に弓で牽制して、残りが詰める。基本的な戦術だ。
だが、問題はそこではない。
草原の奥で、何かが動いていた。
まだ姿は見えない。だが草の揺れ方が違う。風とは逆方向に草が倒れている。大きい。相当な体積がある。
うなり声が大きくなった。
御者の二人が馬車の上で固まっていた。馬が怯えて足を踏み鳴らしている。今にも暴走しそうだ。
「馬を抑えてください」
俺は御者に言った。
「手綱を離さないで」
「わ、わかった」
覆面の一人が前に出た。リーダーらしい、大柄な男だ。低い声で言った。
「荷物を置いていけ。そうすれば命は取らない」
俺は答えなかった。
エリナが石を三つ、素早く拾った。カルロが杖を両手で持ち直した。
リーダーが俺たちを見回した。若者二人と老人。拍子抜けしたような間があった。
「護衛はそれだけか」
「そうです」
「……物好きな商会だな」
リーダーは鼻で笑った。
「邪魔するなら、怪我じゃ済まないぞ」
俺はリーダーではなく、草原の奥を見ていた。
姿が見えてきた。
草を掻き分けて、それが出てきた。
四足の魔物だ。体長は馬より一回り大きい。体表は黒く、鱗のようなものに覆われている。頭部が大きく、顎が異常に発達している。尻尾が長く、先端が鉤状になっていた。
首に、革の首輪がついていた。
首輪から鎖が伸びて、覆面の人物の一人の手に繋がっている。細身の人物だ。他の三人より後方にいる。魔物の使役者だろう。
ステータスを確認した。
ブラックハウンド Lv.12
HP:???
危険度:D
Dランク。
Fランクの俺たちとは、四段階の差がある。スライムウルフがFランクで、俺たちがかろうじて倒せた。その四段階上。
正面から戦える相手ではない。
カルロが俺の隣で静かに言った。
「ブラックハウンドだ。嗅覚と速度に特化した魔物で、鱗が硬い。正面からの攻撃はほぼ通らない」
「弱点は」
「顎の内側と、四肢の付け根だ。そこは鱗がない」
カルロは続けた。
「だが、近づける距離ではない」
「使役者を狙えば止まりますか」
「止まる可能性はある。ただし」
カルロは使役者を見た。
「あの距離まで近づくには、他の四人を抜ける必要がある」
俺は状況を整理した。
敵は五人。剣二人、棍棒一人、弓一人、使役者一人。さらにDランクの魔物。対してこちらは三人。戦力差は明らかだ。
だが、勝つ必要はない。
荷馬車を守りながら、カルセナまで逃げ切れればいい。
「御者さん」
俺は馬車の上に向かって言った。
「今すぐ馬車を走らせることはできますか」
「で、できるが、この人数が街道を塞いでいたら」
「塞いでいる人数を減らします」
リーダーが俺を見た。
「何をする気だ、小僧」
俺はエリナを見た。目が合った。言葉がなくても、わかった。
エリナが動いた。
石を投げた。狙いは弓を持った人物だ。距離があったが、エリナの石は正確だった。弓を持つ手に命中し、男が声を上げた。弓が地面に落ちる。
一瞬、全員の視線が弓の男に向いた。
その隙に、俺は走った。
リーダーに向かってではない。街道の右側、草原との境目に向かって走った。覆面たちの横を抜けるルートだ。
棍棒の男が反応して振ってきた。俺は身を低くして潜り抜けた。棍棒が頭上を通過する。
剣の一人が俺の前に立ちふさがった。剣を構えている。
俺には武器がない。
正面では勝てない。だが、止まる必要もない。
俺は剣の男の動きを見た。利き手は右。剣先が少し下がっている。構えが崩れている。慣れているが、完璧ではない。
男が踏み込んできた。
俺は右に跳んだ。剣が空を切る。男の体が前に出た瞬間、俺は男の背中を思い切り押した。男がよろめいて前のめりになる。
その隙に、俺は男の横を抜けた。
使役者の後方、草原の中に入り込んだ。
使役者が気づいた。細身の人物だ。顔を覆った布の上から、驚いた目が見えた。
使役者が鎖を引いた。ブラックハウンドが俺に向かって振り返った。
まずい。
距離が近すぎる。
ブラックハウンドが飛びかかってきた。
俺は横に転がった。巨大な体が頭上を越えていく。着地した魔物が振り返る前に、俺は立ち上がって使役者に向かって走った。
使役者が後退しようとした。だが、鎖を持ったまま逃げられない。
俺は使役者の手から鎖を奪おうとした。使役者が抵抗する。力では負けない。細い腕だ。
鎖を引っ張った。
使役者がよろめいた。鎖が手から離れた。
ブラックハウンドが混乱した。首輪の鎖が地面に落ち、制御を失った魔物が低くうなった。四つの目が、使役者でも俺でもなく、周囲を見回している。
カルロが動いた。
杖の先から光が伸びた。ブラックハウンドの足元に、光の輪が広がった。魔物の足が地面に縫い付けられたように止まった。
「それは攻撃ではないですよね」
エリナが叫んだ。
「拘束だ。攻撃ではない」
カルロは静かに答えた。
リーダーが叫んだ。
「使役者をやられた! 退け!」
覆面の四人が動揺した。ブラックハウンドが動けない。弓の男は手を押さえてうずくまっている。
俺は使役者の首根っこを掴んだ。
「動くな」
使役者が固まった。
エリナが街道に戻って叫んだ。
「今です! 走らせてください!」
御者が手綱を打った。馬が走り出した。荷馬車が加速する。
覆面たちが馬車を追おうとした。だが、カルロが障壁を展開した。街道を横切る光の壁が、覆面たちの前進を阻んだ。
馬車が駆け抜けた。
俺は使役者を引きずりながら、馬車を追って走った。カルロの障壁が数秒で消える。その間に距離を取る。
使役者が途中で暴れた。俺の手から逃れて、草原の中に消えた。
追わなかった。
今は馬車を追うことが優先だ。
百メートルほど走ると、馬車が速度を落として待っていた。エリナが馬車の横で手を振っていた。カルロが後ろからゆっくりと歩いてきた。息が乱れていない。
俺は馬車に追いついた。
膝に手をついて、荒い息を整えた。腕に擦り傷がある。転がったときのものだ。大きな怪我はない。
「乗れ」
御者が言った。さっきまでの不安そうな顔が、少し変わっていた。
馬車に飛び乗った。
街道の後方を振り返った。覆面の人影は追ってこなかった。カルロの障壁が消えた後も、動く様子がない。
しばらくして、御者が口を開いた。
「……Fランクにしては、やるな」
「ありがとうございます」
「褒めてるわけじゃない」
男は前を向いたまま言った。
「ただ、事実を言った」
エリナが俺の隣に座って、小声で言った。
「使役者、逃げられたね」
「追えなかった」
「捕まえられてたら、色々わかったかもしれないのに」
「わかってることがある」
「何?」
俺は馬車の揺れに合わせながら言った。
「ブラックハウンドはDランクだ。普通に手に入る魔物じゃない。あれを用意できる組織がいる」
エリナが少し黙った。
「カルロさんが言ってた。普通の盗賊団じゃないって」
「ああ」
俺はカルロを見た。老魔法師は馬車の揺れの中で目を閉じていた。眠っているのか、考えているのか。
魔物を使役する組織。
ランドルの街道で繰り返し荷馬車を襲う理由。
まだわからないことだらけだ。だが、一つだけはっきりしたことがある。
これは、普通の依頼ではなくなった。
次回・第14話「カルセナへ」
襲撃をかわした一行は、街道を急ぐ。夜営の焚き火の前で、カルロが初めて「無冠」という言葉を口にした。




