第12話 「出発の朝」
三日後の夜明け前、俺は目が覚めた。
いつもより早い時間だ。外はまだ暗く、二つの太陽はどちらも地平線の下にある。宿の天井を見上げながら、今日のことを頭の中で整理した。
荷馬車二台。御者二名。護衛はゼロ、エリナ、カルロの三名。目的地はカルセナ。道のり二日。問題の三叉路は、ランドルを出て半日ほどの場所にある。
情報の整理はできている。
だが、わからないことの方が多い。相手が何者か。なぜ同じ場所で繰り返し襲うのか。Cランクに勝てた理由は何か。魔物の鳴き声と人間の影が同時にあった、という証言の意味は何か。
答えは街道で確かめるしかない。
俺は起き上がり、支度をした。
商会の裏口に着いたのは、空が白み始めた頃だった。
すでに荷馬車の準備が進んでいた。二台の馬車に荷物が積まれ、御者が最終確認をしている。馬が二頭ずつ、落ち着かない様子で足を踏み鳴らしていた。
エリナはすでに来ていた。俺より早い。
「おはよう」
エリナが言った。
「早いな」
「あなたが遅い」
カルロも来ていた。いつもの服装で、杖を持ち、馬車の車輪を無言で眺めていた。何を確認しているのかわからないが、何かを見ている目だ。
御者の一人が俺たちに気づいた。四十代くらいの、がっちりした体格の男だ。商会の制服を着ている。俺たちを頭から足まで見て、露骨に顔が曇った。
「あんたらが護衛か」
「そうです」
「……Fランクだろ」
「はい」
男は口をへの字に曲げた。隣の御者、こちらは若い男だが、同じように不安そうな顔をしている。
「Cランクがやられた街道だぞ。Fランクで何ができる」
俺は答えなかった。
反論する材料が今はない。Fランクであることは事実だ。不安に思うのは当然だ。言葉で説得するより、実際に仕事をする方が早い。
エリナが俺の代わりに言った。
「やれるかどうかは、終わってから判断してください。今は時間の無駄です」
御者の男が少し目を丸くした。それから、諦めたようにため息をついた。
「……ベルナルド様が決めたことだ。文句は言わん」
そのとき、商会の裏口の扉が開いた。
ベルナルドが出てきた。まだ朝早い時間だが、きちんとした服装をしている。俺たちを見て、頷いた。
「来てくれたか。頼む」
「任せてください」
エリナが答えた。
ベルナルドはカルロに目を向けた。二人の間にまた、あの空気が流れた。互いの格を測るような、静かな緊張感。
「カルロ殿、このたびは」
「構わん」
カルロは短く言った。
「行くぞ」
出発した。
街道は思ったより整備されていた。
石を敷き詰めた道が、草原の中を真っすぐ伸びている。馬車の幅より少し広い程度で、両脇はすぐに草原になる。草の丈は腰ほど。身を潜めるには十分な高さだ。
俺は馬車の横を歩きながら、周囲を観察し続けた。
草の動き。風の方向。鳥の鳴き声の有無。地面の馬の足跡。前回の襲撃で荷馬車が通った跡がまだ残っているかもしれない。
エリナは反対側を歩いていた。俺と同じように、周囲に目を配っている。言葉を交わさなくても、役割分担ができていた。
カルロは先頭の馬車の御者台の横を歩いていた。杖をついて、ゆっくりした足取りに見えるが、馬車の速度にきちんとついている。
二時間ほど歩いたころ、御者の男が馬車の上から声をかけてきた。
「そろそろ三叉路が近い。あと三十分くらいだ」
俺は周囲の様子を確認した。
変化があった。
鳥の声が、さっきまでと違う。いや、正確には、なくなった。この街道を歩き始めてから、草原の鳥の声が断続的に聞こえていた。それが、ここ数分で完全に消えている。
何かがいる。
鳥が鳴くのをやめるのは、捕食者が近くにいるときだ。
「止まれ」
俺は小声で言った。
御者が馬を止めた。エリナが俺を見た。カルロも足を止め、周囲に目を向けた。
「どうした」
御者が聞いた。
「鳥の声が消えた」
「そんなことで」
御者が眉をひそめた。
「二時間、ずっと聞こえていた。それが突然消えた。理由がある」
沈黙。
草原の風が吹いた。草が揺れる。
そのとき、俺の耳に聞こえた。
低い、うなり声だ。生き物の声。一つではない。複数。草の中から、こちらを取り囲むように。
そして、草の間に人影が見えた。
二つ、三つ、四つ。覆面をした人間だ。手に武器を持っている。
だが、声はどこから出ているのか。人間の声ではない。
俺はステータス画面を開いて、周囲に意識を向けた。
反応が出た。
人間が四人。そして、もう一つ。
人間より大きな、別の何かが一体。草の中に潜んでいる。
??? Lv.???
HP:???
危険度:???
読めない。レベルも、HPも、危険度も、全部が「???」だった。
今まで、こういう表示を見たことがなかった。
カルロが静かに俺の隣に来た。老魔法師の目が細くなっていた。
「見えているか」
カルロが小声で言った。
「人間が四人と、もう一体。レベルが読めない」
「読めないのは当然だ」
カルロは杖を握り直した。
「あれは、この辺りに出るはずのない魔物だ」
「知っているんですか」
「見た目が確認できれば、もう少し詳しく言える」
カルロは草原を見た。
「だが、一つだけ今言える」
「何ですか」
カルロが初めて、俺ではなく草原の奥を見たまま言った。その声は、いつもより少し低かった。
「あれを使役している人間がいる。魔物と人間を組み合わせて使う手口は、普通の盗賊団ではない」
草が揺れた。
覆面の人影が動き始めた。
次回・第13話「街道の襲撃者」
魔物を使役する覆面の集団。その正体と、ゼロたちの戦いの行方は。カルロが初めて、杖を構えた。




