第七話 ベニトアイト
今日は素晴らしいな。
まだ外が真っ暗闇じゃないなんて。
「なるほど、天国……」
そんな幸せな呟きとは裏腹に、私の心身は疲れ果てていた。
理由は簡単、社畜だからである。足元がふらついている気もするが、珍しく早めに帰宅できるのだから、今日は調子が良いはずだ。そういうことにしておこう。
そしていつも通りの帰り道である、小さな交差点に差しかかった時。
――突如、目の前に鮮やかな虹の橋が架かった。
「えっ、わ……」
凄い、という言葉は声にならない。ひたすら家を目指していた足も、思わず止まる。そんな私の足元から伸びていく七色の光は、どこかで見た絵本のように幻想的で美しかった。
『危なかったな』
「!?」
虹に見惚れているところへ不穏なセリフが聞こえ、私は勢い良く首を捻る。横を向いた視界に飛び込んできたのは、紫がかった青い瞳の美しい青年だ。
いつの間に隣に……と思った瞬間、渡る予定だった交差点を猛スピードで走り抜ける車の風圧にさらされる。
「ひえ……」
血の気が引いた。
虹は知らないうちに消えていたが、もし、足を止めていなかったら。
『疲れてる時は、素直に疲れてるって言っていいと思うぜ。あんたは、あんた自身のものなんだしな』
再び声をかけてきた青年を見やると、微笑んだ彼の瞳が一瞬、七色にきらめいた。その輝きは、私のよく知っているもので。
「あ……」
思わず手を伸ばそうとするも、瞬きの間に青年は忽然と消える。彼が居たはずの虚空を眺め、私はゆっくりと手元に目を移した。
私の指には、ベニトアイトという宝石の指輪が嵌められている。それがいつものように虹色の光を放ち、私は何だか気が抜けて大きな溜息を吐いた。
「ありがとう、アキラビト。今日はケーキ買って帰るから」
それも、とびきり美味しいやつを。
そう宣言して歩き出す私の心は、うきうきと弾んでいる。
宝石を大切にしていると、その宝石は『アキラビト』となって持ち主の夢に現れるらしい。
すっかり忘れていた都市伝説は、ただの疲労による白昼夢かもしれないけれど。
そこに宿るきらめきは間違いなく本物なのだと、私はそう思った。




