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第十九話 トルマリン

 突然、スマホがブラックアウトした。

 そりゃあ動画に夢中になってはいたが、まだ充電は微かに残っていたはずなのに。


「くっそ……切れるなら切れるって言ってくれ」


 充電残量ピンチの通知を無視していたことは棚上げし、私は悪態を吐く。

 しかしそんな私の耳に天罰の如く、凄まじい雷鳴が響き渡った。


「うひゃあぁっ!!」


 みぞおちに木霊すような音とビリビリとした振動に、思わず身を竦ませる。かなり近くに雷が落ちたようだ。そういえばさっきからずっと、どしゃ降りの雨が続いてるもんな。雨音で動画の音が聞こえづらいとか文句言って、本当すみませんでした。


「うわっ、マジ!?」


 だが、今更そんな謝罪は通じない。フッと部屋の電気が消え、周囲が真っ暗になる。停電だ。まあ私がしおらしく過ごしていたとて、雷は落ちただろうけど。

 なんて考えつつ、私はベッドから下りないまま掛け布団を探る。動画を観ながら寝落ちすることはよくあったし、今日は雷雨が怖いのでもう寝てしまおう。モバイルバッテリーや懐中電灯は持っているが、物置のどこかに眠っているという痛恨のミスである。


「羊が一匹、羊が二匹……」


 止まない雷鳴に怯えながら、私は古典的な催眠術を唱えた。




『落ち着いてください、主。停電はまもなく復旧し、嵐も明け方には収まるでしょう』


 ふわふわした不思議な場所で、私は真面目な優等生といった風貌の女性に声をかけられる。鮮やかな緑色の瞳と目を合わせると、そこには美しい桜の模様が見えた気がした。


「本当? 良かったぁ……」


 その女性は知らない人だったのに何故か安心感があって、私はつい気安い返事をする。そして薄茶色のポニーテールが揺れるのを眺めながら、よく見たら凄い美女だなと魅入ってしまった。

 スクエア型の眼鏡をくいっと上げる彼女は、私の不躾な視線にも動じず言葉を続ける。


『モバイルバッテリーと懐中電灯を備えているのは、大変素晴らしいです。しかし、いざという時に使えなければ意味がありません。どちらも充電や電池が切れていますので、こまめな確認を推奨致します』

「うっそ、マジ? じゃあ結局、使えなかったってことか……」


 備えたつもりが自己満足でしかなかったのは、私でも流石にちょっと凹んだ。

 というか、この人は何でそんなことを知っているんだろう。


『落ち込む必要はありません。主は今、この悪天候の中を生存致しました。今後のことは、これから準備すればよいのです』

「そうだね……防災リュック、ちゃんと考えて用意するよ」


 私が苦笑してそう言うと、どこかで見たような緑の瞳を持つ女性は、優しく微笑んだ。


『ご安心ください。私もお手伝い致しますので』


 そんな訳で私は引き続き、不思議空間でトルマリンと名乗る彼女の防災教室を受ける。

 何とこの女性は私が所有する宝石のトルマリンが、『アキラビト』と呼ばれる人の姿をとって現れていたのだった。

 ちなみにアキラビトとは、宝石が持ち主の夢に出るという都市伝説である。




「うし、まずは充電と電池交換だ。それから……」


 トルマリンが言っていた通り、起きた時には既に電気は復旧していた。空もよく晴れていて、気持ちいい。

 そしてスマホも何故か画面が表示され、数パーセントの充電残量を示している。こちらはもしかしたら、トルマリンが少しだけ手を貸してくれたのかもしれない。


「なーんてね」


 兎にも角にも私は美しい緑のトルマリン原石を、いかようにして災害時に持ち出すかを検討するのだった。

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