第十四話 ジェダイト ※微ホラー
オカルトは信じていない。
だから、あんな所にお化けなんて居る訳ないのである。
(祠のそばに立ってるし、普通に僧侶さんでしょ)
毎日歩くこの道に祠なんてなかったはずだが、あの僧侶みたいな格好の人が持ち歩いている私物かもしれない。
今は移動式の祠とかあるんだな……などと考えて気を紛らわせつつ、私は思わず止まった足を再び進めた。
(私は一般人。何も知らない一般人。ただのモブ……)
念仏のように胸中で己の平凡さを反芻しながら、足早に僧侶らしき人の前を通りすぎる。そもそも私が『視える』タイプではないのは、これまでの人生を振り返っても明らかだ。
それなのに何故、あの僧侶をお化けだと思うのか。それは――
『△■×△△■×××▲△??』
訳の分からない言葉をかけてくる僧侶の足が、蛸のように何本もあったからである。
仮装という可能性を無視してヤバイと感じた直感は、人間に備わった本能だったのだろう。僧侶がこちらに向けた顔は、白目をむいて口が裂けていた。
「ひぎゃああぁぁあぁ!!!!」
恐ろしすぎて、逃げようとする足がもつれる。転倒は免れたが、逃げ遅れたと瞬時に察して私は青ざめた。こういう一瞬の動作が結果を大きく左右することは、世の常である。
「えっ……」
しかし、迎えた現実は静かだった。
振り返った私の周囲には不思議な緑色の膜があり、その外側でお化け僧侶がすうっと消える。祠もなくなっていつも通りの道に戻ると、緑の膜もキラキラした光の粒になって解けていった。
『大丈夫か』
今度は真っ当な日本語が聞こえて顔を向ければ、そこには無表情の青年が立っている。深い緑色の瞳をしていて寡黙だったが、何だかとても安心できる佇まいだった。
「は、はい。ありがとうございます」
私は兎にも角にもお化けが消え、普通の人が来てくれたことに安堵して返事をする。元々この道は人通りが少ないから、通りかかった彼の存在には心の底から感謝した。
『次からは面倒でも、ああいうモノは迂回したほうがいい』
「えっ。あ、さっきのお化け……」
『信じないことと、無関心であることは別だ。対象に意識を向けていれば、焦点が定まって視えてしまうこともある』
「うえぇ……」
突然の青年の言葉だったが、意味は理解できて思わず声が漏れる。
というか、この人ってまさかの。
「あの、ところで……陰陽師の方ですか?」
『俺は、お前のお守りだ』
私の問いに薄っすら微笑んで応えると、彼は忽然と姿を消した。
「お守り……」
そよそよと風が流れる中、立ち尽くす私はハッとして鞄を漁る。私が常に持ち歩いている大事なお守りを取り出せば、それは相変わらず落ち着いた深い緑色をしていた。
「私を守ってくれたの、ジェダイト」
いわゆる本翡翠と呼ばれる鉱物のジェダイトで作られた、少し大きめの勾玉。それを見つめるうち、ふと宝石にまつわる都市伝説が私の脳裏に蘇る。
宝石を大切にしていると、その宝石は『アキラビト』となって夢に出るらしい。大事にされた個体にだけ宿り、人の姿をとって持ち主の夢に現れるという、宝石の化身の伝説だ。
「今のは夢……じゃないと思うけど、都市伝説だからなあ」
話が伝わる過程で内容が歪むことは、よくある。
概ねは合っているんだし、これについては信じない訳がなかった。
「ありがとう。これからは気をつけるね」
あの青年の瞳と全く同じ色の勾玉を握りしめ、私は顔を上げる。
視界には見慣れた景色と、穏やかな空気が流れていた。




