013話 ヴィンスの勘違いと婚約騒動、そしてスパダリな聖女の騎士へ
ヴィンスとブレイドは騎士達と共に騎士団本部に戻ると、王太子殿下のルパートが騎士の基礎訓練をしていた。ルパートは金髪碧眼のイケメンで、肩まで髪を伸ばしているので鬱陶しそうに掻き上げていた。王家の者も男子は騎士としての基礎訓練を受けて有事に備えなければならない。
ヴィンスとブレイドは訓練場で簡単に同行者に訓示をして解散すると、着替えする間もなくルパートに呼ばれた。3人は幼馴染であり、ヴィンスが転生者であると知っている友人達であり、昔から気軽に接している間柄だ。
「ルパート。これから着替えて登城して、陛下に魔王の祭壇への遠征の報告をする予定だったんだが……」
「早かったな! まあ無事に戻って何よりだ、ヴィンス。遠征は問題なかったんだろ?」
「死ぬかと思った」
「えっ?!」
魔の森の奥からギガントロールと魔物群の群衆が現れて対処していた時に、ヴィンスが殿を務めて瀕死になって死にそうになった事。転移門でアリエル公女殿下一行が現れて聖女の力で助けられた事。魔王の祭壇に聖水が撒かれたので対処した事。迷っていたトレニア第2王女殿下一行を見つけて王都に一緒に帰って来た事を、順に説明した。最後に泡姫が自分と同じ転生者だと伝える。
「やはりアリエルは転生者か。公爵から聖女と報告を受けて、父上が先走って王命を使って私と婚約させようとしている」
「はぁ?!」
それを聞いたヴィンスは「婚約させようとしている」と最後まで聞かずに頭が真っ白になり、ルパートの身体を掴むと肩に抱え上げた。
「い、痛いぃぃっ! その持ち上げ方は絶対に手の形の痣になるやつじゃないか! ヴィンスと言えども不敬だぞ!」
「こうしては居られない。アリエルさんを確保しなければ……」
「プッ! 面白くなって来た!」
横で聞いていたブレイドは噴き出した。ヴィンスはルパートを抱えたままに走り出したので、ブレイドもその後に着いて行く事にする。ルパートの護衛騎士達は、いつもの悪ふざけが始まったとしか思えないようで、仕方がない様子で後を追う事にしたようだ。
「ゆ、ゆれるぅぅっ! うえっぷ!」
「待っていてくれ! アリエルさん!!」
今日は王太子殿下を担いだ騎士団長が王都で目撃された。
トレニアの住まう別館の建物の整理がまだ片付かないので、泡姫は庭園の東屋で一緒にお茶をしていた。ノワールがおやつばかりを食べているので太らないか心配する。
「ノワール。ずっとおやつを食べているけれど太らないの? 平気?」
「我は聖獣なので太らないニャ! そこらの猫と一緒にするじゃニャいニャ!」
泡姫は片手を頬にやって困ってしまう。ノワールをデバッグ・モードで『鑑定』してみると、「聖女と会って少し肥えた様だ」と備考欄に記されていた。
「ふふっ! テオ神かしら?」
「アリエルどうしたの?」
「聖女の鑑定でノワールを見たら、「聖女と会って少し肥えた様だ」ってテオ神が付け加えていたのよ!」
「あらあら!」
「ニャにぃ!!」
ノワールは空に向けてファイティング・ポーズを取った。可哀想なので猫の運動グッズがないかデバッグ・モードの『アイテム生成』で検索して見ると、フリスビーがあったので出して見た。セバスチャンが興味深そうに尋ねて来た。
「それは何ですかな? アリエル様」
「フリスビーと言う私の居た世界の遊び道具よ」
セバスチャンに向かい側に行って貰って、フリスビーを軽く投げるとキャッチしてくれた。ノワールは目を見開いて動きを追っていたので食いつきは良さそうだ。セバスチャンは手元で色々とフリスビーを弄っていると要領を得たようで、慣れたのか指を立ててその上でフリスビーを回転させて安定させたり、自身が回転してフリスビーが地面に落ちる前にキャッチしたりと技を披露し出した。
ノワールは目が離せなくなって、セバスチャンが遠くに放り投げたフリスビーを一目散に駆けて行って追いかける。途中で巨大化した猫の姿になって4足歩行にチェンジしてスピードを上げて口でキャッチすると戻って来た。
「か、身体が勝手に動くニャ!」
「猫の本能ですかな……ホレッ!」
「我は猫じゃ……ニャニャッ!」
飛翔物を獲物として認識しているようで、セバスチャンの投げるフリスビーはノワールの良い運動になりそうだ。泡姫もやって見たくなったが、淑女として節度が求められるので我慢する。隣のトレニアも我慢しているのか表情が物欲しそうになっていた。セバスチャンから代わって、リリーとカルミアも投げているので羨ましい。
しばらくフリスビーで遊んでいると遠くから喧騒が聞こえて来た。音の出所を探ると門からのようで、喧騒が更に大きくなったので、次第にこちらへ向かって来ているのが分かった。
「あ~り~え~る~さーーーん!!」
現れたのは門番を引きずってここまで駆けつけたヴィンスだった。ヴィンスは泡姫の隣に抱えていた者を下ろして座らせる。後ろからブレイドと他の騎士も現れた。
「うえっぷ! 初めて馬に乗った時よりも酷いぞ……」
「「ルパート様?!」」
泡姫とトレニアは驚いた。ルパートが椅子に踏ん反り返って吐きそうになっているので、泡姫は鑑定して症状が軽いと調べてから、低位の回復魔法をルパートにかけた。
「酔い覚ましでしたら……病魔退散!」
「悪いがアリエル嬢、ヴィンスに身体を強く掴まれて痣になったようなので、そちらの回復も頼む」
「承知致しました。回復!」
泡姫の回復魔法が発動してルパートが光に包まれる。ルパートは椅子に踏ん反り返っていたのを止めると、泡姫にお礼をしてからヴィンスを睨んだ。
「アリエル嬢、本当に聖女になったのだな。回復魔法を感謝する。それからヴィンス!」
「アリエルさんとの話が先だ! アリエルさん。こいつと婚約させられるって聞いたんだが……」
「その件でしたら父母と話してお断りさせて頂く所存でございます。ルパート様には何の落ち度もございません。私の都合でございます」
泡姫の言葉で冷静さを取り戻したのか、ヴィンスは落ち着いた。徐に泡姫の前に詰め寄って、片膝を跪いた。
「アリエルさん、それを俺の都合にもしてくれないだろうか?」
「そ、それは……」
泡姫は目を見開いて驚いて周囲を見回した。皆が頷きながら微笑んでくれているので自分の勘違いじゃないと悟る。ヴィンスが手の平を差し出して来たので、泡姫はそっと手を重ねた。
「アリエル、結婚してくれ!」
「謹んでお受け致します!」
泡姫の返事を聞くとヴィンスは重ねられた手の甲に、そっと優しくキスをした。泡姫は浮足立った気持ちが最高潮に跳ね上がり、自分が宙に浮いているのではないかと錯覚したら本当に宙を舞っていた。ヴィンスは泡姫をお姫様抱っこして庭をダンスするようにクルクルと回り始めたのだ。
「こんな嬉しい気持ちは久しぶりだ!」
「ふふっ、私もよっ! 私、中身はおばさんなのだけれど良いの?」
「構わないさ。それに俺だっておっさんだったんだからな!」
しばらく庭で回って楽しんでから東屋に戻ると、泡姫は降ろされた。東屋には泣いているアーネストを慰めているアマリリスが来ていた。騒動を知って駆け付けたようで、アマリリスが手を振ってくれたので泡姫は手を振り返した。
話を後回しにされたルパートは不機嫌だったかと言うと、トレニアを見つめながら呆けていた。ヴィンスがルパートを促す。
「それでルパート。話は何だ?」
「私は機嫌が良い。ヴィンスの奇妙な行動はいつもの事なので不問にしよう。アリエル嬢が俺との婚約を断る件についても、公爵夫妻にも話を聞けたので父上には私から話して、なかった事にしようと思う。それでだ……」
「何だ?」
「こちらの女性を紹介してくれないのか?」
「あら? ルパート様は幼い時分にお会いになった事がありますよ。私の同い年従妹のトレニアです。サウスインダス王国の第2王女になります」
「ルパート様に忘れられて残念に思います。只今、アリエルから紹介に上がりましたトレニアです」
「!!」
トレニアは椅子から立ち上がって貴族の会釈をすると、ルパートは電撃を受けたような表情で固まった。それを見たヴィンスとブレイドは顔を見合わせた。
「これは惚れた腫れたの王子様か?」
「お前だって似たようなもんだったけどな!」
トレニアは状況が良く分かっていないようで、愛嬌のある可愛らしい小顔で首を傾げた。
泡姫はゲームのシナリオを思い出す。本来はアリエル公女殿下とルパートとの望まぬ婚約が先にあって、貴族院の在学中にプリムラが聖女になったのでルパートは婚約を破棄しようとするのだ。しかし婚約が成立する前にトレニアと再会して惚れたようで、もしトレニアとルパートが結ばれたらプリムラのプリンセス・ストーリーを完全に潰した事になるのだ。
そして婚約の手続きに泡姫達は駆け回った。まずはヴィンスの実家の侯爵家との話し合いだが、ヴィンスは妾の子らしく既に母親も亡くなっていて相続権も放棄していて成人している事もあり、放逐状態の息子に無関心だった。しかしそこは筋を通すのが大貴族であり、公爵家に婿入りするので多額の結納金を侯爵家に支払うと態度が一変した。
「う~ん、初めて父に息子と呼ばれた気がする……」
「普通はお金の切れ目は縁の切れ目となって絶望ですが、お金によって円満に切れる縁もあるのですじゃ」
ヴィンスの煮え切らない複雑な気持ちを察してセバスチャンが慰めてくれる。侯爵家に多額の結納金で結婚する手続きを確約し、ヴィンスが婿入りする事によって生じる公爵家に対する請求権を放棄させる書類にサインさせる事に成功した。
さらに国王陛下に婚約の承認を頂くために2人は登城して謁見した。王城の謁見の間でヴィンスは婚約を奏上する。
「この度は私ヴィンスとアリエル公女殿下が、陛下に婚約の承認を賜りたくお願いしに奏上致しました」
王家に聖女を迎えられなかったが、結果としてヴィンスとの婚約によって聖女を国に縛り付けられたので国王陛下はご機嫌であった。
「聖女アリエルを我が国に根付かせられた、本日は誠に良き日である。其方には聖女の騎士の称号を与え、聖女を守護する役目とする。これからも其方は我が国の貴族として恥じぬように精進せよ。余が2人の婚約を承認しよう!」
「「有難き幸せでございます!」」
謁見の間では国王陛下と側近のみで謁見が行われていた。これは泡姫が未成年なので、聖女である事は成人してヴィンスと結婚するまで公表するのを保留するためであった。聖女の騎士の称号は昔からの役職であり、聖女の護衛騎士としてヴィンスが任命された事を意味する。騎士団長職よりも優先されるので、騎士団の実務は後任に任せる事になった。
騎士団本部から貴族街に出たルパート御一行を目撃する貴族達。
貴族1「あの先頭を走っているのは騎士団長ですわね」
貴族2「担がれているのはルパート王太子殿下に見えますわね」
貴族3「騎士団の新しい訓練かしら?」
次回の話は翌日の19時になります。
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