010話 迷子の従妹トレニア第2王女殿下
魔王の祭壇に着くと静寂な雰囲気が漂っていた。そこは野球が4試合くらい同時に出来そうなくらい広い屋根のない石造りの舞台のような佇まいで、魔法帝国時代に築かれた建物だ。当時は魔王の出現ポイントが様々だったので、魔の森の瘴気を集めて祭壇に出現させる仕組みを作ったと泡姫は設定している。
違和感に気づいたのは泡姫だった。
「瘴気が薄いのよね……」
「確かに奇妙ですな」
ここを誰よりも知るセバスチャンが同意した。
「呼吸が楽なのがそうなのか?」
「いつもの重苦しい感じがしないな」
ヴィンスとブレイドも来た事があり、変化を感じ取ったようだ。ノワールがセバスチャンの魔法鞄の上に立ち上がって何かを見つける。
「ニャニャ! あっちに人がいるニャ!」
警戒しながら近づくと見知った顔を見つけて泡姫は駆け寄った。
「トレニア!!」
「アリエル?」
トレニアは隣国サウスインダス王国の第2王女で、アリエル公女殿下の母方の同い年従妹になる。トレニアはアリエル公女殿下の母親のアマリリスに似た、亜麻色髪をした大らかな性格の女性だ。幼い時に何度か会っただけだかお互いに顔を覚えていたようだ。
トレニアの周囲にはグッタリした使用人に騎士達が突っ伏していて、尋常な事態ではなさそうなので様子を聞いてみた。
「トレニア。一体どうしたのよ?」
「私がノースグラナリー王国の貴族院に留学するとお手紙を出したでしょう?」
「ええ。それは読んだわ」
トレニアのサウスインダス王国は技術を売りにしている若い王国なので、貴族は歴史の古いノースグラナリー王国に留学するのが習わしになる。アリエルの母アマリリスも留学時代に父アーネストを見初めて結婚した経緯があった。
「向かう途中で迷って、ここに辿り着いたのだけれど、使用人と護衛の騎士達が怪我や病気で身動き取れなくなっていたの」
「まあっ! ここは魔の森で魔王の祭壇なのだけれど?」
「あらあら、道理で辿り着けない訳ね」
おっとり受け身のトレニアは呑気に首を傾げた。幼い頃から変わっていないトレニアに泡姫は呆れるが、先に到着していたので瘴気が薄い理由に心当たりがないか聞いてみた。
「トレニア。ここの瘴気が薄いのだけれど、着いた時からそうだったかしら?」
「それは使用人と騎士達がこんな感じでしょう?」
トレニアの使用人と騎士達は地面に這いつくばっている。その有様をトレニアは手を広げて指し示した。
「こんな様子なので魔物に襲われる恐れがあったの。だから私がこの石の舞台…魔王の祭壇ですか? ここに聖水を撒きましたの」
「「「「「「「うわぁっ!!」」」」」」」
泡姫達はトレニアの行いに悲鳴を上げた。聖水は瘴気を薄めて魔物を寄り付かせなくする効果がある。魔王の祭壇は魔王の出現ポイントであると同時に魔王に連なる強い瘴気を集めて、魔の森の奥の強い魔物共を外に出さない重しの役割もあるのだ。ギガントロールがノースグラナリー王国側の監視砦付近に出現した経緯がこれで説明が出来た。
泡姫は溜息を吐いて回復する事にする。
「こんな状態では困るでしょう? 私が回復するわね。癒しの導き手よ。其は光の調律者なり。我と同胞を癒しの庵で囲い給え。聖域展開!」
泡姫を中心にして黄色の光の魔法陣が地面に浮かび上がり、トレニアの使用人と騎士達を囲んで光の柱が立ち上がった。
「「「「「「「「「「……おおっ!……」」」」」」」」」」
トレニアの使用人と騎士達は歓喜の声を上げた。ホーリー・サンクチュアリの最初の大回復で意識を取り戻したようだ。
「あ、アリエル。その凄い回復魔法は……」
「アリエルは聖女になったニャ!」
「聖獣様!!」
セバスチャンが背負っている魔法鞄の上で、胡坐をかきながら腕を組んでドヤ顔をしたノワールが告げる。それを見たトレニアは驚いたようだ。
初対面のヴィンスとブレイドに簡単にトレニアの自己紹介をする。瘴気の薄くなった魔王の祭壇をどうにかしないとならないので、回復後に魔王の祭壇の上から退いて少し離れた駐屯地遺跡に移動した。ここは魔王の出現を監視に来た者が休めるように作られた石造りの建物で、白い石が瘴気を遮断する結界の役割をしているのだ。ここで何泊かしてから報告に戻ると言う任務を騎士団は続けている。
駐屯地遺跡の建物内にある会議が出来そうな部屋で、セバスチャンが背負っている魔法鞄の上から降りたノワールに泡姫は尋ねた。
「ノワール。聖水の効果を中和したいのだけれど、良い方法がないかしら?」
「我の情報は高いニャ!」
「……聖獣に貢物を要求される聖女は新しいわね。液体おやつ1袋でどうかしら?」
「ニャニャ! 火魔法で乾かせば良いニャ!」
生憎と魔法士団が同行して居ないので困ってしまう。ブレイドが軽く意見を言った。
「前にアリエルさんが使った黒い火でどうだ?」
「魔王の祭壇に暗黒魔法……」
泡姫は設定を思い出して見る。魔法帝国が作った魔王の祭壇は魔王と上で戦う舞台でもあるので、非破壊オブジェクト指定がしてあるはずで、暗黒魔法のダーク・フレイムでも壊れないはずだ。暗黒魔法がどのような影響を及ぼすか不明なのが心配である。しかし他に良い方法を思いつかなかったので、トレニアに聖水を撒いた場所に案内させてダーク・フレイムで聖水の効果を中和する事になった。
「闇よ! 我に仇なす者を闇の業火で焼き尽くせ。暗黒業火!!……闇よ! 我に仇なす者を闇の業火で焼き尽くせ。暗黒業火!!……一体、何ヵ所に聖水を撒いたのよ!」
「三十ヵ所くらいかしら?」
「いやぁ!」
昔から放って置くと飛んでもない事を始めるので目が離せないトレニアであったが、成長して磨きがかかったようだ。ダーク・フレイムで聖水を蒸発させると瘴気が濃くなるようで、地道に作業をして潰して行った。
最後の聖水散布場所を焼き払うと、魔王の祭壇から得も言われぬ悪寒を泡姫は感じた。祭壇の端から奥の方を見ると黒い靄がかかっているように見え始めた。
「いつもの魔王の祭壇ですな……少し瘴気が濃い気が致しますが」
「こんなに黒く靄がかかっていたかな?」
「こんなもんじゃなかったか?」
前の状態を知るセバスチャンとヴィンスとブレイドの意見が分かれるが、取りあえずこれで魔の森の奥から強い魔物が外に出て来る心配はなくなったので、駐屯地で1泊してから帰る事になった。トレニア御一行も一緒に着いて来ることになったので、久しぶりに屋根のある部屋で2人して寝る事になった。
「もしかしてヴィンスさんってアリエルの良い人?」
「!!」
トレニアはおっとりしているが感は鋭いので昔から油断がならなかった。泡姫が黙って寝たふりをしているとトレニアは呟いた。
「私にもアリエルみたいな良い人が見つかると良いなぁ……」
翌日、泡姫達は魔王の祭壇から帰る事になった。ヴィンスとブレイドの騎士団も王都に帰る様で、トレニア御一行も引き連れて行くので大所帯になった。トレニア御一行の馬車を拾わないとならないので、一度はサウスインダス王国側の魔の森を抜けて、サウスインダス王国側の監視砦に行った。そして転移門を使ってノースグラナリー王国側の監視砦に戻る流れになる。
泡姫達の馬車と合流し、王都の近くにある古代遺跡を指定して転移門を開けるとトレニアにお願いされた。
「あ、アリエル。ノースグラナリー王国からサウスインダス王国に帰る時に転移門で送ってくれないかしら?」
「良いけれど私の都合で帰る時期を決めるわよ」
「それは問題ないわ。だって半月かかる旅路に比べたら天地の差があるじゃない!」
ヴィンスとブレイドも転移門での移動は初めてなので、渦を巻いた七色の光の膜を見上げていた。
「う~ん、これを使えれば遠征が楽なんだが……」
「公女殿下を毎回、遠征に誘えないだろ」
「そうなんだよなぁ……」
「……」
泡姫としてはヴィンスと一緒に居られるなら毎回同行しても良かったが、世間体もあるので黙っていた。
王都に入るとヴィンスとブレイドの騎士団とは別れる事になる。ヴィンスとは別れを惜しんだ。
「アリエルさん。俺の命と騎士団を助けてもらった礼をしに尋ねても良いだろうか?」
「ふふっ! その件はお気になさらなくても良くてよ。礼など必要ないですし、いつでも来てください!」
「…………コホン!」
「「あっ!」」
2人はいつまでも手を握り合って見つめていたので、セバスチャンの咳払いで我に返った。
泡姫 「街道を東に大きくそれて北上するだけよね? どうやったら迷子になるのよ?」
トレニア「幼い時にアリエルの所に行こうとして、東国に着いてしまいましたことよ」
泡姫 「そ、そんな事もあったわね……」
次回の話は翌日の19時になります。
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