ケイス外伝 私のおかしな婚約者 1
おとこのこはバカだからきらいだ。
せがたかいとか、かわいくないとか、すぐそんなことをいう。
なのにおとうさまもおかあさまも、わたしをおとこのこにあわせようとする。
いやなのに。
ちょっとでもちいさくみえるようにうつむくと、かおをあげなさいっていわれる。
せすじをのばしなさいって、でも、そうしたら、むこうはバカにしてくるのに。
「はじめまして、ぼくはケイス・ゼンデン。よろしく」
「…はじめまして。わたしは……し、シル……えっと…」
「…きみはずいぶん、せがたかいな。おとこみたいだ」
「ケイス!ご令嬢になんて事を言うんだ!」
「いたっ!」
はじめてあうおんなのこに、そんなことをいったらダメだよ。じじつでもね。
そんなこともわからないのかな。
……でも、なまえもハキハキいえないわたしのほうが、ダメだ。
「うわぁあん!」
「うちの息子が失礼した。シルフィア嬢、レノーイ伯爵。」
「いえ、お気になさらず。平気だな?シルフィア。」
「…は、」
「なんでおこるのですか!ひっく、ぼ、ぼくは、かっこよくていいじゃないかって、いおうとしだのにぃ!」
わたしは、「はい」っていおうとしてたのに。
びっくりしてこえがとまって、ケイスはおちちうえのあしをポカポカたたきはじめた。わかったわかった、なんて、いわれて。
わたされたちいさなぬいぐるみをかかえたら、ケイスはあっさりなきやんだ。
「それで、きみのなまえはシルフィアっていうのか?」
「う、うん。そうだよ。」
「なんで、さっきはっきりいわなかったんだ?」
「……あんまり、にあわないから。わたしが、シルフィアっていうのは。」
「にあわない?なにをいってるんだきみは。それより、このこかわいいだろう。ぼくのおきにいりなんだ。」
「…う、うん。」
じぶんできいたくせに、はなしをきいてない。
やっぱりおとこのこってバカ。
「シルフィア、きちんとお話はできたの?」
「はい、おかあさま。あのこちょっとかわってたけど、でも」
「話し方。何ですか、あの子とは。ケイス様と呼ばなくては駄目でしょう?お淑やかに、慎ましく。」
「……ごめんなさい。」
「来週も会える事になりましたから、次はきちんとね。」
「…はい。」
きちんとはなせてない。
おかあさまのいうとおり、わたしってダメだ。
「ケイスさま、どこへいかれるのですか?」
「しゃべりかたをどうした。にわだけど。きみがくるまで、そこでてつだってたんだ。」
「わたしもいっていいですか?」
「きょうみないだろう?いいけど。」
「……きょうみ、ないなんて。そんなこと」
「きみもやるか?とりごやのフンそうじ。」
さすがにけんがくした。ちょっととおくから。
……ふつう、しようにんがやる。ふつう、おんなのこをさそわない。やっぱりバカなのかもしれない。
「ご令嬢を放って何をしてるんだ、お前は!使用人の仕事を取るな!」
「いたっ!」
「申し訳ない、シルフィア嬢。退屈だっただろう」
「いえ…」
「うわぁあん!ぼく、だって、すぐキレイにしてやるって、ミミとチョボとキャミーとパパロとモルモルとやくそくしだのにぃ!」
とりたちとのやくそく、だって。
けっきょくわたしたちは、キレイになったとりごやをみながら、もってきてもらったイスとテーブルでこうちゃをのんだ。
とりをみてるケイスは、すごくニコニコしていて。
「かわいいだろ?ぼく、ちいさくてかわいいの、だいすきなんだ。」
「…うん。かわいい…ですね。」
「シルフィアはなにがすきなんだ?」
「……わたしは…がいこくのえほんがね。あの、えがきれいで、おはなしがおもしろくて」
「あ!パパロがチョボといっしょにひるねを…!うわあー、かわいい……!うへへっ」
あいかわらず、きいてない。
ムッとしたけど、でもケイスは、おはながとんでるみたいにニコニコしてて。
ちょっとだけ、それがかわいいと、おもってしまって。
すきってほどでは、ないけど。
「ケイスさま、今日はなにをされているのですか?」
「ずかんを見てる。しゃべりかたはずっとそれなのか?シルフィア。」
「…はい。おかあさまの言いつけですから」
「べつにかまわないぞ、父上のしゃくいがどうでも。」
ケイスはやっぱり、かわった子だった。
大体の人はみんな、わたしがていねいなはなし方になったのをほめたのに。
「……ありがとう。でも、しゅくじょらしくしないと。これもべんきょうだから。」
「ぼくと二人のときは休んだらどうだ?しゅくじょとあそぶつもりはないけど、シルフィアとならあそんでもいい。」
「…バカだな、ケイスは。」
「なんでだよ」
作法はちゃんとしてるのに、そういうところはぜんぜん、きぞくらしくなくて。
わたしにとってかれは、だいじなともだちになった。
「シルフィア……見ろ、うちのウサギ達のフンだ。」
「…うん。」
「かわいいな……思わず集めたくなりそうなかわいさだ……」
バカというより「ヘン」だ。
友達やめてやろうかな。
お互いちょっとだけ成長したころ、ケイスは剣を習い始めた。
私はそれを見ながら、外国の本を読むのが好きだった。気付いたら本よりずっと長くケイスを見ている時もあって。
「おい、すごく楽しいぞ!シルフィアもやるか?」
「いやだよ、剣なんてお母様に怒られる。このまま君を見てていい?」
「別にいいけど。ぼくを見て何が楽しいんだ?」
「楽しいよ、いがいと。」
きみはヘンなやつだからね。
ケイスには才能があったみたいで、素人の私から見ても上達が早かった。
鼻高々にウサギ達にじまんしてる。
やれだれに勝った、かれにも勝った、あいつにもだと。調子のってるな、こいつ。
「ニムコル…ヨッペ…かわいい…かわちいねぇ……でへへへへ…」
「ケイス。私いがいの前でその顔はダメだよ。」
「今この時というのは、君の前じゃない。かわゆきもの達の前だ。」
「そうじゃなくて。騎士にとっつかまるはんざいしゃみたいな顔だって言ってるんだ。」
「なんでだよ」
何でとかじゃない。
君のその顔を受け入れる女子なんて、そんなにいないだろ。
……ここにはいるけど。
「ん?今日は見ない顔がいるな…よし、試合をいどんでくる!」
「無理強いしないようにね、ケイス。」
「まかせろシルフィア、僕が勝つ!」
そうじゃなくて。
……聞いてないな、まったく。
「そこの君!僕はつよいぞ、相手をしてみないか?」
「やらない。あっちいけ。」
「えっ、やらない!?……というか、あっちいけとは何だよ。君も剣をもっているのだから、試合を――」
ぽかん。
「うわぁあん!」
しゅんさつだった。
私達は後から、その相手が第一王子でんかだった事をきくんだけど。
「僕は、僕は一緒にあそびたかっただけなのにぃ!」
試合って、君にはあそびの一つだったのか。
久しぶりに泣くケイスを見て、やっぱりちょっとバカだな、と思った。
でもなんだか、かわいいやつだな、とも思って。
「……かわいいな、ケイスは。」
「うぅ、ぐすっ、なんでだよぉ!」
なでるんじゃないとプリプリしてるケイスを見られるのも、私のとっけん、というやつだ。
他の子じゃ、君の友達はつとまらないからね。
…なんて、《ゆうえつかん》にひたっていられたのも、少しの間で。
「ケイス様、わたくしと向こうでお話しませんか?」
「いいえ、ぜひ私と踊ってください…!」
ほら。
ヘンなとこ見せなきゃ、君はただのカッコイイ男なんだから。
君のことは私が一番わかってる。
「もちろん、僕でよろしければ。」
「うれしい!」
……なに、その顔。
初めて見た。私にはそんな顔しないじゃないか。
その子が君より背が低い、「小さくてかわいい」人だから?
紳士のふりなんてして、なんだ。
私は君より背が高いから?
かわいらしい話し方じゃないから?
なんで私は小さくなくて、かわいくないんだ。
お母様が「似合ってる」と髪につけたリボンがどんなに似合ってないか、私が一番わかってる。
どんなに可愛らしいワンピースやフリルだらけのドレスを着させられても、「あの人の趣味に付き合わされてる」という感覚が抜けない。
きっとこんなの、私には似合ってない。
ちぐはぐで、ヘンな格好なんだ。
「こんばんは、シルフィア嬢。君をおさそいしても?」
「…ケイス様。私にかまっていてよろしいのですか?今夜はずいぶんとお忙しそうでしたが。」
ああ、かわいくない、かわいくない。
口が勝手にしゃべってしまう。
「ご令嬢達のところへ戻って差し上げては?放っておくなんて、お可哀想ですよ。」
ちがうんだ、ケイス。
ちがうんだよ。
私は君にかまってほしかったし、女の子に囲まれてる君なんて、他の子と踊って笑ってる君なんて、見たくなかったんだ。
お願いだから行かないで。
戻らないで。ここに…
「いいから助けてくれ、親友。香りがまざりすぎて、彼女達ひどくニオうんだ。僕の鼻がしぬ」
「……その言い草はないだろ、親友。がんばってめかしこんだ女性に対して。」
「……庭に行きませんか?シルフィア嬢。」
「私でよければ喜んで、ケイス様。」
まったく、君はしょうがないやつなんだから。
親友の私が助けてやるとしよう。
君の事を一番わかってるのは、私だからね。
辞書がなくても本をすらすら読めるようになった頃、とんでもない報せが飛び込んできて。
私は大慌てで彼の家に向かった。
「ケイス、固有魔法が発現したんだって?おめでとう、すごいじゃないか!」
「ありがとう、シルフィア。扱いが結構難しいんだけどな。」
「そうなんだ……そしたら余計に、見せてくれとも言えないか。固有魔法は、秘密にするものだし…」
「え?何を言ってる、君ならいいよ。ああでも、念の為に離れててくれ。」
「…う、うん。」
君ならいいよ?
私ならいいのか。そうか…いや、別になにもないけど。
君ならいいよ、だって。………今日はちょっと、暑いな。
固有魔法を見せてもらう機会なんてあんまりないし、どきどきする。
目を細めたケイスは、剣の試合の時みたいにかっこいい。
「――【解けてしまえば」
「坊っちゃん!シュミーが産気づきました!」
「今すぐに行く!!シルフィア、出産だ!」
「えっ」
ケイスに引っ張られて行った先で、私達は猫の出産を遠巻きに見守った。
どれくらい時間が経ったろう、近い距離にあせっていたのはきっと、私だけで。
感涙するケイスにハンカチを差し出しながら、これからもずっと、彼が「一緒に」と手を引いてくれる相手でいたいと思った。
君に置いていかれるのは嫌だ。
君が私だけを見ていてくれなくても。
「【解けてしまえば僕の手指】」
後に見た彼の魔法。
剣が変形して相手を追い詰める様を、恐ろしいと思わなかったわけじゃない。
分厚い木材だって断ち切ってしまう鋭さを、凄いと思わなかったわけじゃない。
けれど私は……「高みに行ってしまった」、そんな感覚の方が強かったんだ。
遠く感じた。寂しさがあった。突き放されたみたいで。
置いていかれたと思った。
「もう一度、マティアス殿下に挑んでみようと思ってる。この魔法なら勝てるはずだ」
「勝てるって…君は殿下を負かしてやりたいの?そうは見えないけど。」
「……確かに、何か違うな。なんだろうな……わからないから、見てみたいんだ。僕の魔法を、あの方ならどうするのか。」
結果として。
魔法を使ってなお、ケイスは負けた。




