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【完結】ハムスター王女、隣国王太子のペットになる  作者: 鉤咲蓮
後日談など

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ハムスター化の謎 4.潜入!デルクス伯の執務室




 ヒルベルトのもとを訪れた若き令嬢、二人きり(+一匹)の長官室。

 早速、「これは私が見聞きして大丈夫なのかしら」と不安になるヴァルトルーデである。


「呼び出された理由は、何もわからないか?」


 ペンか指先か。恐らく笑っているのだろうヒルベルトが、何かでもう一度机を叩いた。

 令嬢に圧をかける仕草を敢えてやっているのだと察し、ヴァルトルーデは令嬢を見上げる。しかし位置的に令嬢の斜め後ろであり、ハムスターの視点が低すぎる事もあって、まったく顔が見えなかった。


「それはもちろん…兄に関する事、かと。」

「そうだな、もちろんそうだ。……で?俺に何か、言う事があるんじゃないかと思ったが。」

「……な、にかと、仰いますと……」

「あはは」

 ぞわりとして、ヴァルトルーデは思わず身震いした。

 ヒルベルトは今、「全て知られているというのに、自白せず俺に言わせるのか」と相手を笑ったのだ。

 執務机に肘をつき手を組んだ彼の顔が、見える。肩につく長さの金髪に銀灰色の瞳。美麗な顔に薄く笑みを浮かべて。


「彼は君の兄だが、俺の部下でもある。式では随分と勝手をしてくれたようだな。」


 令嬢の肩が明らかに跳ねた。

 怯えか戸惑いか、その声は震えている。


「……っ何の、お話か」

「俺の命令で行かせてるんだ、()()暇があるかどうかなどわかるさ。この国でタブーとされる事をよくも、本人の同意なしにやれたものだ。」

 令嬢が一歩、後方へよろめいた。ヒルベルトに気圧されたのだろう。

 聞こえるはずもない小さな呼吸音を気にして、ヴァルトルーデは自身の口元にそっと手をあてる。


 ――この方の兄君はデルクス伯の部下。つまり情報統括局の第一部に勤める騎士という事ね。「式」とは何の式典かしら…マティアス様に聞けばわかる?アーレンツにおけるタブーとは一体…


 ヒルベルトがくすりと笑い、重かった部屋の空気が僅かに軽くなる。

 それまで呼吸を忘れていたかのように、令嬢の肩が小さく上下した。


「父君によろしく言っておいてくれないか?『次にお会いする時が楽しみだ』と」

「はい。……デルクス閣下。兄は」

「もちろん、ユリユリに責を負わせる事はない。彼は言わば被害者だ」

 言葉を遮ったのはわざとだ。

 令嬢は兄に関する事で何か、本人の同意なしに、国でタブーとされる事をした。それには令嬢の父もかかわっていた。そういう事だろう。


 ――「ユリユリ」というのは多分、長官がつけた渾名ね…


 そこまで考えて、ヴァルトルーデは瞬いた。

 聞き覚えがあったのだ、その渾名に。マティアスに連れられ、初めてヒルベルトに会った時の事である。


『指輪の件、ユリユリに早めに頼んどいて正解だったな。』


 直後、マティアスがつけた指輪。

 何の変哲もない物に見えたが、それにかかわっていたのがこの娘の兄らしい。あの時、指輪をつけたマティアスの手を掴んでヒルベルトは言った。「何も変わらないな」と。

 あれに何の意味があったのか、ヴァルトルーデはまだ知らない。


 申し訳ございませんと、あの時はああするしかなかったのですと、令嬢は深く頭を下げている。金色の髪がさらりと流れ、未だに彼女の顔は見えなかった。

 ヒルベルトがくつくつと笑う。


「相手を騙すしかなかったと?ふふ…自分達が何をしたのか、君はきちんと理解しているのか?厳密に言えばこれは――立派な詐欺罪だ。」

「どうか内密に……お、お義姉(ねえ)様には、真実は自ら話したいのです。どうかご容赦を。償うためにも…兄の居場所を――」

「ははははは!面白い要求だ。任務の情報を長官自ら漏洩しろと?」

 豪快に笑ったヒルベルトの前で、令嬢は押し黙っている。無理な願いだとはわかっていたのだろう。

 ぎしりと音がして、どうやらヒルベルトが立ち上がった。ヴァルトルーデはますます身を縮めてテーブルの脚に隠れながら、それでもこっそりと盗み見る。


 ――「ユリユリ」は任務に出ていて、その不在中に何かが起きた。………な、何が起きたのかしら。とても気になる。


 ヒルベルトは令嬢の前に立ち、直接は触れずにペンの持ち手で彼女の顎をくいと上げた。美麗に微笑む彼が、歌劇の悪役顔のように見えてきたヴァルトルーデである。


「協力してやる必要がどこに?何の利があるんだ。俺は君達家族がユリユリから軽蔑されようが、どうなろうが構わない。騎士団が祝い金を出しているのにどういう事だ――なんて騒ぎ立てないだけ、優しいと思わないか?」


 ペンが僅かに離れ、とん、と彼女の顎の下を叩く。

 その言葉と仕草はどれほど重い脅しだろうか。ヒルベルトの整った顔立ちが厳正な裁判官のようで、余計に恐ろしい。家族も友も連れていない少女一人、即座に崩れ落ちないだけ上等だろう。

 令嬢の唇がはくりと動く。


「なにを……何をお望み、でしょうか…」

「何を差し出せる?考えておくといい。本人が君達を許したとて、俺が同じであるとは限らない――ああそうだ。家から出さずとも、()()()()何かしてくれてもいい。式でやってみせたようにな」

「――ッ!!」

 明らかな動揺を見せ、令嬢はよろめき後ずさった。

 ようやくヴァルトルーデにも顔が見える。水色の瞳を持つ、愛らしい顔立ちをした娘のようだ――しかし今は目を見開き、随分と血の気が引いていた。


「どっ、どうして……なぜ、私だと」

「なぜだろうな?まぁ、俺が父君でなく君を呼び出したのは、そこが理由だ。どうせ『本人に聞かねば』となるからな」

「………閣下は、どこまでご存じなのですか。」

 掠れた声で問いかける令嬢に、ヒルベルトは美しく微笑んだ。

 答える気などない者の顔だった。


「今日はお会いできてよかった。ではまた(もう)いずれ近い内に(出て行くといい)。」

「……失礼、します。」

 震える手を握り締め、改めて深く頭を下げた令嬢は踵を返して部屋を出る。

 扉が閉まった。


 ――私……中々、すごいところを見てしまったのかも。


 ヴァルトルーデの心臓がどくどく鳴っている。

 令嬢を見送ったヒルベルトはどうしてか席に戻らず、執務机に寄り掛かった。ぺらりと何か資料をめくっている。


 視線が手元に落ちているなら、ヴァルトルーデがそっと扉の下へ滑り込んでも見えないだろうか?ここから無事に逃げられるだろうか。マティアスが来るまであとどれくらいなのか。

 緊張する心を抑えるように胸元を小さな手で押さえつけ、ヴァルトルーデはこくりと唾を飲んだ。


 ――…ん?ちょっと待って……私は今、ひどく()()しているの?それは――それは、()()()のでは。


 そう思った時には、ヴァルトルーデの視界はぐんと動いていた。

 ごつん、と後頭部に痛みがはしる。


「いたっ!」

「大丈夫か、ルトルト。」

 やってしまったようだ。

 さして驚いた様子もないヒルベルトの声かけに、「いつからバレていたのかしら」と考えた。

 扉の下をくぐった段階から見えていたのか、それとも途中で気付いたのか。少なくともヴァルトルーデは、この部屋に入って以降ヒルベルトと目が合った覚えはない。


 ――ここでまたハムスターになっても今更だわ、誤魔化せない。じっとしていても仕方がないし…。


 諦めてローテーブルの下から這い出せば、歩み寄って来たヒルベルトが恭しく手を差し出した。

 ありがたく支えにさせてもらい、立ち上がる。


「ご機嫌よう。やんちゃなお姫様」

「…ご機嫌よう、デルクス伯爵。お気付きだったなら、先程の会話は私が聞いていい内容だったのかしら。」

「ああ、まったく構わないね。俺がマティに言ってない事なんて腐るほどあるが、知られて困る事は何もない。」

 ヴァルトルーデをソファへエスコートし、ヒルベルトはまるで、最初からそうしようと決めていたかのように自然な動きで、戸棚からグラスを二つ取り出した。

 瓶からトクトク注がれたのはどうやら、ただのジュースのようだ。林檎の甘い香りがする。

 先に口を付けて一口、二口と飲み下し、ヒルベルトは軽く脚を組む。


「しかし、貴女はなぜそこで魔法を解いたんだ?俺としては、マティの可愛い()()が出てきたら、それはそれで丁重におもてなしするつもりだったんだが。」


 ――私が変身を解かないまま「ルル」として現れたら、ヴァルトルーデだとは知らない()()をしてくれたと。そう言うのね。


 どう言い訳したものか、ヴァルトルーデは一瞬考えた。

 這いずって出てくるくらいなら、ハムスター姿のままルルとして現れるか、せめてテーブル下から出た上で変身を解くべきだ。

 ヒルベルトが正体を察しているだろう事は、マティアスもヴァルトルーデもわかっていた。変身が解けた上に「ルトルト」と呼ばれたからには、「ただのルルです」と出ていっても茶番である。


 そもそも頭をぶつけて「いたっ」なんて言ってしまった以上、ミスである事はわかっているはずだ。ここで見栄を張ったところで、嘘に付き合ってはくれるかもしれないが、騙されてくれる相手ではない。

 小さく息を吐き、ヴァルトルーデは白状した。


「…マティアス様が信頼している貴方だから言うけれど、単に失敗したの。」

「今更か?偽物がいる間、貴女は自分の意思であの姿を維持していたんだろう?」

「気が抜けたのかもしれないわ。以前はたまにしか使っていなかったのを、酷使していたせいか……ここ最近は緊張すると、場合によっては失敗してしまうの。」

「それは鍛えておいた方がいいな。その魔法はいざという時にこそ役立つ」

 既にヴァルトルーデがやったように、命を狙われた時の逃走時などだ。

 まさに緊迫した場面であり、予想外のタイミングで変身が解ける事などあってはならない。ヴァルトルーデが眉尻を下げつつも真剣な面持ちで頷くと、ヒルベルトはふと、苦笑した。


「――が、俺にそこまで話して良かったのか?」

「私さえ良ければ貴方に話すのは問題ないと、マティアス様が。それに私自身、貴方の事は信じた方が良いと思っているの。」

「なぜ?」

「……マティアス様を見る目が、ただの友人ではないから。」

 幼馴染だの親友だのという話ではない。

 自分を真っすぐに見つめるヴァルトルーデの青い瞳を、ヒルベルトは緩く笑みを浮かべて見つめ返していた。微笑ましいものを見守るように。


「初めてこの部屋に来た日、マティアス様は言っていたわ。これから会うのは自分の身内だと……私を傷付ける事はないと。」

「いかにも、俺はあいつの身内だ。貴女を害するつもりも全くない、不利益でしかないからな。」

「であれば私はむしろ、貴方の知識や伝手を頼るべきでしょう?」

「ふはは。素直でいいな、ルトルト。」

 からりと笑ったヒルベルトに手振りで勧められ、ヴァルトルーデはそういえばとグラスに手を伸ばした。

 ほどよい酸味のあるジュースをこくり、飲み下す。


「俺達の関係を聞いてこないのか。予想は?」

「…乳兄弟か、従兄弟……片親違い。いずれにしろ、公表していない事を無理には聞きません。」

「そうか。ま、その内マティが教えてくれるだろう……で、魔法が失敗するんだったな。第三部のレノーイに面談を希望してたのもそのせいか?」

「よくご存じで。」

 どこまで知られていようと驚くまい。

 ヴァルトルーデがゆっくり首肯すると、ヒルベルトはグラスを傾けてから「なるほどな」と呟いた。




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