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【完結】ハムスター王女、隣国王太子のペットになる  作者: 鉤咲蓮
後日談など

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ハムスター化の謎 3.慣れていくために




 シルフィアとの面談を終えたヴァルトルーデは、マティアスの執務室で報告をしていた。

 食堂まで行く暇がないらしい彼のため、応接用のテーブルセットで共に食事をとりながら。


 話し終えたところで水のグラスを傾け、こくりと喉へ流す。

 そうして少しだけムッと唇を尖らせて向かいの席を見やった。


「何か仰る事はないのですか、マティアス様。……声も出さずに笑っていないで。」

「………っ、失礼。君が愛らしいもので。」

「……絆されませんよ。」

「勿論まったくの本心だ、ルル。」

 蝿の姿で死んだ泥棒の話を語る時の、少し怯えた様子とか。

 結局は慣れなのだそうですと、ちょっとばかり肩を落とした姿とか。

 そうした素直な心を見せてくれる喜びと愛おしさが相まって、つい笑ってしまったのだ。


 気恥ずかしいのか拗ねてしまったのか、可愛い婚約者は小さな唇をきゅっと閉じている。

 仕切り直すように片手を広げ、マティアスは「確かに」と話し始めた。


「考えてみれば。俺達に魔法の失敗や不調を報告する者は、中々いないか……盲点だったな。」

「ええ。諸外国も含めた固有魔法の所有者全体で考えれば、そんなに珍しくない事なのかもしれませんね。」

「シルフィア嬢の言う通りなら、魔法を使い慣れるうちにやがておさまると思っていいのだろう……あるいは、俺に慣れる方の訓練にしておくか?」

「…魔法の方を頑張ります。」

「ふふ、つれないな。俺の婚約者殿は」

 白い頬を朱に染めるヴァルトルーデを、マティアスは機嫌良さそうに眺めている。

 その視線で彼に愛でられているような気になって、ヴァルトルーデは「こほん」と咳払いした。


「恐らくないと思って聞きますが、マティアス様はこういった不調を起こした事がないのですよね。」

「ああ。自分の魔法をある程度把握してからは、発動時間を徐々に長くする手法を取っていた。まかり間違って魔力切れで倒れては問題だからな。」

「本来は私も、それくらい丁重にやっていくべきだったのでしょうけれど……」

 外交上の心理戦で有益なマティアスとは違う。

 ヴァルトルーデは元々、ハムスターの姿で人前に出るつもりなど全くなかったし、変身魔法を駆使して何か遂行しよう、という発想もなかった。


「護衛もなしに一人になった理由を問われ、『固有魔法の鍛錬だった』と言った事こそございますが……実際には鍛錬と呼べるような事では。私にとってあの姿で過ごす事は、ひとときの息抜きでしかなかったので……。」

「協力者がいない限りは、あの姿で何かしようというのは無謀な話だ。それで良かったのだと思う」

「そうでしょうか。ハムスターの姿でできる事について、もっと真面目に取り組んでいたら…」

「俺に会うより先に、とんでもない危険に巻き込まれていそうだ。だから、そうでなくて良かった。」

 マティアスの眉間に寄った皺を見て、ヴァルトルーデは彼が本当にそう思っているらしい事を察した。

 結構なお転婆と思われているのかもしれないが、アーレンツに来てからの出来事を思えば否定もできない。


「…えぇと、つきましては。魔法の使用頻度を上げたり、継続時間の長さに慣れていくために。できるだけあの姿を維持したり、あるいは姿を幾度も切り替える事で、魔力を使っていく方針にしたいと思うのです。」


 ――すなわち、そう。


「雇われハムスターです、マティアス様。」

 大真面目な顔をしたヴァルトルーデの瞳がきゅぴんと煌めいた。

 マティアスの脳裏に、《お任せください》と言わんばかりにキリッとしてみせるハムスターのルルが浮かぶ。


「元々何か、試験や訓練を考えておられましたよね?」

「まぁな。君だとは思わなかったもので」

 そして人間だとも思っていなかった。

 ちらりと疑うくらいの警戒心はあったが、あまりのドジっぷりに疑う事をやめたのだ。

 ルルの中身が人間だった以上、当初想定していた試験や訓練はほとんどが不要である。


「今後お役に立つためにも、魔法に慣れるためにも。そういった事から始めてみようかと思いますが……いかがでしょうか?」

「君がしたいなら構わない。ちょうど、ハムスター用の服も出来上がってきたところだ。」

「もうですか!?」

 マティアスが立ち上がり、執務机に重なった書類の奥から小箱を取ってきた。

 ぱかりと開いた中には小さなケープが数枚入っている。レースデザイン、白地に金刺繍、フード付きの黒布に、つやつやのシルク。


「まぁ!かわいい…!こんなに作ってくださったのですね。」

「職人がかなり乗り気だったらしくてな。これだけ小さくとも、全てに王家の紋章が刺繍されている。」

「すごいですね……確かに、人から見たらハムスターの私って、これくらい小さいんですね……。」

「デザートを終えたら、早速着てみるか?」

「はい!最初はどれにしようか、迷いますけれど。」

 汚してしまわないよう丁寧に蓋を閉じ、ヴァルトルーデは色よく盛られた一口サイズのフルーツにフォークを刺す。

 魔物が多いアーレンツ王国では、魔物由来の食べ物や、その生態に影響を受けて進化した植物なども多い。時折知らないものが出て目を丸くする事もあれど、繰り返すうちに少しずつ慣れてきたところだ。


「フード付きの黒いケープなんて、何だか《任務み》がありますね。わくわくします」

「忍ぶようではあるな。ただ君自身が白銀の毛並みだから、目立たずにいられるかは怪しいが…」

「もっとくるまれる、ローブのような物があると良いでしょうか?……いえ、ハムスターの姿では、引きずってホコリをつけてしまいそうですね。」

 だからこそ短くケープにしたのだろう。

 四足歩行でちょうど良い長さのローブを作るというのは難しいかもしれない。


「まずは白地のものを着てみようかしら……けれど訓練しようにも、マティアス様は今日お忙しいですよね。自習できるような課題などもし頂けたら、やってみますけれど。」

「予定としては、この食事を終えたら情報統括局に行く。」

「デルクス長官のところでしょうか?」

「部署としてはそうだが、今日の面談は別の人間でな……」

 言いながら、ふと、マティアスは何か思いついたようにゆらりと瞬いた。

 目が合ったヴァルトルーデがじっと見つめ返してみると、彼は薄い唇を開いて言う。


「ヒルベルトの部屋に潜入してみるか?」

「初めての潜入先が王国騎士団情報統括局の長官の部屋というのは、重くありませんか……!?」

「最初だからだ。あいつはルルを知ってるから見られても危険がないし、俺が同じ建物にいる事もわかってる。気付かれても気付かれなくても問題ないし、もし部屋の狭い所にはまってしまっても、騒げば見つけてくれるだろう。」

 ルルがちょろちょろしていたとして、それに気付いたヒルベルトが「ただのネズミ」と処分する事はない。

 マティアスのペットだと知っているし、マティアスの固有魔法だって知っている。


 ――それにもしかすると、ルルが私である事も……察しては、いるかもしれない。


 ヒルベルトに害される事は確かに、ないのだろう。

 けれど、ちょっぴり脅かしてからかうくらいはしてきそうなのが困りものである。ヴァルトルーデは少し眉尻を下げてマティアスを見やった。


「……帰りが遅かったら、迎えに来てくださいますか?」

「無論、俺の用事が終わったら様子を見に行く。理想は、それまでに廊下へ出るなりして君自身で脱出している事だが。」

「ちなみに、ハムスターが入れる出入口はあるのでしょうか。」

「さてな。不安ならやめておくか?」

 一案として出してみただけであって、なにも、今日いきなり始める必要はないのだ。

 逃げ道を差し出したマティアスに、ヴァルトルーデは緩く首を振った。


「いいえ、せっかくなので挑戦してみたいと思います。長官がどのように過ごしていたか、少しでもご報告ができるように頑張ってみますね。」

「ああ。無理はするなよ」

「もちろんです。カルラに狙われた時だって、逃げ切ってみせた私ですから。」

 どうぞお任せをと胸を張り、フルーツ盛りの最後の一つを口元へ運ぶ。

 緊張と高揚感でどきどきしながらハムスターに変身したヴァルトルーデは、高級感溢れる白地に金刺繍のポンチョを着た――というより、潜り込むようにして纏った。


 マティアスに時間を報せに来たケイスがその場で崩れ落ち、床で痙攣し始めたが、断じてヴァルトルーデのせいではない。

 一度頬擦りさせてほしいと言い出したケイスを無視し、ルルはマティアスの胸ポケットに自らダイブした。ヴァルトルーデとしてはケイスの働きぶりに感謝もしているが、ルルとしてはあまり会いたくない相手である。


「では、ルル。散歩してくるといい」

《はい、マティアス様。行ってきますね。》

 目当ての建物に着いてすぐ。

 息の合った様子でそんなやり取りをした二人だったが、ケイスは目をひん剥いて「はい!?」と叫んだ。


「うるさいぞ。」

「いやいやいや!どっ、何でいきなり散歩をさせるんですか?あんなにかわち…愛らしいお姿では、出会った者全員が誘拐を企んで…」

 ごたごたと何か聞こえてきたものの、ヴァルトルーデは振り返らない事に決めて廊下を走った。

 人に見られた時は逃げず、敢えてケープに刺繍された紋章を見せつける。


「ははぁ……そういえば王太子殿下が何か連れてたって、長官に聞いたなぁ。」

《あら。長官はそれとなく私の事を周知してくれていたのね》

「リートベルク卿の後輩ってところかな?よろしく、おちびさん。」

《ふふっ、確かに後輩ね。よろしくお願いします、名も知らぬお方。》

 ネズミだと叫んで逃げ出す人はおらず、やはり服を着ている事ですぐに「飼われている」と察する事ができる、その効果は大きいようだ。

 つるつるちょこちょこと石の床を走り、ヴァルトルーデは長官室の扉を見上げた。


《えぇと、どうやって……、あら?》

 よく見れば、扉の下に一センチほどの隙間がある。

 換気を目的としたアンダーカットだが、今のヴァルトルーデにとっては歓迎を示すアーチかのようだった。貰ったばかりの服が汚れないか少し気になりながらも、隙間にきゅむっと体を滑り込ませる。


 ――狭いけど、なんとかなりそう。


 少しばかりじたじたして、無事に部屋の中へ入る事ができた。

 どうやら部屋には令嬢が一人訪れていて、ヒルベルトは執務机の席に座っているらしい。


 コン。


 机を何かで叩いた音に、令嬢の肩がびくりと揺れる。

 美しい金色の髪、ドレスのデザインや体格からしてまだ年若そうだ。応接用のテーブルセットの影に隠れ、ヴァルトルーデは二人の様子を窺った。




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