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Last Song Blues ブルースは愛の歌 ~旅立ち~

 それから一週間は、あっという間だった。俺は店長に頼み込んでバイトを休ませてもらったし、可憐も空手道場もバイトも休んだようだった。

 店長には、メルのホームステイが夏休みで終わるため、最後は一緒に遊んでやりたいからとだけ告げた。さすがに迷惑をかけてしまうだろうし、いい顔はされないだろうと思っていた。

 だが、それを聞いた店長は何も言わず『最後にいっぱい思い出作ってこいよ』とだけ言って、快く休みをくれたのだった。それどころか、餞別だと言っていくらかのお金まで包んでくれて……。

 一方の可憐はといえば、元々バイトは週一回程度のうえ、元来が真面目な性格で信用もあったから、何の問題もなかったようだ。だが道場内では、『あの可憐が男と一週間のお泊り旅行をするらしい!』と、とんでもない騒ぎになったらしい。

 噂によると、泣き崩れる男が一定数いたとかいないとか。つーか、いったいどういう伝え方をしたんだよ……。

 それから、プール、テーマパーク、ゲームセンター、水族館、映画館……。金の続くかぎり、様々な場所へと遊びに行った。どこも子供向けの場所だと思っていたが、思っていた以上に楽しかった。それが、メルや可憐と一緒だったからなのかはわからないが……。

 映画といっても、当然メルを連れて見られるものといえば限られている。幸いなことに、『劇場版プリキュン』なるものが上映していたため、それ一択となったわけなのだが……。そもそも、この歳になってそんなものを見て楽しいのかと思ったが、間違いなく俺の偏見だったようだ。

 それは、笑いあり、涙あり。そして、シリアスな展開でハラハラさせながらも、努力や友情で困難を乗り越えるという感動の物語であった。

 見る前までは正直馬鹿にしていた俺だったが、ファンの中に大きなお友達がたくさんいるというのも少しばかり納得した。可憐なんて、最後は号泣してたしな。

 ちなみに、最前列にプリキュンステッキを振り回しながら、他の幼児に混じってプリキュンを応援するローズと、それを暖かく見守る総左衛門を見つけたのはメルには内緒だ。

 だが、もっとも衝撃的だったのはプールでの可憐だろう。なかなか更衣室から出てこないし、ようやくメルに手を引かれて出てきたのはいいが、薄手のパーカーを羽織ったままだ。

 泳がないのかと聞いてもゴニョゴニョと何かを言うだけだし、パーカーを脱ごうともしない。そんな時、いつまでも更衣室の出口から動けないことに業を煮やしたのか、メルがパーカーのジッパーを引っ張る。すると、案外簡単にパーカーの前がはだける。

 

「きゃあっ!」

「うおっ!?」


 可憐の悲鳴と、俺の叫び声が重なったのも仕方ないだろう。はだけたパーカーの下から覗いたのは、可憐が今まで着ているのを見たこともないような、きわどいビキニだったからだ。

 

「ちっ、違うの!こんな派手なの着たのは初めてなんだよ。ただ、今日は陽太も一緒だし、その……、せっかくだから昨日買ってきて……」


 その言葉に、こいつが今日、どんな思いでこの水着を着てきたのかがわかってしまった。それと同時に、可憐の告白が蘇る。あの、返事も出来ずなあなあになっている告白が……。

 

「ア、アタシ、ゴツゴツした体してるし、や、やっぱ似合わないよ……ね?」

「い、いや、そんなことないと思うぞ。そ、その……、ゴツゴツってより健康的で引き締まってるし、スタイルいいんだから、自信持っていいんじゃねーか?」


 可憐の胸はそれなりの大きさではあるが、世の中で巨乳と言われる部類ではないだろう。だが、鍛え上げた体の凹凸は、芸術的な美しさを作り上げている。上向きに跳ね上がり、ムチムチした尻だってセクシーだ。俺がそういう目で見ていなかっただけで、良く見れば十分俺の好みの体型だ。

 俯きながらジッパーを上げようとした可憐だったが、俺の言葉に真っ赤になって顔を上げる。

 

「そっ、それホント?でも陽太、もっとセクシーな人のが好きだって……」

「う、嘘じゃねーよ。つーか、最近水着のお前なんて見たことねーし、そんなにスタイルいいなんて知らなかっただけで……」

「陽太……」

「ねー、まだプールにはいっちゃダメなの?」


 真っ赤になって見つめ合っていた俺達だったが、良いところでメルの言葉で我に返る。いや、正直このままではどうしたらいいのかわからなかったし、助かったのも事実だ。

 

「おう、そうだな。んじゃ、パーッと遊ぶか!」

「うん、行こ、メルちゃん!」


 けれど、この出来事が俺にとって、可憐に対する気持ちを気付かせる大きな出来事だったのかもしれない。だからきっと、俺にとってメルはやっぱり天使なのかもしれなかった。

 だが、そんな楽しい時間もあっという間に……、いや、楽しいからこそ一瞬で過ぎ去って行ったのだった……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「おし、忘れもんはねぇか?」

「うん」

「こっちで買った服とか、漫画も全部持ったか?」

「……うん」


 一週間後、つまりはメルとのお別れの日、俺達はアパートへと集合し、最後の夜を過ごしていた。


「ま、なんか忘れもんがあったとしても、空間を繋げてちょちょっと……、ってわけにはいかないんだろうな……」

「…………。うん、一回しゅぎょうが終わったら、ママみたいにいちにんまえになるまで、とくべつなことでもないとこっちにはこれないから……」

「そっか……。ははっ、これで当分こっちのお菓子やジャンクフードは食えねえってことか。けど心配すんな、ちゃんと山ほどお菓子を詰め込んでおいてやったからな。俺と可憐、ついでに店長からの差し入れだ。けどな、いっぺんに食うとリリンさんに怒られるから、一日一つずつだぞ」

「うん……、うん……。ありがとう……。おねえ……ちゃんも……、あり……がとう……」

「ばっ、馬鹿!何泣いてんだよ。せっかく家に帰ってパパやママと暮らせるのに、なっ、泣く奴が……ある……かよ」

「陽太だって、泣……泣いてるじゃ……ないの」

「うっ、うるせーな!可憐だって……、くっ……」


 せっかくの別れの時だ。せめて最後は笑って送ってやろうと、可憐と二人で決めていたというのに、俺の目からは涙が止まらない。可憐だって、人のことは言えないだろう。部屋に入ってくる時点で涙目だったのだから。

 

「ほ、ほれ、リリンさんが迎えに来るのに、泣いてたらカッコ悪いだろ!」

 

 俺は無理矢理笑顔を作ると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったメルの顔を乱暴に拭く。だが、そうこうしているうちにも、無情にも時間は過ぎて行く。

 

 そして、その時は訪れた。不意に空間に大きな波が現れたと思うと、そこからは金髪の美しい女性が現れる。

 

「うふふ、頑張りおしたなぁ、メル」

「ママ!うん……、うん……」

「ふふ、陽太はんも、そちらのお嬢はんもおおきにぁ。メルのためにいろいろとしてくれはって、感謝の言葉しかしかありまへんえ」

「うそ……、すっごい美人……」


 先ほどまで泣いていた可憐は、リリンさんのあまりの美しさに泣くことも忘れ、呆然としている。

 

「俺なんか何もしてませんよ。ただ右往左往してただけです。可憐とか周りの助けがなければ何も出来なかったし、メルとだって一緒に遊んでただけです」

「それでええんどす。この子にとって初めて会った人間や一緒に過ごした人達が、陽太はんやお嬢はんのように優しい人だった。それが大事なんどす。それに、この経験をしたことで、この子が大きくなった時にはきっと、人間社会との平和な共存を願う子になってくれるでしょう。ウチの旦那と同じく、魔界の頂点に立つ悪魔がそれを願ってくれる。それこそが、夫とウチが望んだことどすから」

「……。やっぱり、メルのお父さんは魔王的な存在なんですね。じゃあ、メルは将来、魔界の……」


 なんとなくだが、出会った時に感じたことは間違っていなかったようだ。こんな時に不謹慎だが、リリンさんに手を出さなかったことを心底ホッとする。

 

「ふふ、さて、どないですやろなぁ。それはこの先、この子が自分で決めることどす。ウチにも少しばかり心残りはありますが、この状況ではさすがにお嬢はんにも悪おすしな」

「ハハ……。まあ、可憐のことはともかくとして、さすがに俺も魔王に殺されたくはありませんしね」

「な、なに?何の話。アタシがどうかしたの?ていうか陽太、メルちゃんのママと知り合いなの?」

「い、いや、前に一度会ったことがあるだけだし、たいした話じゃねえよ」

「でも……」


 さすがに、リリンさんに手で一発抜いてもらいましたなどと言ったら、正拳どころでは済まないだろう。だが、なおも訝しがる可憐を見て機転を利かせてくれたのか、リリンさんが口を開く。

 

「さあメル、もうよろしおすな?」

「…………。うん……」

「メルちゃん!」


 波打つ空間に向かうメルに手を伸ばしかける可憐だったが、それ以上はしてはならないことを悟ったのだろう。その手はメルに触れる前に空中で静止する。

 そして、メルが空間へと消えようとしていたその時だった。

 

「おい、メル!」


 俺は無意識のうちに声を掛けていた。その言葉を受け、驚いたようにメルは振り返る。


「今はサヨナラかもしれねーけど、大きくなってこっちに来れるようになったら、また遊びにこいよ。だって、お前はこっちの世界じゃ俺の娘なんだからよ。それに可憐も、きっと店長や姉貴達だって、またお前に会えるのを楽しみにしてるから。それに……」


 俺は横にいる可憐をチラリと見る。

 

「お前がこっちに戻ってきた時に、もしも俺に子供がいたらさ、今度はお前が遊んでやってくれよ。そんで、悪魔は怖いものじゃないって、その子に教えてやってくれ」

「…………。うん……、うん、わかった!」

「うふふ……。メルと陽太はんの、気ぃの長い約束どすなぁ。けぇど、とっても楽しみな約束どすわ。ああ、そうそう。最後に、メルとウチが陽太はんを選んだ種明かしでもしときましょうか」

「は?種明かしって……?」

「ふふふ、もう出てきてもよろしおすえ、ルーはん」

「やれやれ、来るつもりはなかったんだが……」


 不意に聞き覚えの無い声が聞こえ、空間がひと際大きく揺れる。そして、そこから姿を現したのは……。

 

「え!?お、俺……?」

「よ、陽太!?なんで……」


 空間から姿を現したのは、黒尽くめの姿の『俺』だった。

 

「やあ、初めまして陽太君に可憐さん。メルの父親の『メフィストルーファウス』と申します。メルが随分とお世話になりまして、本当にありがとうございました」


 唖然とする俺達に対し、深々と頭を下げる『ルーさん』は、どこにでもいる普通の若者……、つまりは『俺』にしか見えなかった。

 

「うふふ、これでわかりましたやろ。メルが最初から陽太はんに懐いてた理由」

「は、はあ…、つまりは俺は父親にそっくり……ってことっすか」

「いや、本当にすまないね。リリンとメルがどうしてもって聞かなかったし、そんな時に幸か不幸か、君が偶然にも僕等を呼び出す儀式をしてしまったんでね」


 そう言いながら頭を掻くルーさんは、少し気弱そうな青年に見える。まあ、たしかにこの人では、リリンさんの浮気は止められないかもしれない……。

 もっとも、魔界の王のうえにメルに手を出す奴は八つ裂きにするって言ってた時点で、相当な力は持っているのだとは思うが。

 

「さて、名残惜しいどすが、そろそろ時間どすえ」

「あ!ま、待ってください」


 空間へと消えて行こうとするメル達へ、俺は慌てて声を掛けると、ギタースタンドに立てかけてあったギターを手に取る。

 

「最後の餞別だ。一曲弾いてやるから、最後は歌いながら行けよ」

「…………。うん!」


 こんな時間に、そもそもアパートでアコギを掻き鳴らせばクレームの嵐だろう。だが、文句なら後でいくらでも聞いてやる。今大切なのは、最高の形でメルを見送ってやることだ。

 

「んじゃ行くぞ。準備はいいか?愛と勇気が世界を救うの!レッツ、プリティィィィっ!!」


 ☆ ☆ ☆

 

「行っちゃったね……」

「ああ……」

「で、でもさ、大丈夫!きっとまた会えるよ!」

「ああ……」


 メルがいなくなった後、俺はアパートで抜け殻のようになっていた。左手を見れば、薬指の指輪は消えている。もしかしたら、あれは夢だったのかも……。そう思いもしたが、付け根だけ綺麗に日焼けしていない指を見れば、それは間違いなく現実だったのだろう。

 不思議なことに、他の住人が怒鳴り込んでくることもなかった。時間帯的に誰もいないなどということはありえないし、おそらくだが、ルーさんが何かしてくれたのではないだろうかと思う。結界的な何かを……。

 

「ねぇ、しっかりしてよ!メルちゃんがいなくなったのは寂しいけど、いつまでもそんなままの陽太なんて、らしくないよ。そりゃあ、アタシじゃなんの役にも立たないかもしれないけど……」

「そうじゃねぇよ」

「え?」


 たしかに、メルがいなくなったことに大きな喪失感はある。だが、今はもっと大切な、目の前の問題に応えなければならない。そう決心したのだ。

 

「悪かったな。お前だけに勇気を振り絞らせて、恥ずかしい思いさせちまって」

「陽太……?」

「俺なりにこの一週間、ちゃんと考えたんだよ。思い返せば、お前はいつも俺の心配してくれて、おせっかい焼いてさ。そんで、もしも俺の隣に女の子がいたらって想像したら、お前が一番しっくりくるんだよ。それにさ、いくらガキの頃のことっつっても、好きじゃなきゃ結婚しようねなんて言わねぇよ。だから可憐、俺と……付き合ってくれ」

「っ……!よ、陽太……。いいの?アタシ、アンタの好みのセクシーな女じゃないよ……」

「バーカ!理想の相手ってのはな、自分では手の届かない、むしろ真逆の存在だからこそ理想なんだよ。そんなのと付き合ったら、たぶん性格の不一致で一瞬で別れるわ。だけど、お前とならどんなに喧嘩したって、ずっと一緒にいられる気がすんだよ」

「陽太……、あり……がとう」

「馬鹿、泣くんじゃねえよ」

「うん……、うん……。でも、嬉しくて」

「だいたい、お前は自分で気付いてねぇだけで、その鍛えた体は十分にセクシーなんだよ。この前のプールだって、他の男に見られたくなくてハラハラしたんだからな」

「ふふ、陽太のエッチ。じゃあ、今度は陽太の前でだけ着ようかな」


 目の前で泣き笑いをする可憐を見ていると、無性に愛おしくなる。だが、ここは俺らしく、ビシッと決めなければならないだろう。

 

「ああ、けどな、あのクマさんパンツはいただけねぇな」

「は……!?ちょ、ちょっとそれって……。い、いつの間に見たのよ!!」

「だいたいお前は無防備すぎんだよ。それに、さすがに歳を考えればもうちょい大人な感じのがいいと思うぞ。ちなみに、俺が好きなのは黒のTバッ……」

「こぉのスケベっ!死ねぇぇぇぇっ!!」

「ぐぼぁぁぁっ!」


 ☆ ☆ ☆


 ホンのわずかな時間だが、俺は可憐の正拳突きをみぞおちにくらい、気絶していたようだ。気付けば可憐の姿は無く、玄関先の靴も消えていた。

 

「やれやれ、相変わらず凶暴な奴だ。あんなんで付き合ってからアレコレできんのかよ。童貞の性欲舐めんなよ……」


 一人で愚痴ってみるが、これでいいのだろう。きっと付き合ったからといって、長年一緒に過ごして来た俺達の仲が、急速に発展することは無いだろう。きっとそれは、可憐もわかっている。だからこそ、俺の言葉に対し、当たり前のように今までと同じ態度を取ったのだ。

 

「やれやれ、俺達の方はもう少しかかりそうだぜ。お前もそっちで頑張れよ。悪魔ならぬ、小さな『キューピッドさん』よ」


 それは俺が二十歳の夏の、束の間の出来事であった……。

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