その4
「ほら、まだ晩御飯までには時間あるんだし。もう少し落ち着いて……、ね」
「だって、もうこんな時間だぞ!あいつ俺に何か隠してるみたいだったし、まさかこのまま……」
「大丈夫だよ。メルちゃんはいい子だし、何も言わずにいなくなったりしないよ。ほら、きっとちょっと寂しくなって、ママに会いに行っただけよ」
飯を食って落ち着いたはずの俺の焦りは、何の進展もないことにより、夕方には頂点に達していた。懸命に俺を落ち着かせようとしてくれている可憐の言葉も、今は無性に癇に障る。
「うるせーよ!そもそも、お前には関係のないことだろ。そりゃあ、電話したのは俺だし、昼飯も助かったよ。けど、いつもでも一緒にいてくれなんて言ってねぇだろ!なんで……、あ……、いや……。すまん……」
可憐の表情を見た俺は、急速に言葉を無くす。そこにあったのは、いつもの呆れたような表情や、怒った顔ではなく、見た事も無いような悲しそうな表情だったからだ。
勢いで当り散らしてしまったが、どっちが悪いのかなんてわかっている。俺はただ、行き場の無い苛立ちをぶつけてしまっただけだ。
そもそも、可憐はメルを心配して駆けつけてくれたのだ。さらには、俺を落ち着かせようと一緒にいてくれた。感謝こそすれど、怒るなどお門違いも甚だしい。
「…………。関係ないって……、なに?」
「い、いや……。すまん、そういうつもりじゃなかったんだ……。お前がメルを心配して駆けつけてくれたのはわかってるし、一緒にいてくれて心強かった。けど、いつまでをお前を引き止めておくのも心苦しいんだよ。だから、今日の所は帰っても大丈夫だから」
これは、間違いなく俺の本心だった。可憐に感謝しているのも本当だし、いつまでも俺達のために引き止めてしまうのも、迷惑をかけてしまうと思ったからだ。
「関係ないってなによ!アタシと陽太の関係って、そんな程度のものなの?それともなに?メルちゃんのことを女の子として好きだから、アタシがいると邪魔だってこと!?」
「ばっ、馬鹿!んなわけねーだろ。悪かったって……。お前がメルを心配してくれたのはわかってるから……。メルが帰ってきたら、ちゃんと連絡するから」
俺を元気付けようとしてくれているが、可憐も不安なのだろう。そう思ったが、可憐の口から出てきたのは想定外の言葉だった。
「違う!陽太は全然わかってない!アタシだってメルちゃんのことは心配だよ。でも、それ以上にアンタのことが心配だったんだから!あんなに悲壮な声で電話してきて、まるでこの世の終わりみたいな雰囲気で、ホントに心配したんだから!だって……、だって、アタシはアンタが……、陽太が好きなんだから!好きだから、大事だから、少しでも苦しんでる陽太の力になりたかったから!」
「は……?な……、お、お前、何を冗談言って……」
いや、つい口から出てしまったが、可憐が冗談を言っているのではないと気付いていた。顔を真っ赤にし、今にも泣き出しそうなこいつの顔を見ていたら……。
「冗談なんかじゃないよ。アタシはずっと……、子供の頃から陽太が好きだったんだから。ねえ、覚えてる?小さい頃にさ、大きくなったら結婚しようねって約束したこと……」
「そ、そんなこと覚えてるわけ……。…………。すまん、今さら嘘吐くことでもないよな。たしかに覚えてるよ。けど、あれはガキの頃の、まだよくわかってない時の話で……」
そんな俺の言葉に、可憐は寂しそうに笑う。
「そうだよね。陽太にとっては、子供の頃の他愛無い約束かも。でも、アタシにはとっても大きな約束だったんだよ。だから、他の人に告白されたって全部断ってきたの。いつか陽太が、アタシに好きって言ってくれるんじゃないかって……」
「お前……」
「もちろん、アタシから告白してもよかったんだけどね。けど、陽太はミュージシャンになるって夢に一生懸命だったし、落ち着くまでは余計なことに気持ちを裂かせちゃったら悪いって思ったから……。ううん、やっぱり違うの。本心は、陽太に断られるのが怖くて言い出せなかったの。けど、メルちゃんは明るくて可愛くて、どんどん陽太の生活に入っていって、アタシが出来なかったことも次々と……。それを見てたら、本心はメルちゃんに陽太を取られちゃうんじゃないかって、ずっと不安で……」
最後は涙声で自分の気持ちを吐露する可憐に、俺は何も言えないでいた。
こいつが俺のことが大事だってのはわかったし、メルのことも大好きというのは本当だろう。だからこそ、おれとメルの距離が近付くことに葛藤していたのかもしれない。
けれど、今の俺の気持ちがどうであれ、これだけはハッキリ言っておかなければならない。
「悪かったよ。お前の気持ちにも気付かず、心配させちまって。けどな、言っておくが、俺とメルはそんなんじゃ……」
その時だった。突如として部屋の空中に、見慣れたさざ波が起きる。そしてその小さな穴かニョッキリと出てきたのは、金色の小さな頭だった。
「メッ、メル!?」
「メルちゃん!?」
子供一人が通れる位の小さな空間からは、這い出そうとする頭と手がのぞいていた。
「かっ、可憐!」
「あ……、うん!」
俺達は慌ててその小さな手を掴み、力任せに引っ張る。そして、『ズボッ』という音と共に転がり出てきたのは、黒いドレスを着たメルだった。
「おっ、お前!今までどこに……」
「陽太、落ち着いて!そんなに掴んだらメルちゃん痛がるでしょ!」
可憐の言葉に、俺はメルの両肩を思いっきり掴んでいたことに気付き、慌てて力を緩める。
「……っ。すまん、けど、何も言わずにいなくなって、心配したんだぞ。可憐だって、お前のことを一生懸命探してくれたんだからな」
「……。ごめんなさい……」
「別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ、隠し事はやめてくれ。一緒にいた時間は短くたって、今や俺にとってお前は、娘みたいなもんなんだよ。だから、言いにくいことだってちゃんと話して欲しいんだ」
俺の言葉に、メルは驚いたように目を見開く。そしてしばらく俯いていたかと思うと、やがて口を開いた。
「がっこうにいってたの……」
「は?学校って……。どういうことだよ」
「今日は、なつやすみのとうこうびだから……」
「登校日?それに、夏休みって……。……っ!もしかして、お前……」
その言葉に、俺は全てを理解してしまった。メルの態度や、総左衛門の言葉の意味……。それらを組み合わせれば、鈍い俺だって想像はつく。
「なあメル。夏休みはあとどれくらいなんだ?」
「……。いっしゅうかん……」
「そっか……。じゃあ、夏休みが終わったら、お前は魔界に帰るんだな。お前やローズがこっちに来たのは、夏休み期間を利用した修行ってわけだ」
「うん……」
俯くメルに、驚いたように可憐が声をかける。
「メ、メルちゃん?帰っちゃうってどういうこと?まさかアタシが、陽太を取られちゃうなんて思ったから……」
「落ち着けよ、そうじゃねぇよ。そもそも、メル達悪魔は、最初から夏休みだけ人間界に来る予定だったんだ。だから俺の願いも叶えられないし、命も取らない。そうだろ?」
「うん……」
俯くメルの姿をよく見れば、自分で一生懸命に支度をしたのだろう。ドレスのボタンは掛け違っているし、髪はボサボサだ。ただ、きっとこいつは俺に心配させまいと、成長した姿を見せたかったのかもしれない。
もちろん、それは俺の思い上がりかもしれない。
だが、きっとメルは俺のことが気に入ってくれて、別れを言い出せなかったのではないかと、そんな風に思う。なぜなら、俺も同じくらいにメルのことが大好きだからだ。
俺は金色の髪に、そっと手を置く。
「心配すんな。たとえお前が魔界に帰ろうが、お前は俺の娘だ。俺達は家族みたいなモンなんだよ。だから、最後は笑って魔界に帰ってくれよ」
「ヨータ……」
メルの蒼い瞳から、大粒の涙が溢れる。さながらそれは、深い湖の上に浮かぶ、宝石のように……。
「おし、今日から一週間、遊び倒そうぜ!毎日ファミレスで飯食って、プール行って……。おっ、そうだ。せっかくだしあのテーマパークも行こうぜ!いやあ、ローズにいい土産話になるだろうし、自慢できるぜ。けっ、総左衛門に負けねえ俺の男気を見せてやる!」
「ま、まいにちふぁみれすでごはんって……。いいの!?やったぁ!」
「おう、任せとけ!最後の大盤振る舞いだ。貯金全部はたいてやるぜ!って可憐、どこ行くんだよ?」
俺は、いつの間にかこっそりとアパートを出ようとしていた可憐に声を掛ける。
「明日からの計画立てるんだから、お前が帰ってどうするんだよ。そうそう、道場とバイトは、一週間休みだっつっとけよ」
「え!?で、でもアタシ……、邪魔じゃ……」
「バーカ。俺一人で、一週間も遊び倒す金がもつわけねぇだろ。お前も一緒に来て出すんだよ。いいだろ?メル」
「うん!おねえちゃんもいっしょにいこ!」
「うん……、ありがと……、ありがと陽太、メルちゃん……」
「馬鹿、んなことくらいで泣く奴があるかよ。ああ、そうだ。そういやまだ言ってなかったっけな……」
俺はメルに向き直ると、まだ言っていなかった言葉を告げる。
「お帰り、メル」




