その2
「まさか、君が連絡をしてくるなんてね。ありえないと思ってたんだけど」
「こっちだって、お前なんかにかけたくてかけたわけじゃねえよ」
「ハッ、それはお互い様だろ。それよりも、話があるって何だい?まあ、君が連絡してくる理由なんて、あのメフィストメルネーゼとかいう子のことしか無いだろうけど」
「フン……。図星だよ」
あれから数時間後、俺は近所の喫茶店の、奥まった席に座っていた。向かいの席に座るのは、いつものごとくのメルではない。総左衛門とその契約者、薔薇の乙女メルエムローゼスこと、ローズだ。
なぜ、こんなあり得ないシチュエーションになっているかといえば、メルの学校のことである。同じ状況に陥っているこいつが、この先いったいどうするのかを確認したかったのだ。
当然のごとく、何かを隠しているようなメルを、この場に同席させるわけにもいかない。可哀想だが、留守の間の面倒は可憐に頼むことにした。
いきなりで用事があるかもと思ったが、予想通りというか、連絡して5分も経たないうちにすっ飛んできたが……。
まあ、メルは若干苦い顔をしていたが、この前のことで少しは仲良くなったようだし、可憐もさすがに暴走することはないだろう。そんなわけで二人をアパートに残し、俺は待ち合わせ場所へと向かったのだった。
「それよりも、君のほうからわざわざ呼び出したんだ。ローズに紅茶の一杯も奢らないなんて、失礼じゃないかい?」
「わ、わかってるよ。ほれ、好きなもん頼めよ」
「そうねぇ……。わたくしは、レモンティーを頂こうかしら。ホットでね」
ローズはメニュー表を興味無さそうにチラリと見ただけで、レモンティーを注文する。
「当然僕の分も奢りだろうね?僕はコーヒーを、ホットで」
「ケッ、心配すんなよ。それぐらいの金はあるさ。俺はアイスコーヒーを」
注文を取りにきたウェイトレスに、オーダーを告げる。
「しかしローズちゃん、レモンティーだけで良かったのか?」
「どういうことですの?」
「いや、こういう時のメルなら、間違いなくクリームソーダやホットケーキって言い出すからな」
「まったく……。わたくしを、あんなお子様と一緒にしないでくださいまし」
「そ、そうだな。すまん」
プールでコーラを羨ましそうに見つめる様子を見ていた俺は、その言葉に若干の疑問が浮かぶ。だが、余計なことを聞いて総左衛門が騒いでも面倒だ。
『お待たせしました』
飲み物が運ばれてきて、総左衛門がさっそくローズのカップに砂糖を入れようと世話を焼く。
「結構よ。お子様ではないのですから、砂糖は必要ないわ」
あれ?プールの時のお砂糖たっぷりミルクティーとは違い、ごく普通に飲んでいる。てことは、あれは俺の勘違いだったのだろうか。
「それで、今回わたくし達を呼び出したのは?」
「あ、ああ、それなんだけどな。お前ら、夏休みが終わったら、学校ってどうすんだ?いや、こっちで暮らしてくなら、学校に通わないわけにもいかないだろ。転入手続きとかどうすんだろうって。よければ参考にさせてもらおうかと思ってな」
そう、考えた末に、俺と同じ立場のこいつ等に相談するのが一番だという結論に達したのだ。
「はぁ?学校って……。貴方、まだあの子から……」
だが、予想に反し、二人は妙な表情で俺を見ている
「な……、なんだよ。お前らまで変な反応しやがって」
「……。いえ、何でもありませんわ。そういえば、わたくしは優秀すぎて飛び級で卒業しましたから、特に学校に通う必要は無いんですの」
「んなわけねーだろ!メルと同じ嘘吐いてんじゃねーよ!」
まったく。なんで揃って同じこと言ってんだよ。やっぱこいつら仲良しだろ。
「ゆっ、優秀なわたくしがメルさんと同じなんて……。失礼なことを言わないでくださいまし!」
まあ、嘘と決め付けるのもよくないか。確かに、同年代と比べればこいつは飛びぬけて大人びている。憤慨するローズに、俺はリリンさんの言葉を思い出す。
「い、いや、お前のことを悪く言うつもりはないんだ。確かにお前は賢そうだし、リリンさんもお前のこと、『さすが』って褒めてたしな」
「リッ、リリンお姉様がわたくしのことを!?」
なんだローズのやつ……。リリンさんの名を出した途端、今まで以上に顔を真っ赤にして興奮しだしたぞ。
「ふ……、ふふ……、うふふふふ……。リリンお姉様がわたくしを褒めて……。うふふふ……」
「おっ、おい、ローズ……?おい、大丈夫か!?」
「はっ!な、何でもありませんわ。そうですか……、お姉様……、い、いえ、リリン様がわたくしをお褒めに……。フフ、やはり見るべき方が見れば、わたくしの優秀さは一目瞭然ですのね。それは光栄ですわ」
「…………」
俺は何となくだが、ローズのメルに対する態度を理解した。
おそらくだが、リリンさんはローズの憧れの人なのだろう。そしてメルは、その憧れの人の娘。羨ましさとか、友達になりたい気持ちとか、リリンさんと違いあまりに子供っぽいメルへの歯がゆさとか、いろんなものが混じって少しばかり素直になれないのかもしれない。
「けど、優秀ったってお前泳げないんだろ?そんなんで卒業できんのか?」
「ぐっ……。しっ、失礼な!少し苦手なだけで、浮き輪を使えば泳げないわけではありませんわ!」
「いや、それを泳げないっつーんだが……。いや、なんでもない」
俺はそこで言葉を飲み込む。なぜなら、ローズの横に座る総左衛門の視線に不穏なものを感じたからだ。あまりローズをディスると、総左衛門がキレかねないからな。
「とにかく、学校に関しては心配要りませんわ。まあ、変に動いても無駄になるでしょうしね」
「い、いや、それでいいのかよ。おい総左衛門、お前はどう考えてるんだよ?」
「ははっ、そもそもローズ達は……」
「総左衛門!」
だが、何かを言いかけた総左衛門は、ローズの一喝で口をつぐむ。
「な、なあ。やっぱお前ら、何か隠して……」
「貴方は、メルさんを信用してないの?」
「え?」
「貴方が出会って、一ヶ月近く一緒に暮らしてきたメルさんは、貴方を騙して嘘を吐くような子に見えたのかしら?」
不意にローズの口から出た言葉に、俺は意表を付かれたように固まる。そして、メルと出会ってからの日常を思い浮かべる。そうだ、あいつはちょっぴりお馬鹿さんだけど、歳相応に子供で、自分で服が着られなくて、可愛くて、明るくて、ファミレスが大好きで、俺の家族の恩人で……。
そんな俺の表情を見て、ローズは俺の気持ちを察したのだろう。
「メルさんだって、自分なりに考えているはずですわ。だから、わたくしたちからは何も言いません。あの子の女心……、いえ、あの子の場合は子供心と言うべきかしら。殿方ならば、それをもう少し解ってあげてほしいですわ。まったく、リリン様の娘だというのに、どうしてああも子供っぽいのかしら……」
後半はなんだか愚痴のようになっているが、ローズなりにメルのことを考えてくれているのだろう。『メルを信じる』。その一言で、俺の心も少しばかり軽くなった気がする。
「わかったよ。疑っちまったみてーで悪かったな。まだ時間はあるんだし、もう少し待ってみるさ。んじゃ、メルも人に預けたままだし先に帰るわ。今日は助かったよ。ありがとう」
俺はレシートを手に取り、店を出ようとする。だが、ふと思い出したことを総左衛門に告げる。
「なあ、時間があったら、天空飛翔のライブに出てやれよ」
「ははっ、僕はもう引退したんだ」
「けど、アイツらだってお前と一緒に演りたがってると思うぜ」
「引退したって言ったろ。僕には僕の美学があるのさ。見解の相違ってやつだね。けど……」
「なんだよ」
「気が向いたら、そんなこともあるかもね」
「…………。そうかよ……」
俺は会計を済ませると、店を後にしたのだった。
☆ ☆ ☆
「まだ時間は……、か」
「これはメルさんと、あの男の問題なの。余計な口を挟むのは無粋よ、総左衛門」
「ああ、わかってるよ」
陽太がいなくなった喫茶店では、ローズと総左衛門がいまだ席に座っていた。
「あとはあの子が決めることなのですから……。そっ、それよりも!」
一瞬寂しそうな表情をしたローズだったが、その表情もすぐに切り替わる。それは先ほどまでの大人びた顔とは違い、何かを期待する歳相応の子供の表情だった。
「このレモンティー、苦くて酸っぱいですわ!」
「仕方ないだろう。ローズが見栄を張って頼んだんだうえに、砂糖までいらないって言ったんだから」
総左衛門の言葉に、ローズは渋い顔をする。
「くっ……。そっ、それよりも、あの男クリームソーダとホットケーキって言ってましたわね!そんなメニューがありますの!?」
「ああ、それならこれじゃないかい?」
総左衛門が開いたメニューを、ローズは穴が開くほどに凝視している。
「これですわ!この『クリームソーダダブルトッピング』というのと、『ハチミツたっぷりバターホットケーキ』を頼んでくださいまし!!」
「ははっ、お安いご用さ。せっかくだし、僕も少し早い昼食を取って行こうかな」
メルが突然姿を消したのは、そんな出来事があった2日後のことだった……。




