Lost Girl Blues 悪魔のいない日 その1
「なあメル。こっちの世界じゃもうすぐ夏休みも終わるんだけど、お前って学校とかどうすんだ?」
それは、世間の夏休みも徐々に終わりに近付いて来た頃だった。朝メシを食っていた俺は、少しばかり……、いや、このところずっと気になっていたことをメルに尋ねる。
だってそうだろう。この先どれだけの間、こいつと一緒にいるのかわからないのだ。少なくとも突然、『はい、さよなら』ってわけでもないだろうし、学校が始まる時期になれば、ずっと小学生が家にいるのはさすがに不自然に思われるだろう。
だが、メルは俺の質問にビクリと反応し、かじっていたパンを皿の上へと落とした。
「が、学校?う~んとね、し、しんぱいしなくてもいいんじゃない……かな?」
「は?何言ってんだお前。さすがに、学校は行かなきゃヤバいんじゃねえか?魔界でだって行ってたんだろ。水泳の授業だってあったんだし」
「う……。メ、メルはもうそつぎょうしたから、学校はいかなくてもいいみたい」
「はぁ?卒業ってお前……」
なんだろう。理由はわからないが、妙に学校のことをはぐらかそうとしているようにも見える。もしかして、学校に行きたくないのだろうか?まさか、イジメられてるとか……。
だが、以前に話してくれたことや、ローズとの会話を思い出しても、そんな感じは見受けられなかった。こいつの性格ならむしろ友達は多そうだし、早くローズと遊びたいような素振りも見せていた。
「とは言え、俺だってどうしたらいいのかさっぱりわかんねえし、お袋に聞くわけにもいかねえしなぁ。リリンさん……、に聞いてもわかるかどうか。そもそも、あの人と連絡が取れるのかどうかもわかんねぇし……」
まあ、こういった話は、母親であるリリンさんに聞くのが一番いい気がする。ただ……。
俺は、リリンさんの艶かしく動く舌を思い出す。思い出すだけで股間がムズムズするし、間違いを犯さないためにも、あの人とは極力会わないほうがいい気がするんだよなぁ。
話題を避けたいのか、メルを見れば意図的にこちらを見ないようにしているし、この様子では、こいつに聞き出すのは無理だろう。
「てことは、やっぱあの人に聞くしかねぇか……」
☆ ☆ ☆
「小学校への入学だぁ?」
「ええ、店長なら当然知ってるかと思うんですけど……」
「まぁ、なぁ……。つっても、俺は正直嫁さんに任せっきりだったからなぁ。あんま参考にはならんぜ」
「いえ、おおよそでわかればいいんですけど……」
その日の夜、俺はバイト先で店長と話していた。当然だが、娘を持つこの人なら経験者だし、知っているだろうとの判断だ。
「しかし、雨蘭ちゃん……は、まだ少し早ぇよな?てことは、メルちゃんか?」
「はい、実はそうなんです。さすがに、学校とかは行かせた方がいいと思って」
「なるほどなぁ。けど、そうなると前の学校からの転入だよな?住民票の他に、当然前の学校からの書類もいるだろうし、何より親御さんの手続きが必要だろう。あの美人のママさんのな。いやー、あれはいい女だったなぁ」
リリンさんのことを思い出したのか、店長は顔がニヤけている。
「まあ、やっぱそうなりますよね……」
店長の言葉は、言われずとも当然だろう。公的な施設に入ろうとすれば、当然身分の証明は必要だ。まして転校となれば、以前に通っていた学校からの書類も。
だが、当然のごとくメルに住民票などはない。通っていた学校だって、こちらの世界では説明がつかないだろう。
結局わかったことといえば、俺一人の力では、どうにもならないということだけだ。
「やっぱ、聞くしかねぇよな……」
そしてバイトを終えた俺は、いつものようにメルと手を繋ぎ、アパートへと帰ったのだった。
☆ ☆ ☆
「なぁメル。リリンさん……、ママと連絡取ることって、できないのか?」
「ママと?なんで?」
翌日の朝、飯を食いながらメルに尋ねる。
「何でって、お前の学校の相談に決まってんだろうが」
「むぐっ……」
その質問に、メルは前日と同じように、皿の上に食っている物を落とす。もっとも今日落とした物は、前日にスーパーで買った、惣菜の唐揚げだったのだが。
「んーと……。マ、ママはこの前、とくべつにきてくれただけだから……。むりだとおもう……」
「…………。なあ、やっぱお前、なんか隠してねぇか?ホントに苛められてる……とかじゃねえんだよな?」
相変わらずメルは、この質問のたびに様子がおかしくなる。だが、昨日からの様子では、問い詰めても理由を言うことは無さそうだ。
「なっ、なんにもかくしてないよ!ホ、ホントだもん!」
「わ、わかったって。とりあえず落ち着けよ。ホラ、こぼさずにちゃんと食えよ」
メルの様子を見れば、何かを隠しているのは明らかだ。ただ、こいつはお菓子を隠れて食ったりだとかの小さな悪さはするが、タチの悪い嘘を吐くようなことは無いし、意図的に悪さをすることも無い。だとすれば……。
俺は、スマホの電話帳をスクロールする。そこには、万が一のことを考えて交換した、ある人物の電話番号が表示されている。
ちょっと前までは知りたいとも思わなかったし、一生知ることすらないと思っていた。プールの後に再び更衣室で会った際に交換した時でさえ、絶対にかけることは無いと思っていたくらいだ。
その番号を見つめ、少しばかり考えるが、結論は決まっている。
なぜなら、今は同じ立場のこいつくらいしか、頼りになりそうなヤツはいないからだ。
「はぁ……。しゃーねぇか」
朝メシ後に意を決した俺は、メルが歯を磨いている隙に、渋々ながらそいつに電話をかけたのだった……。




