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その3

「まったく……。お前のこと、雨蘭にどう説明すりゃいいんだよ……」

「う……。ごめんなさい……」

「ちっ、違うの陽太。メルちゃんは悪くないの。アタシがちょっと構いすぎちゃったっていうのか……。とにかく、目を離したアタシが悪いの。だからメルちゃんを叱らないで」


 まあ、メルが逃げ出したのも、部屋を出る前に見た、あの可憐の興奮具合では仕方ないのだろう。俺はメルに近付くと、そっと手を伸ばす。

 

「うっ……」

「ちょっと陽太!暴力は……」

 

 怒られると思ったのか、メルは目を瞑り体を硬くする。

 

「ありがとな。お前のおかげで、姉貴達が仲直りできたよ。情けねーことに、大人の誰もが雨蘭の寂しさをわかってやれてなかった。でも、同じくらいの歳のお前だからこそ、雨蘭の心に気付いてやれたんだろうし、言葉だって姉貴の心に響いたんだろうな」


 俺は伸ばした手をメルの頭の上に載せ、そっと撫でる。

 

「おこってないの……?」

「怒るわけねぇだろ。むしろ良くやったよ。お前は俺の家族の恩人だ」

「えへへ……」


 褒められて嬉しいのだろう。無邪気に笑うメルの頭を、撫で続ける。

 

「まったく……、ホントにお前って、悪魔ってより天使みてーだよな。恋のキューピッドっつーのか」

「そうだよね!こんな可愛い子が悪魔なんて、信じられないもん!ホント、可愛いすぎて……、じゅるっ」

「おい可憐、お前はちょっと反省しろよ」

「ご、ごめんなさい……」


 まったく……。俺の願いなど叶えられないくせに、一丁前にカップルを成立させやがって。

 

「え……!?」


 だが、俺は『願い』という言葉に、ふとある言葉を思い出す。そうだ、あれはメルと出合った日の夜、こいつを寝かしつけながら言った言葉だ。


『そうだな。雨蘭がまた、パパとママと一緒に暮らせるようにしてくれってのも、悪くない願いかもな』


「まさか……」


 いや、そんなはずは無い。きっと偶然だろう。こいつだって、自分には人の願いを叶える力など無いと言うったんだし……。

 

「ん?なぁに?」


 頭を撫でる俺の動きが止まったことに、疑問を感じたのだろう。不思議そうな顔で俺を見上げる。

 

「いや、なんでもねぇよ。それより、可憐から逃げてきたってことは、まだ朝メシ食ってねぇんだろ」

「うん」

「あ、あはは……。ちょ、ちょっとお着替えに夢中になっちゃって……」


 やれやれとは思うが、ちょうどいい。

 

「んじゃ、大活躍のご褒美に、ファミレスに寄ってくか」

「ホントに!?やったぁ!」


 はしゃぐメルと一緒にファミレスへと向かおうとした矢先、俺は隣の可憐がいないことに気付く。振り返れば、少しばかり寂しそうな顔をし、立ち止まったまま動こうとしていない。

 

「何やってんだよ?」

「え?、ううん……。別にアンタんとこに荷物とか置いてきてるわけじゃないし、このまま帰ろうかなって……」

「バーカ。お前も一応、メルを家に来させるのに貢献したんだから、奢ってやるに決まってんだろ。それとも、もう朝メシ食ってきたのか?」


 その言葉を聞き、可憐の顔がパアッと明るくなる。


「たっ、食べてない。全然食べてない!もーお腹ペコペコ!」

「んじゃさっさと行くぞ。つーか、奢りだからって食い過ぎんなよ」

「ひっ、ひど~い。アタシは小食なんだから!」

「よく言うぜ。高校ん時、食いきったらタダの、超大盛りラーメン完食したのはどこのどいつだよ」

「あっ、あれは夏休みの稽古合宿のあとで、超疲れてお腹空いてたから……」

 

 メルには悪いが、可憐も一応功労者だ。それに、一緒にメシを食うのも久しぶりだ。

 ウキウキの可憐と、対照的に若干テンションの下がったメルを連れて歩き始めた時、ふと可憐がつぶやいた。

 

「でも、生涯女はお前一人って……。いいなぁ……」


 なんというか、うっとりとしたその顔は、普段の可憐からは想像もできない、夢見る乙女のようだ。

 

「なんだよ。生涯一人としかシないって……。逆に気持ち悪くないか?」


 まあ、未だに一人とすらヤれていない、俺が言うのもなんだが……。だが、その言葉に可憐が反応する。

 

「なんでよ!自分だけを愛してくれる男なんて、サイコーじゃない。それとも何?アンタはもう何人かと……、そ、その……、シ、シちゃってんの?」

「バ、バカ言うんじゃねーよ!俺はその……、ま、まだ誰ともシてねーよ。わっ、悪りぃかよ!そっ、そういうお前こそどうなんだよ!?」

「なっ……、そっちこそバカ言わないでよ!アタシのこと、そんな簡単な女だと思ってたの?!」

「ちっ、違げぇーよ!お前が変なこと言うから……」

「ねぇ、二人でなにするの?」


 まるでバカップルのような痴話喧嘩は、メルの一言で中断される。

 

「な、なんでもねぇよ!な?」

「う、うん!そ、その、メルちゃんはまだ知らなくていいのよ。あ、あはは……」

「ふ~ん、へんなの」


 可憐にメルの世話を頼んだのも、全くの無駄ではなかったのだろう。いつの間にかメルは、可憐に対しても本来の口調で話しかけている。

 

「でも、陽太ってまだなんだ……。ふ~ん」

「なっ、なんだよ。何ニヤニヤしてんだよ。おっ、お前だってまだのくせに……」

「べぇっつにぃ~。ふふふ、ほらメルちゃん。陽太の奢りだから、いっぱい食べようね」

「うわっ!ヨ、ヨータぁ」


 言うが早いか、可憐はメルの手を掴み走り出す。一瞬逃げ出そうとしたメルだったが、可憐の力にかなう筈も無く、引き摺られるように走り出す。

 

「おっ、おい待てよ!奢ってやるのは朝メシ程度だぞ!おい、聞いてんのか?」


 楽しげに走る可憐を追いかけ、俺も慌てて駆け出しならふと気付く。

 騒がしい二人とは対照的に、あれほど煩かった蝉達の鳴き声も、徐々に減ってきていることに。そして、不快なほどの暑さも徐々に和らいでいることに。

 そうか、もう夏も中頃を過ぎるのか。世間の夏休みも、もうすぐ終わりを告げるんだ……。そういや、こっちの世界でのメルの学校って、どうすりゃいいんだ?

 それは、夏の終りが少しずつ近付いてくる、夏休みも残り少なくなってきた頃の出来事だった……。

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