表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/39

その2

「な?義兄さんだってこう言ってるんだし、こんな良い人の何が不満なんだよ。それに、雨蘭だって両親と一緒に暮らしたほうが絶対幸せだろ?だいたい、俺は離婚原因だってはっきり聞いてないんだぞ」

「何が原因……、だと?」


 その言葉に、姉貴は不機嫌そうに俺をギロリと見る。その迫力に、思わず膝の上の雨蘭を盾にしてしまいそうになるが、さすがにそれは思いとどまる。

 だが、姉貴は珍しく、しばらく口を開きかけては閉じるという動作を繰り返す。そして、覚悟を決めたのかおもむろに口を開いた。


「離婚の原因は、そいつの浮気だよ」

「はぁ!?」


 俺は驚いて公一さんを見る。その言葉に、さすがに開いた口が塞がらなかった。この真面目そうな人が浮気?

 だが、公一さんは慌ててそれを否定した。

 

「ち、違うよ!僕は浮気なんてしてない。そもそもアレは、会社の先輩に無理矢理連れて行かれただけだって!」

「な、なんだ……。そうですよね、義兄さんが浮気なんてするはず無いっすよね。いやー、さすがに浮気なんかする男はサイテーっすから……」


 なんだか、つい先日リリンさんの色香に惑わされていた俺に、豪快にブーメランが突き刺さった気もする……。だが、あくまで結婚しているのはリリンさんのほうだし、そもそも俺に彼女はいない。メルとの契約もそういうものではないからセーフ……だろう。

 

「じゃあ、なんで浮気なんて決め付けるんだよ」


 俺の質問に、姉貴は憎憎しげな表情で吐き捨てる。

 

「チッ、こいつの背広のポケットから、キャバクラのねーちゃんの名刺が出てきたんだよ」

「あ、あー……。それは……」


 なんでそんなモン持って帰って来ちゃったんだよとも思うが、たぶん酔っていたうえに、根が真面目な人だ。捨てるのも悪いと思ったのだろう。

 

「で、でもよ、付き合いで飲みに行ったんだろうし、男ならそれくらい……」

「あの日は随分帰りが遅かったよなぁ。おまけに、洗濯物のパンツに口紅まで付いてたし。それと、お前が寝言で口走った『あ~やちゃん』って、名刺と同じ名前だったよなぁ」

「に、義兄さん?まさか……」

「ち、違うって!ホントだよ陽太君。あの日遅くなったのは、酔い潰れた先輩を家まで送ってったからだし、口紅は悪ふざけで先輩たちにズボン降ろされた時に付いたんだよ。ね、寝言はわかんないけど……。信じてよ、伊吹!」

「ケッ、どーだかな」


 一瞬疑ってしまったが、真面目な公一さんが言うのなら、きっと本当のことなのだろう。まあ、ぶっちゃけ夕べの俺を思えば、男にとって美女に迫られても断るというのは、容易なことではない。

 若干の疑いは持ったが、姉貴だけならともかく雨蘭もいるのだ。自ら進んで家庭を壊すことなどしないだろう。

 

「なんだよ。やっぱ姉貴の勘違いなんじゃねーか。ほら、ここはせっかく義兄さんが迎えに来てくれたんだし、いい機会だし……な」

「あ!?うるせーんだよ、この童貞が!」

「てっ……、てめぇ……」

「ま、まあまあ陽太君……」

「ヨータ兄たん、おひざすわりにくい」

「っ…………」


 姉貴の理不尽さにさすがに腹が立つが、公一さんの取り成しと膝の上の雨欄の存在に落ち着きを取り戻す。

 

「とにかく、誤解なんだろ?もう一回ちゃんと話し合ってさ、雨蘭のためにもお互いにいい方法を見つけりゃいいだろ。な、雨蘭も、パパとママと一緒に暮らしたいだろ?」

「うーん、どうかなぁ。またけんかするなら、どっちでもいいかなぁ?」

「おっ、おい雨蘭!?」

「ほら見ろ。雨蘭だって、別にこんな男と住みたくねぇってよ」


 ぶっちゃけ、子供をダシにすれば解決するんじゃないかと思っていたが、甘かったようだ。つーか、今時の子ってなんでこんなにクールなんだよ。もっとも、雨蘭が姉貴の血を色濃く引いているだけかもしれないが……。

 だが、雨蘭という姉貴にとっては枷となる存在、公一さんにとっては後ろ盾になる存在が、姉貴寄りのジャッジを下したおかげで、形勢は姉貴有利となっている。

 もはや説得というよりも、懇願に近い言葉を繰り出す公一さんに、姉貴は冷たい言葉を発するばかりだ。まあ、正直説得は無理だろう。そんなことを思った矢先だった。

 それは、突然の出来事だった。不意に部屋の片隅に、見慣れたさざ波がおきる。言い争っている姉貴たちは気付いていないが、俺はハッキリと気付いてしまった。そして、その後にそこから何が出てくるのかも……。

 

「ばっ、馬鹿!おい待て、メル!」


 雨蘭を膝から降ろし、慌てて駆け寄るが時すでに遅し。部屋の片隅には、金髪の幼女が立っていたのだった。

 そして、そんな派手な動きをすれば、当然のごとく姉貴達も気付くだろう。

 

「え!?よ、陽太君?その子は……」

「って、お前んとこのガキじゃねーか?、つーか、今までいなかったろ……?」


 俺が言いよどんでいると、不意に玄関の扉が開く音がする。

 

「よっ、陽太!ごっ、ごめんなさい。ちょっと目を離した隙に……、ううん。目を離したはず無いんだけど、メ、メルちゃんが……、メルちゃんが突然いなくなっちゃって……って、メルちゃん!?いつの間に……?」


 そこには、再び全力で走ってきたのだろう。息を切らせた可憐の姿があった。まあ、慌てて俺の後ろに隠れる様子を見れば、なんでメルが怒られる覚悟で空間を繋げたのかは、だいたい想像がつく。俺の都合で可憐を呼んだんだし、さすがにメルを叱るのも可哀想か。


「あー……。悪かったよメル。けどな、このお姉ちゃんだって、お前を心配して面倒を見に来てくれたんだぞ」

「う……、わ、わかってる……。かってに出てって、ごめんなさい……」


 まあ、逃げ出したのは自分でも悪いと思っているのだろう。

 

「い、いいっていいって!お姉ちゃんがちょこっと興奮しちゃったせいで、ビックリしちゃったんだよね?あはは、ご、ごめんね」


 まあ、可憐の口ぶりからも、ちょっこっとではない気もするが……。

 

「そ、それで、ヨータはいったい何をしておるのじゃ?」


 不意に大人びた口調に戻るメルだったが、姉貴を見たのもごく短い時間だ。実質知らない人間が三人いるようなものだろう。緊張するのも仕方ない。

 

「えーとだな……。こいつは俺の姪っ子で雨蘭って言うんだ。それで、あそこにいるのが雨欄のパパとママ。事情があって一緒に暮らしてない三人を、仲直りさせようってしてるのが今だな……。あ……、とりあえずこいつのことは気にせず、話を続けてもらえるとありがたいんですが……」


 さすがにメルを前にして、あっけに取られていた公一さんであったが、今優先すべきことに気付いたのだろう。再び姉貴へと話しかける。

 

「やっぱり、親子は一緒に住むべきだよ!」

「チッ、雨蘭をダシにしなきゃあ、女も口説けねぇのか?」

「ちっ、違うよ!そうじゃなくて……」

「雨蘭だって、別にパパとなんか住みたくねぇよな?ママがいればいいだろ?」

「うーん、うらんはどっちでもいいかなぁ?」

「ちょ、ちょっと雨蘭!?」

「ほれ見ろ。雨蘭はアタシが強い子に育てたんだよ。浮気男のパパなんざ必要ねぇってさ!」

「あ、あの、伊吹さん?差し出がましいようですが、そうは言っても、やっぱり雨蘭ちゃんは、皆で一緒に住みたいんじゃ……」

「部外者は黙ってな!」

「はっ、はいぃぃ!すみません!」


 ダメだ……。頼みの綱だった雨蘭がパパに執着していない以上、二人の関係修復は不可能だろう。可憐も姉貴の剣幕にビビっちまってるし、もはやこのカオスを止めるすべはない。メルと可憐を連れて、そっと家を出ようとした時だった。

 

「なんでウソつくの!?」

「え!?お前……、何言って……」


 一瞬、意味がわからなかった。しかし、メルは俺を睨みつけながら、もう一度言う。

 

「ウソついたらダメでしょ!イヤなものは、イヤって言わないと!」

 

 違う……。メルは確かに、俺に向かい言葉を発している。だが、その視線が見ているものは、俺よりももっと先。そう、俺の後方にいる雨蘭だった。

 

「だ、だって……」

「ちょっとのあいだだけど、メルはパパとママとはなれて、すごくさびしかった!でも、このまえママが会いにきてくれたとき、すっごくうれしかったんだから!だから、うらんちゃんだってさびしいはずだよ!パパとママといっしょにいられないって、すっごくさびしいはずだよ!」

「メル……。お前……」


 あれほど喧々囂々としていた居間は、いつの間にか静まり返っていた。大騒ぎしていた二人も、幼女の言葉で今さらながら娘の前で喧嘩していた事実に、バツが悪くなったのだろう。

 だが、メルという一滴の雫は、居間に大きな波紋を広げたのだった

 

「だって……、わがままいったら、ままかわいそうだし……」

「雨蘭……」

「パパがいなくても、おしごとしながら、いっしょうけんめいごはんつくってくれて、よーちえんもつれてってくれて、いっしょにあそんでくれて……。うっ……、ぐすっ……」


 静まり返った居間には、幼女の嗚咽交じりの言葉のみが響く。

 

「でも、うらんとままがおうちでてったら、おじいちゃんとおばあちゃんがさみしがるかもしれないし……。でも、でも、ぱぱもいっしょうけんめいおしごとして、あいにきてくれるし……。うらん、どうしたらいいの……、う……、ぐすっ……、うわぁぁぁん!」


 泣きじゃくる雨蘭を前に、誰も動けないでいた。いや、大人の誰もが、自分のことだけを考え、この小さな子供を傷付けていたことを気付かなかったことに、自己嫌悪となっているのだろう。

 そんな中、最初に動いたのはメルだった。泣きじゃくる雨蘭の頭に手をのせ、そっと撫でたのだった。それはまるで、母親が娘をあやすように、姉が妹を守るように……。

 

「なぁ、姉貴。馬鹿な意地張ってないでさ……」

「伊吹!!」


 その時だった。突如として公一さんが叫んだのは。その剣幕に、泣いていた雨蘭も驚いたように静かになる。姉貴も驚いたのか、何も言えずに元旦那を見つめている。

 

「確かに、あの時いかがわしい店に行ったのは僕の責任だ。先輩の誘いを断りきれなかったのも……。でも、これだけは信じて欲しい。あの時だって決してやましいことはしてないし、僕が今までにそういうことをした女性は、伊吹、君だけだ!それに、これから後にも先にも、君以外の女の人とエッチするつもりは無い!なぜなら、僕は伊吹を愛しているからだ!!」


 ちょ……、この人、何カミングアウトしてんだよ!?しかも、姉貴以外抱いたこと無いって……。正直、これが別の女の話だったら興奮したかもしれない。だが、残念なことにいくら身内のエロ話を聞かされても、正直キツいだけなんだが。

 だが、公一さんは唖然とする姉貴や、げんなりする俺のことなどお構い無しに話を続ける。


「もちろん、雨蘭は僕と君との大事な娘だ。雨欄のために元の家庭に戻りたいって思いはもちろんある。でも、たとえ雨蘭だけが戻ってきたとして、それだけじゃ駄目なんだ!君が一緒にいなけりゃ」


 そう言うと、ツカツカと姉貴に歩み寄る。

 

「なっ、なんだよ!?やろうってのか!」

 

 不意に近付いてきた公一さんに驚いたのだろう。姉貴は反射的に身構える。

 

「これが証拠だよ!僕の気持ちだ!」

「てっ、テメェ、何すん……、うむっ!う……、む……、ん……」

「ふわぁ~、ぱぱとまま、ちゅ~してるぅ」

「い、伊吹さん……、い、いくら何でも、朝っぱらから……」

「ちょ……、アンタら、子供も見てるんだぞ、こ、こら雨蘭、メルも見るんじゃない!」


 公一さんは強引に姉貴を抱きしめたかと思うと、いきなりキスをしたのだった。正直、数秒後に公一さんがぶん殴られる絵面を予想していたのだが、それに反し姉貴が反撃する気配は無い。

 それどころか、時おり『ん……、んんっ……』なんて甘い声も聞こえてくる。彼氏いない暦イコール年齢(俺の予想だが)の可憐は、真っ赤になって二人を見ているが、俺はぶっちゃけ、姉貴のそんな蕩け顔を見せられてもキツい。なんだか、親のエッチシーンでも見せつけられた気分だ

 雨蘭とメルの目を塞ごうかとも思ったが、興味津々で見ている二人を見れば、今さらかとも思う。

 もっともこいつらは、パパとママがチューしてるくらいにしか思わないだろう。まあ、リリンさんのことだ。もっと過激なシーンを見せているかもしれないという不安も頭をよぎるが。けれど……。

 俺は完全に力の抜けた様子で、公一さんに体を預けている姉貴を見て思う。ここから先は他人の入り込む余地は無いし、家族……、もっと言えば、夫婦二人の問題だ。けれど、それだってもう心配はいらないだろう。

 だが、その時だった。

 

「ちょっとあんた達、なんだか騒がしけど大丈夫かい?それに、雨蘭の泣き声が聞こえてきたんだけど……」


 ヤバい……。面倒ごとに関わるまいと、2階に避難していたお袋だったが、さすがに可愛い孫の泣き声は無視できなかったのだろう。こちらに向かってきた。

 

「ハハハ、仲直りもしたようだし、もう俺は必要無いな。じゃ、じゃあな。ずらかるぞ、メル!」

「ちょ、ちょっと陽太、何よ急に。ア、アタシも行くわよ!」


 さすがにお袋に、メルの姿を見られるのはマズい。俺はメルを小脇に抱えると、慌てて家を飛び出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ