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Couple Blues 悪魔は恋のキューピッド? その1


「ほ、ほら、公一義兄(こういちにい)さんもこう言ってることだし、ここは雨蘭のためにも仲直りをだな……」

「あぁ!?もうテメェの義兄さんじゃねぇだろうが。何アタシらの問題に口出してんだ!?」

「ちょっと待てや!そもそも、いきなり呼びつけたのはそっちじゃねえか!」

「あぁん!?文句あんのか?」

「お、落ち着いて伊吹。ほら、陽太君も僕等を心配して来てくれたんだし……」

「もう夫婦じゃねぇんだから、人の名前を馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ!」

「ぱぱとままは、またけんかしてるの?」

「う、雨蘭。ほら、危ないから兄たんのお膝においで。つーか、姉貴も娘の前で喧嘩すんじゃねえよ!」

「んだとテメェ!?」

「と、とにかく伊吹も陽太くんも、皆落ち着いて。うるさくしたら、お義母さんにも迷惑になるし、ね?」


 そこで繰り広げられていた光景は、まさにカオスであった。俗に言う、何とかは犬も食わぬというやつである。いや、それはもはや夫婦喧嘩とも呼べぬ代物であった。

 ここがどこかといえば、俺の実家の居間である。目の前で舌戦……、いや、一方的に相手を罵倒し続けるのは、俺の姉である伊吹。片やひたすら罵倒されながらも、相手を根気良くなだめているのは、公一と呼ばれた30歳手前くらいの、眼鏡を掛けた真面目そうな男。俺の『元』義兄であり、姉貴の『元』旦那である。

 さすがに雨蘭にこのような場面を見せるのは可哀想かと思い、お袋に任せようかとも思ったが、当の雨蘭は慣れっこなのか気にする様子も無く、俺の膝の上でニコニコしている。

 親父は仕事に行っているし、お袋はお袋で係わり合いになりたくないのか、奥へと引っ込んだまま出てこないし。

 そもそも、なぜこんなことになっているのかといえば、少し前にかかってきた電話が原因であった……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「なんだよ、こんな時間に……。はい……。もしもし?」


 スマホの着信音で目を覚ました俺は、全裸で俺にしがみ付いているメルを横へと転がすと、相手も確認せずに電話に出る。

 

「おい、今からすぐ家に来い!」

「はぁ!?」


 電話口から聞こえてきたのは、聞きなれた姉貴の声だった。

 

「今からって……。無茶言うなよ。まだ起きたばっかで飯も食ってねえんだし、そもそもメルがいるんだぞ。そっちに連れてくわけにはいかねえだろ」

「チッ……。んなもん元カノに頼みゃあいいだろうが」

「は?なんだよ元カノって……。俺に彼女がいたことねぇ事くらい知ってんだろ?嫌味かよ……」

「うるせーな。てめぇが幼女に乗り換える前に遊んでて、あっさり捨てた女がいるだろうが。けなげにも、今カノの幼女とも仲良くなったっつってたぞ」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ!乗り換えるも何も、俺はメルに何にもしてねぇよ!つーか……」


 姉の言葉に、何を言いたいのか薄々気付いた。

 

「可憐のことか。つーか彼女じゃねぇし。それに仲良くなったって、可憐が一方的に思ってるだけだぞ。メルのほうは可憐のこと苦手だからな。まあ、頼めば喜んで来るだろうけど……」


 俺は可憐とメルの出会いを思い出す。美幼女と、可愛いモノ好きの変態が初めて会った時のことを……。

 

「とにかく、30分以内だ。じゃあな」

「おっ、おい!?」


 言うが早いか、電話は一方的に切られる。すぐに掛け直してみるが、姉貴はガン無視で電話に出る気配は無い。

 

「んだよ、ちくしょう……」


 幸いにというか、俺のアパートと実家はすぐ近くだ。可憐の家は俺の実家の隣だし、30分もあれば可憐を呼んで支度をし、実家へ行くこともできるだろう。

 数分ほど悩んだが、ここで姉貴の言葉を無視した場合はその後が怖い。俺は仕方なく、可憐へと電話を掛けたのだった……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「おっ、お待たせ陽太!メルちゃんのことは心配しないで。アタシがちゃんと面倒見ててあげるから!」

「い、いや……、無理言って悪いな」


 可憐がアパートに着いたのは、電話をしてから5分後のことだった。その時間もさることながら、額に汗をかき、ハァハァと息を切らしTシャツに短パンというラフな格好の可憐を見るかぎり、こいつどんだけソッコーで家を飛び出して来たんだよと心配になる。

 あれから寝ぼけているメルを起こし、服を着せて朝飯でも食わせようかと思っていたのだが、そんな間もないほどだ。まあ、服だけは着せることができたのが幸いだ。これが全裸状態であったのなら、間違いなく可憐の正拳が俺のみぞおちに突き刺さっていただろう。

 

「ヨ、ヨータ?なんでおねえちゃんが……?」

 

 そして、荒い息をしながらまるで舌なめずりをするような可憐に対し、メルの表情は若干青ざめている。

 

「あー……。すまん、ちょっと野暮用でな。可憐に少しだけ、お前の面倒を見てもらおうかと思って」

「うふふ、陽太はちょっと用事があるからね。心配しなくても、お姉ちゃんが遊んであげるから。うふふ……、じゅるっ……」

「おい、涎拭けよ……。てなわけで、すまんなメル。少しだけこのヘンタ……、じゃないや。お姉ちゃんとお留守番しててくれ」

「さぁて、メルちゃんはご飯まだなんだよね。お姉ちゃんが美味しいもの作ってあげるからね。あ、まだ一人で食べるのは難しいかな?じゃあ、お姉ちゃんが『アーン』して食べさせてあげようかな?あ、その服もちょっとお洒落じゃないね。ま、陽太のセンスだから仕方ないか。ご飯食べたらお着替えしよ。あ!そうだ。それよりも、せっかくだからお洋服買いに行こっか。お姉ちゃんが可愛いお洋服選んであげるからね。うふ、くふふふ……」

「ヨッ、ヨー……!」

「あ、あー、俺そろそろ行かないと!じゃあなメル、健闘を祈る!」


 背後から何か叫び声が聞こえた気もするが、俺は俺で危機に瀕しているのだ。助けを求めるであろう声を振り切り、俺はアパートを後にして駆け出していたのであった……。

 

 ☆ ☆ ☆


「あれ?公一……義兄さん。なんでここに……?」


 実家の居間へと入っていった俺が見たものは、ムッスリとした顔で押し黙る姉貴と、困ったような顔で姉貴に話しかける義兄、父親の膝の上ではしゃいでいる雨蘭の姿だった。

 雨欄と公一さんは離婚後も定期的に会っているはずだが、さすがにこの家に来ているのは見たことが無い。いったいどうしたというのだろうか。ちなみに、俺はこの人に対して悪い印象はもっていない。見た目どおりの善人だし、むしろ『姉貴被害者の会』の仲間だと思っている。


「お、おい姉貴、いったいどういうことなんだよ」

「あ!?知るか。どういうことかは、そいつに聞けよ!」


 だが、姉貴は機嫌が悪そうな顔で、こちらを見ようともしない。困った俺は、公一さんを見る。

 

「ああ、朝っぱらからごめんね、陽太君。実はその、話があってここまで来たんだけど、全く聞いてもらえないうえに、伊吹が急に君を呼び出して……」

「チッ……。気安く呼ぶんじゃねぇよ」

「おい、姉貴!す、すみません公一義兄さん。それで……」

「ああ……、うん……。その、さっきも言ったんだけど……」


 公一さんは、なにやら言い辛そうに上目遣いで姉貴を見るが、その気持ちは十分に解る。そりゃあそうだろう。こんな理不尽の塊にモノを言うというのは、それだけで疲れるのだ。おおかた雨蘭に会える時間を増やして欲しいとか、姉貴がガメていった電化製品などを返して欲しいといったところだろうか。

 そんな俺の内心を察したのだろうか。公一さんは慌てて首を振る。

 

「ああ、別に伊吹が悪いわけじゃないんだ。これはその……、僕の一方的なお願いというか……」


 そう言うと公一さんは、大きく深呼吸をすると姉貴に向き直る。

 

「何度でも言うよ。伊吹、もう一度結婚して、三人で一緒に暮らして欲しい!!」


 そのセリフに、俺はしばし呆然としていた。そして、話は冒頭へと遡るわけである……。

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