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その2

「お願いします店長!今晩……、いや、3時間でいいんです。メルの面倒をお願いできませんか!?」


 あれから3分後、俺はスタッフルーム前の廊下で、店長相手に華麗な土下座を決めていた。いや、この際プライドなんてどうでもいい。俺が男になれるかどうかの瀬戸際なのだ。


「…………。甘いな」


 だが、頭上から聞こえる声に顔を上げる。そこには、いつになく厳しい目で俺を見る店長の顔があった。

 

「……っ」


 冷静に考えれば当然だろう。俺はきちんとメルの面倒を見ると約束したのだ。寂しい思いはさせない、育児放棄のような真似はしないと。それを女を理由に破るとは、子供を置いてパチンコに出かける親と変わらないだろう。そんな甘ったれた考えでは、叱られても当然だ。

 

「2時間のご休憩なら、残りは1時間。そのうち、近くのホテルまでの移動には15分、つまりは往復30分だ。それも含めて考えれば、口説くのに必要な時間は30分しかない。童貞のお前に、そんな短時間で女を口説けるのか?それも、あんな極上の美女を。しかも、初めてそんなとこに行くお前が、スムーズに部屋に入れるとは思えん。フロントで手間取りゃ、もっと時間は必要だ。考えが甘ぇんだよ」

「はい?」


 だが、店長の口から出てきたのは、想定外の言葉だった。

 

「いいか、お前の年齢じゃ、まだまだヤリたいって気持ちが先行しちまうのはしょうがねえ。けど、女口説くのは、焦ったら足元見られるだけだぞ。まずはゆっくり時間をかけて、余裕を見せるんだよ。ま、ああいうタイプは、ガッついた童貞を食うのが楽しいって場合もあるけどな。とにかく、今回は正攻法で攻めろ」

「て、店長……。あざぁーっす!」


 さすが店長だった。完璧なまでのプランは頼りになる。いい女を目の前にして引き下がるなどという考えは、この人には無いのだろう。もちろん、妻子ある今の身でそういうことはしていないだろうが……。つーか、客の女性をしっかりチェックしてんじゃねえよ!


「メルちゃんのことなら心配するな。一晩くらい面倒見てやるさ。なにせ、この間の動画を見せたら、娘達が可愛いって大喜びでな。ぜひともメルちゃんに会いたいって言ってんだ。むしろ、明日まで預かってもいいくらいだぜ」

「は、はぁ……」


 まあ、単純な男気だけでなく、店長にも下心はあったわけだ。メルを連れて行けば、娘さん達からの評価が上がるのだろう。だが、それならばこちらの罪悪感も少しは薄らぐというものだ。しかし……。

 俺は左手の指輪を見る。これって、浮気したらヤバいことになるんじゃ……。

 だが、俺の理想どおりとも言える、あれほど極上の女を目の前にして今さら諦めるわけにはいかない。そうだ、ロバート・ジョンソンだって、いろんな女に手を出しまくりだったっていうし、人生はハイリスク・ハイリターンだ!まあ、最後はそのせいで殺されちゃったって話だけど……。


「ただし、可憐ちゃんにバレんじゃねえぞ」

「は?なんで可憐が……」


 不意に店長の口から出た言葉に、頭の中に可憐の顔が浮かぶ。

 

「ま、わかんねえなら深く考えんな。いざって時にお互い慌てるより、どっちか余裕があったほうがいいしな」

「なんすかソレ……?」


 だが、店長は俺の質問に答えることなく、ウキウキとした表情で言った。

 

「おし、まずは雰囲気作りからだ。とりあえずカクテル作ってやるから。カウンターに誘っておけ」

「カクテル?ウチの店にそんなメニュー無いっすよね!?」

「心配すんな。『なんちゃってカクテル』だが、若い頃に何度か作ったことがあるし、女には好評だったぜ。一応カクテルグラスっぽいのもあるし、今日の弁当にさくらんぼが入ってたはずだから、そいつを使えばソレっぽくなるはずだ」

「お弁当のさくらんぼって……。せっかく入れてくれたのに、奥さんに怒られますよ」

「うっせーな。じゃあいらねえのかよ」

「ぜひ作ってください!お願いします!!」


 そして俺は、本日二度目の土下座を華麗に決めたのだった。

 

 ☆ ☆ ☆


「おまたせしましたお客様。こちらは、当店から美しい貴女へのサービスです。店名の『Blue Moon』をイメージしてみました。青い月明かりに浮かぶ真っ赤な宝石……。この宝石は、もちろん貴女です」

「ウフフ、おおきに。こちらはんも、素敵な殿方どすなぁ。それに、綺麗なお酒どすこと」

「いえいえ、貴女の美しさに比べたら、こんなカクテルなどただの色付き水に過ぎませんよ」

「てっ、店長!ほら、お客さんが呼んでますよ!」


 俺は大慌てで店長を追い払う。つーか、このおっさん協力するっつったくせに、なんでナチュラルに口説きにかかってんだよ!この人に本気出されたら、俺なんかかなうわけねーじゃねえか。

 もしや今ので、気変わりしてしまったかも……。チラリと隣に座る美女を見るが、幸いにというか。店長には目もくれていないようだった。代わりに至近距離で目が合い、ドキドキしてしまう。

 

「え……、えーと、とりあえず乾杯しましょうか」

「フフ……。何に乾杯するんどすかぇ?」

「えっと……。あっ、貴女との素敵な出会いに!」

「ウフフ……。それは良い提案どすなぁ」

「じゃ、じゃあ、乾杯!」


 幸いなことに、ステージに立つのは俺と同じくソロで活動する、バラードを中心に弾き語りをする女性だ。会話の邪魔になるほどの音でもないし、雰囲気的にもちょうど良い。

 だが、正直合コンにすら、数えることしか出たことのない俺だ。酒の席での女性との接し方の知識など、皆無に等しい。必然的に、少し洒落たグラスに入ったビールの消費量が増えて行くばかりだった……。

 

 ☆ ☆ ☆


「でね、突然に妹が出来たわけですよ。放っぽり出すわけにもいかないし、俺が面倒を見てるっつーわけです」

「まあ、自分を捨てたお父はんを許して、妹はんのために……。お兄はんは優しいんどすなぁ」

「いやぁ、俺も男ですからね。困っている子供、まして妹をを放っておくなんてできませんよ」


 一時間後、緊張のあまりビールを飲みすぎた俺は、すっかり出来上がっていた。まあ、おかげで緊張せずに話もできるようになったし。

 だが、肝心な色気のある話からは、完全に脱線してしまった。それも仕方ないだろう。異性との会話なんて慣れていないし、気の利いた話題も思い浮かばない。これが可憐だったら、最近の大学でのこととか、同級生は今何してるだとか、この前雨蘭がどうたらとか話題は尽きない。つくづくアイツとの付き合い易さを感じる。

 つーか、なんでこんな時に可憐のことを思い出すんだよ……。頭に浮かぶアイツの顔を、慌てて振り払う。

 

「ほな、その子の面倒を見るんは、嫌ではないんどすか?」

「まあ、最初は戸惑ったし、なんで俺がってのはありましたよ。でも、一緒に暮らして行くうちに、なんつーのか、愛情ってのか……。い、いや、もちろん変な意味じゃありませんよ」

「フフフ、妹なんどすよね?何を慌ててはるんどすか。でも、そんな中でも音楽で生きて行く道を目指して……。ウチは優しい殿方も好きどすが、野心に燃える殿方はもっと好きどす。それに……」

「うひっ!?」


 またしても妙な声が出てしまった。それは、先ほどのように乳首を弄られたからではない。今回の彼女は、俺の体に掌を置いただけだ。だが、その位置が問題だった。

 彼女が手を置いた位置。それは、飲みすぎていつの間にか静まり返っていた、俺のマグナムの上。早い話が、俺の股間の上である。

 

「ウチは、若いチェリーが大好物でなぁ」


 そう言いながら、美女はカクテルからさくらんぼをつまみあげると、舌の上でいやらしく転がし始めた。ついでに、俺の股間をズボンの上から撫で回しながら。

 その光景は、さながら俺が舐め回されているような錯覚を覚える。酔って静まり返っていたはずの俺のマグナムは、暴発寸前である。

 つーかコレ、完全に誘われてるよな?強引にこんな色気のある話に持ってったってことは、ヤっちゃってもいいんすよね!?

 俺は、物陰からこちらを眺めている店長を見る。つーか、さっきから覗き見てるのがバレバレなんだよ!

 だが、こんな時の店長ほど頼りになるものは無い。俺の視線に気付いた店長は、満面の笑みで親指をグッと突き上げると、奥へと引っ込んで行く。つまりは、相手もOKというお墨付きだ。

 念のために、店長から1万円借りておいてよかった。この時間からなら。確実にお泊りコースだろうから。


「あ、あのっ!もしよければこの後……」


 俺の股間を撫で回す美女の上に手を重ね、意を決して言葉を発しようとした時だった。俺は右手に感じる異物感に気付く。美女は俺の右側に座っており、必然的に俺の股間には、左手を乗せている。

 その異物感とは、右手に感じるゴツゴツとした感触。つい最近、頻繁に触ることになった感触に良く似たソレに違和感を覚え、美女の左手を見る。

 

「うおっ!?あ、貴女もしかして……、ひ、人妻!?」

「ええ、そうどすが?」

「そ、そうどすがって……。さすがに不倫はヤバいんじゃ……」


 さすがに俺とて、不倫はマズいだろうと思う。いや、ネタで仕方なく親父の不倫話を作ったとはいえ、さすがに自分がするのは……。

 

「ウフフフ。ウチは全然気にしまへんえ。お兄はんだって、同じ指輪してはるんやしなぁ」

「いっ、いや、俺のは契約上仕方なくって言うか……。……え!?同じ指輪?」


 その時俺は、美女の嵌めている指輪が、どこかで見たことのあるデザインであることに気付いた。それは、俺の左手の薬指に嵌る、契約の指輪と同じ物。

 

「え!?同じデザインって……。そ、その指輪……」


 そして俺は、美女の顔をどこで見たことがあるかに気付く。そうだ、その顔は、ここ最近毎日見ている顔をグッと大人にしたような感じ。

 

「あ、貴女……、まさか……」

 

 その時、不意に騒々しい声が聞こえてきた。その声に、俺の中でまとまりかけた思考が乱れる。

 

「なんで?もうヨータのおうた終わったんでしょ?」

「い、いや、終わったっちゃあ終わったんだが……、今日はもう一つ、大切なお仕事が残ってるんだよ」

「終わったならいいじゃない。今日おしごとじゃないって言ってたもん。それに、かえりにこんびにでアイスかってくれるって言ってたんだから!」

「ほ、ほらメルちゃん。アイスなら俺が買ってやるから、な?」

「いいの、ヨータとかえるから!」

「おっ、おい……!」


 マズい……。メルがお留守番に飽きて出てきてしまった。仕事の時は聞き分け良く待っているのだが、今日は仕事ではないから早く帰れると言ってしまっている。おまけに、コンビニでアイスを買ってやるという約束まで……。

 まだ何もしていないとはいえ、この状況は言い逃れはできない。だが、アタフタとする俺の前に、無情にもメルは姿を現す。

 

「ちっ、違うんだメル!これは契約不履行とかじゃ無くてだな……」


 俺はまるで、浮気現場を押さえられた旦那のようになっていた。だが、メルはアタフタと慌てふためく俺など見ていなかった。目を見開き、驚いたように美女を見つめている。

 

「おっ、おい、メル……?」


 そして、メルは驚きの行動を取ったのだった。

 

「ママーッ、きてくれたの!?」


 言うが早いか、メルは美女の胸元へ飛び込んで行く。飛び込まれた美女も、豊満な胸が押し潰されるのにも構わず、メルを抱きしめている。

 

「あらあら。相変わらず甘えんぼさんどすなぁ。人間界で、少しは成長したかと思いましたんに」

「だって、だって……」


 メルは美女の胸で、歳相応の表情で甘えている。一方で俺は、この超展開に取り残されていた。

 

「え……?あ、あの、メルのママって……」


 そんな俺の言葉に、美女はゆっくりと俺に向き直る。そうだ、このどこかで見た顔……。それは、黒髪と巨乳でまるで印象が違っていたために気付かなかったが、メルの顔にそっくりだった。

 

「ああ、紹介が遅れましたなぁ。あらためまして、メルネーゼの母の、『メフィストリリン』言います。陽太はん、以後よろしゅうになぁ」

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