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その3

 俺とメルがライブを終えた後のフロアは、見慣れた光景に戻っていた。それは平日の早い時間帯によくある風景……。早い話が、大して客も入っていない状態である。

 メルの出待ちをするファンも多くいたが、『彼女はまだ小学生であり、遅くまで引き止め迷惑をかけてはならない。幼女は遠くから愛でるものであり、我々は紳士たるべきある!』とのファンクラブのリーダー?(コールや振付を決めていた男)の説得もあり、メルのステージを見に来た客は全員引き揚げていた。


「店長。休憩も終わりましたし、俺がオペ入りますよ」

「そうか。疲れてるとこ悪いけど頼むぜ。俺はドリンクなんかの方に回るから」


 そうして店長とオペを交代した俺は、次の出演バンドの名前を見る。

 

「うげ……」


 俺が顔をしかめた理由とは……。そこには間違いなく『天空飛翔』の文字が刻まれていたからだ。

 

「チッ……。もう少し後から来りゃ良かったぜ。ツイてねえな。しかも女が来るからって、1週間程度で2回も()るか?嫌味かよ」


 だが、自分から替わると言ったんだし、好き嫌いで仕事をするわけにもいかないだろう。俺は仕方なく『いつもの』セッティングをし始める。だが、途中で妙なことに気付いた。なんだ?何かが違うぞ……?

 そして俺はハタと気付く。そうだ、女性客が一人もいない!?

 

 あまりの違和感にしばし呆然としていると、天空飛翔のメンバーがステージへと上がってくる。

 

「陽太君、よろしくね。あ、このボーカルマイクはいらないよ」

「あ……、ああ……。え?」


 そして天空飛翔は三人(・・)で、インストゥルメンタル(・・・・・・・・・・)を始めたのだった……・

 

 ☆ ☆ ☆

 

「おっ、おい……。なんで三人で演ってんだよ!?あいつは……?」

 

 俺はステージを終え、機材をまとめ始めたメンバーを捕まえる。土日ならば無理かも知れなかったが、幸い?というべきか、次のバンドの予定は入っていない。

 

「あ、ああ……。Sozaは、その……」


 先ほどのステージ……。ボーカル抜きでステージに立った彼らは、驚くことにフュージョンを演奏し始めたのだ。

 『フュージョン』。どこかのギャグから格闘路線へと変貌を遂げた大ヒット漫画に出てくる、主要キャラクターが合体する技ではない。まあ、『融合』という意味では同じなんだろうが。

 一般的に言うフュージョンは、ジャズをベースにしながら、ロックなんかと融合させた音楽のことを言う。ジャズほど堅苦しくなく、ロックよりも洗練されていると言ったところだろうか。

 今さらながらだが、俺はこいつ等のレベルの高さに驚いていた。ジャズを絡めた音楽なんて、一朝一夕に出来ることではない。おそらくだが、ヤツが練習に来ない時にでも、コツコツと練習をしていたのだろう。自分たちの、本当にやりたい音楽を……。

 あらためて、あんなヤツのカラオケバンドになっているのを本当にもったいなく思う。まあ、ヤツがいないせいで、観客もほとんどいないんだが……。

 だが、今は彼らが思う存分腕を見せ付けたことよりも、気になることがある。そう、あの目立ちたがり屋の、ヤツの不在である。風邪でもひいたのなら、ざまあ見ろであるのだが。


「いや、あいつさ、急に脱退するって言ってきたんだ」

「はぁ!?てことはなにか?新しいバックを見つけて、お前らはお払い箱ってことか?いくらなんでも勝手すぎるだろ!」


 正直俺はムカついていた。こんなにも実力があり、支えてくれたメンバーをあっさりと捨てるとは……。スタイル的にソロでやっている俺には、わからないことかもしれない。だが、簡単に仲間を裏切ることがどんなに酷いことか。それだけはわかる。


「い、いや、違うんだよ。あいつ、もう音楽はやらないって。それに、取り巻きの女の子達とも縁を切るって……。なんか、『真実の愛』を見つけたとかどうとかって……」

「はあ!?」


 返ってきた言葉は、予想外のものだった。何言ってんだ?あいつが?真実の……愛!?


「うん。だから当面はこの路線で行くんだけど、やっぱメジャーを目指すならボーカルは欲しいよなぁ。そうだ、陽太君……は、さすがに目指すスタイルが違いすぎるか。あははは……」


 なんだか、遠回しに『お前の実力じゃ、うちでは無理だ』と言われたように感じたが、そんなことはどうでも良かった。それよりも、ヤツがあっさりと音楽をやめたという衝撃のほうが大きかったからかもしれない。

 なんだろう。むしろ嬉しいことのはずなのに、何かモヤモヤする。だが、俺には関係ないことだ。自分を納得させ、彼らを激励して別れたのだったが……。


 ☆ ☆ ☆

 

「お前が天空飛翔を辞めたって、マジだったのかよ……」

「ああ、僕の目の前には、すでに理想の女性がいる。もう、理想の女性を探して目立つ必要も無いさ」

「けど、あいつら……、メンバーはどうすんだよ。昨日のライブでも、客はほとんどいなくなっちまってたんだぜ!」

「僕にはもう、関係ないことさ」

「けど……」


 俺は何を熱くなっているんだ。ふと我に返り、おかしなことを言っていることに気付く。これじゃあまるで、俺がこいつをライバル視してたみたいじゃねーか。勝手に勝ち逃げされて、口惜しがってるみたいに……。

 だが、こいつはこいつ、俺は俺だ。余計な口を出すことも無いと、少しばかり冷静になる。

 

「お前の事情はわかったよ。けど、一生ローズの面倒を見て生きてくってことか?そもそも、悪魔との契約にメリットは無いみたいだし、それでいいのか……って、お前にはメリットはあるんだったな」


 そうだ、こいつはガチでローズを気に入ってるんだし、それはそれで大きなメリットなんだろう。その点、俺には単に無期限にお子様の面倒を見ると言う、デメリットしか無いように思うのだが。

 

「はぁ!?」

「貴方、何をおっしゃってるんですの?」


 だが、俺の言葉に二人は怪訝そうな顔をする。

 

「はぁ、本当にメルさんは何も説明していらっしゃらないのね。まったく……」

「え?」


 ローズは呆れた顔でメルを見つめる。

 

「そもそも、わたくしたちが人間界に契約に関わるのは、夏……」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その瞬間、なぜかメルがローズへと飛び掛り、口を塞いだのだった。

 

「むぐ!むぐぅぅぅ……。なっ、何をなさいますのメルさん!」

「ほっ、ほらヨータ。もうコーラ飲んだから、はやくおよぐれんしゅうしよ!」

「えっ?い、いやお前、今契約の話……」

「じゃあねローズちゃん!またあそぼうね!」

「あっ……。おい!」


 言うが早いか、メルは俺の手を引っ張りプールへと駆け出して行く。いったい何だってんだよ。

 

「フ、フン!貴女のようなお子様とは趣味が合いませんわ。ま、まあ、時々はお相手してあげてもよろしいとは思いますけど……」

 

 背後からは、銀髪幼女のツンデレっぽい言葉が聞こえてくる。まあ、話の続きは気になるが、なぜかメルは言いたくなさそうだった。それに、総左衛門とローズの様子を見るかぎりでは、何か深刻なことが起こるような感じでもなさそうだ。だったら、メルを信じてもう少し待ってやるか。

 そんなことを思う自分に、少しばかり驚いていた。俺は、知らぬ間にメルとの生活を楽しんでいるのかもしれないと思いながら……。


 ☆ ☆ ☆

 

「いいのかいローズ、教えてあげなくて」

「フン、構いませんわ」


 そう言いながらローズは、少しばかり優しげな目で、離れた場所でバタ足の練習をするメルを見つめる。

 

「気を許してしまえば、迷惑なくらいに近寄って来るのに、基本は人見知りのメルさんが、あんなに懐いているなんて……。多分、あの人間が気に入って、言い出しにくくなったのでしょうね。ですけど、わたくしたちは……」

「ああ……。だからこそ僕は、君を全力で愛すと誓ったんだ」

「それを知っていながらですか……。貴方って、案外薄情な男なのかもしれませんわね」

「何を言うんだいローズ。知っているからこその、儚い愛だってあるだろう?それに、君のために他の女との関係をいっさい絶ったことも」

「フフフ……。わたくしのために何をしてくださるか、期待していますわ、総左衛門」

 

 その言葉を聞き、総左衛門はメルエムローゼスの手の甲に優しくキスをする。だが、ただでさえ目立つ美男美女だ。

 

『ちょっと、なにあれ。ロリコン?変態よ変態。通報したほうがいいんじゃない』

『で、でも超イケてるよ。それに、女の子もモデルみたいだし……。テレビか雑誌の撮影じゃないの?』

『そう言われれば……。たしかに、ちょ~カッコイイかも。女の子もお人形さんみたいだし……。あんなカップルなら、歳の差でも許せるかも』

『そうだよね~。王子様とお姫様ってカンジ。それよりもほら、あっちの似たような二人……。アレこそロリコン変態男じゃないの?』

『ホントだ。どう見ても不釣合いよね。女の子は負けず劣らず可愛いのに、男が平凡すぎるわ』

『あれこそ通報したほうがよくない?』

『うーん……。でも、仲良さそうにしてるし、もしかしたら兄妹なのかも……』

 

 だが、二人の会話や周りの雑音はメルのバタ足の音にかき消され、幸いにと言うべきか、陽太の耳に届くことはなかった。

 そして、陽太が総左衛門達の言葉の意味を知るのは、おそらくは遠からぬ未来のことであろう……。

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