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その4

「うはははは。おい、見ろよこの再生数。アップして1時間も経ってねえのにコレって、凄えんじゃねえか!?」

「はあ……。正直俺も、どれくらいが人気があるラインかはわかりませんけど、他の動画の数字を見るかぎりじゃ、結構いい感じなんじゃないっすか?」


 あれから数時間。店長も俺も初めてのことに悪戦苦闘しながらも、何とかネット上に動画をアップすることに成功した。正直俺も店長もこういった事には疎い方だし、実際にどれくらい見られたら成功の類かはわからない。

 だが、アップ早々に順調に視聴回数の数字は増えて行き、1時間もする頃には5桁に届こうとしていた。

 

「まあ、凄いは凄いと思うんすけど……、でも……」


 反響に反して、俺の言葉の歯切れが悪い理由。それは……。

 

『メルちゃん可愛い!!』

『リアルプリキュンキタぁーーーーっ!』

『メルたん、メルたん可愛いよぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』

『うっひょー!プニプニぃぃぃぃっ!』

『金髪幼女……、きんぱつようじょ……、PRPRしたい……」

『パンツ見えそう。てか見たい』

『後ろの男邪魔ぁぁぁぁぁっ』


 好評ではあるのだろうが、意味不明なものも含めて、正直あまりメルに見せたいとも思わないコメントがズラリと並んでいたからだ。けっして、俺への評価が皆無だったことに嫉妬しているわけではない。

 

「つーか、大丈夫なんすか、これ?変な変態ストーカーとかに狙われたりしないでしょうね」

「ま、まあ、正直これは予想外だったが……。でも、まともなコメントだってあるし、お前がついてるんだから、そこはきっちり守ってやれよ」

「いや、それって丸投げじゃないっすか……」


 店長も、まさかこんな変態どもに注目されるとは思わなかったのだろう。再生数の多さを喜びながらも、その笑顔は少々引きつっている。

 

「けど、見ろよこのコメント」


 店長の言葉に画面をスクロールしてみれば、『ライブの日程はいつですか』だとか、『これ、もちろん生でもやるんだよな?』、『お店どこ?絶対見に行く』なんてコメントも結構見受けられる。

 まあ、店の名前『Blue(ブルー) Moon(ムーン)』名義でアップしてるんだし、結構な宣伝にはなったのだろう。

 

「んじゃ、とりあえず俺達は帰りますよ。って、おいメル!お前何プリキュンの衣装のまま帰ろうとしてんだよ!」

「え?だってかわいいし」


 キョトンとした表情のメルは、確かに可愛い。だが……。

 

「そんな格好の幼女を連れてたら、間違いなく不審者扱いされんだろーが!」

「えーっ。ずっと着てたいのに……」

「いや、プリキュンだって、いざって時しか変身しねーだろ?」

 

 ブツブツと文句を言うメルだったが、問答無用で黒のドレスに着替えさせる。もっとも、これはこれで目立つんだけどな。

 

「お疲れさまっす。んじゃ、バイト時間にまた来ますんで」


 そして俺達は、店を後にしたのだった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「はい、そうです。今日の開店一番に出演します。ええ、チケットはありますよ、もちろん先着順になりますが。ありがとうございました。…………。はい、Blue Moonです。ええ、二人は本日一番で出演予定です……」


 早めに晩飯を済ませ、店に着いた俺達が見たものは開店前だというのに鳴り止まぬ電話と、ひたすら電話対応をする店長の姿だった。

 

「おお、お疲れさん。実はな……」


 だが、店長の話の途中でまたしても電話が鳴る。

 

「ああ、俺出ますよ。……はい、Blue Moonです」

「もっ、もしもし!今日はメルちゃんのライブはあるんですか!?」

「はい?」


 電話口から聞こえてきたのは、まるで興奮しているかのように勢い込んで喋る、若い男の声だった。

 

「あ、あの、だからメルちゃんのライブ……」

「あ……、その……、メルのライブはまだ日程が……」


 そんな俺の言葉を遮るように、店長が俺から受話器を奪う。

 

「ありがとうございます。メル&ヨータは、本日開店直後に出演予定となっております。チケットは先着順になりますので、お早めにお越しください」

「ちょ、ちょっと店長!?今日俺達が出演って……」


 いや、俺が驚いたのも無理は無い。いずれ1回くらいはステージに立つかもと思ってはいたが、それがまさか今日すぐにとは思っていなかったからだ。

 

「いや、急なことで悪かったとは思ってるよ。けどな、あれから何十件と問い合わせの電話がかかってきてんだよ。今日は平日だし、出演バンドも少ない時にだぜ。むしろ絶好のチャンスなんじゃねーかと思って、つい……、な。おっと、また電話だ」

 

 まあ、出演者の急なドタキャンに備えて、常にギターは持って来ている。プリキュン変身セットも、後で空間をこっそり繋げばすぐに用意できるだろう。出演にしても、バイトが一人減っても構わないというなら問題はない。しかし……。

 

「なあ、お前はライブ……、たくさんの知らない人達の前で、さっきみたいに歌っても平気か?」


 そう、こいつは本来人見知りだし、緊張するんじゃねーのか?

 

「テレビ!?さっきみたいにテレビで歌うの?うん、メルお歌だいすきだから、へいきだよ!」

「だから……、まあいいか。お前って、変なトコで度胸あるしな」


 まあ、こんだけ問い合わせがあるんだ。少なくともそのうちの何割かは実際に店に来てくれるだろうし、平日で大して忙しくも無い。店の仕事をしなくていいってんなら、素直に甘えさせてもらおう。

 

「おし、んじゃ早速準備に……、って、急な話しだし、衣装はしょうがないか」


 Tシャツに短パン、サンダルという格好のメルを見て、店長は少しばかり残念そうな顔をする。

 

「あ、プリキュン変身セットの衣装は持って来てます。ギターケースに入れてあるんで」

 

 もちろん嘘である。だが、『こいつ悪魔だから、空間を繋げてすぐに持って来れますよ』などと言えるわけがない。

 だが、それを聞いた店長の顔が再び引きつる。

 

「お前……、メルちゃんの着たアニメの衣装を大事に持ち歩くって……。やっぱ変態なんじゃ……」

 

 せっかく協力しようとした、俺への疑惑が深まっただけだった……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「いいですか皆さん。我々はアイドルを愛し、幼女を愛しています。世間一般からは、冷たい目で見られても仕方ない趣味を持っているかもしれません。下手をすれば、犯罪者予備軍と見られることだってあります。しかぁし!我々は絶対にそんなことはしません。幼女は遠くから愛でるものであり、けっして手を出してはならない、神聖な存在なのです!本日ここに集まった同士は、そのことを十分に理解してくれる者達だと信じています!」


 俺はステージの袖から、まるで国民を扇動する独裁者のごとき演説をする男を見ていた。結局、俺とメルの……、いや、メルのステージに集まったのは50人ほどだろうか。

 天空飛翔のライブ時でさえ30人ほどの集まりであることを考えれば、まさに満員御礼というところだ。しかも、この店はぶっちゃけ30人も入ればほぼ満員である。フロアはすでに、人がひしめき合い身動きも取れない状態になっていた。

 

「ちょっと店長、客入れ過ぎなんじゃないっすか?」

「いや、後から後からチケットが売れるし、断るわけにもいかねえだろ……。つーか、ドリンクで忙しいから、もうちょっと待っててくれよ」


 言われずとも、卓オペをする店長がいなけりゃ始めることもできない。少しばかり時間を持て余し、フロアを眺めていたのだが……。

 

「はい、皆さん斉唱を、Yesロリータ、Noタッチ!」

『Yesロリータ、Noタッチ!!』

「欲しがりません、幼女様!」

『欲しがりません、幼女様!!』

「幼い女の子は、神様です!」

『幼い女の子は、神様です!!』

「ありがとうございます。それでは、コールと振り付けの練習に入りたいと思います。まずはオープニングですが、ここはやはりプリキュンストロベリーの中の人である、『ユナたん』へのコールと動きを取り入れたいと思いますが、いかがでしょうか?」

『異議なぁぁし!』

「ありがとうございます。では次に……」


 正直、ドン引きしていた。いや、メルに危害を加えない誓いをしているのはありがたいのだが、多少の知り合いはいるにしても、こいつらほぼこの場で初めて会ったんだよな。それなのに、この歴戦の戦場を潜り抜けてきたかのような、団結力と統率力はなんだよ。

 しかも、身動きが取れないほどの満員状態にも関わらず、彼らは以前からの知り合いのごとく、統率された動きで振り付けの練習をしている。それはある意味、芸術的と言えるかもしれなかった。

 

「はぁ……、まあこれはこれで、需要があるんだし……。んん?」

 

 その時俺は、視界の隅に目を疑う光景を見た、その光景とは……。

 

「メルたぁぁぁん。メルたぁぁぁぁぁぁん!!」

「そこ!暴走するんじゃない!我々は、本人と世間に迷惑をかけずに幼女を愛する仲間だ。我々一人ひとりの行動が、幼女を愛する者達全員の評価となってしまうことを知れ!たった一人の迷惑が、我等全員の存亡に関わるのだ!」

「すっ、すみませんリーダー。嬉しさのあまりつい暴走を……」

「いいのだ。拙者とて生メル殿を前にして、興奮を隠し切れぬ。だが、メル殿に恐怖心を与えたり、危害を加えることだけはあってはならぬ」

「はっ、はい、リーダー!」

 

 いや、会話だけ切り取ればいい光景かもしれないが、問題は叱られている男だった。

 

「って、あれ俺のステージを常に見に来てるおっさんじゃねーか!」


 そう、そこで怒られていたのは、常に俺のステージを見に来てくれていた、あの渋いおっさんだった。だがそこあるのは、(俺の中の勝手な想像だが)自宅ではバーボン片手に古いジャズやブルースのレコードを聴いているおっさん(何度も言うが、俺の勝手な想像である)の面影は無く、ネクタイを鉢巻代わりに頭に巻き、プリキュンステッキを振り回しているキモいオヤジの姿だった。

 

「マジかよ……。信じてたのに……。つーか、世の中ロリコンだらけかよ!」


 俺の中で(勝手にだが)、『音楽のわかる男』として信じていたおっさん像が、脆くも崩れた瞬間だった。いや、もしかしたら幅広いジャンルの音楽を愛しているだけかもしれないし、人の趣味にどうこう言うことはないのだが……。


「おし、準備オッケーだ。ほんじゃいくか!」


 店長の言葉に、俺とメルはステージに向かう。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!メルちゃぁぁぁん!!」

「生メルちゃんめっちゃ可愛いぃぃぃぃぃぃ」

「うぁぁぁぁぁぁ。もう死んでもいぃぃぃぃぃ」


 すし詰め状態の会場からは、大歓声が聞こえてくる。

 

「うぁ……、あの……、えっと……」


 だが俺は、センターに立ちマイクを握るメルの様子がおかしいことに気付く。おそらくだが、想像以上にヒートアップしている客席の雰囲気に萎縮しているのだろう。

 

「メ~ル!メ~ル!メ~ル!メ~ル!」


 だが、普段のメルを知らない観客は、そんなことなど知る由もない。本物のメルを目の前にして、さらに興奮度は増すばかりだ。

 

「う……、うぅ……」


 マズい!こいつ、だんだん涙目になってきてやがる。ここで泣かれたらステージは台無しだし、おそらくだが楽しくプリキュンを歌ってきたこいつにとっても、トラウマになるだろう。

 俺は必死にこの状況を打開しようと考える。だが、そんな簡単にいいアイデアなど浮かばない。

 

「うあ……。うぁぁ……。うぐっ……、ぐすっ……」


 客席も何か様子がおかしいことに気付き始めたのだろう。少しばかりざわめき始める。

 すでに限界か……、そう思った時だった。俺の中で、ある考えが浮かぶ。

 

「おいメル、ステッキを出せ!」

「え……?で、でもダメって……」

「いいから出せ。可憐の時と一緒で特別だ。しかも、派手にな」


 俺の自信満々の表情を見て、子供ながらに何かを悟ったのだろう、。

 

「うん!」


 そしてメルは、いつも以上に派手に空間を波立たせながら、プリキュンステッキを取り出す。

 

『…………!?』


 瞬間、客席は静まり返る。普通に考えればそれは、パニックになる直前の静けさとも言えるだろう。だが、俺には確信があった。それは、メルを神格視しているこの集団にしか通じない賭けだったのだが……。

 

「イ、イリュージョン……」


 それは、誰かの一言がきっかけだった。

 

「うぉぉぉぉぉ!すげぇぇぇぇ!!」

「可愛いうえに、歌もうまくて手品もできるなんて!」

「うっひょぉぉぉぉぉ、メルたんサイコーっ!!」


 俺の狙い通り、一気に客席がヒートアップする。

 

「おーしメル。ここにいるのは、お前のプリキュンを聴きに来たお前のファンだ。俺が最高の伴奏をしてやるから、派手にぶちかましてやれ!」

「うん、わかった!」


 そしてメルは、客席を真っ直ぐに見ると右手のマイクを握り締め、左手のステッキを突き出す。

 

「みんな~。準備はいいかな?それじゃあ行くよ!愛と勇気が世界を救うの。レェッッツ、プリティ!」


『『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』』』


 それは、地鳴りのような歓声だった。もちろんこれは全て、メルを見に来た観客の、メルに対する歓声だ。そうはわかっていても、勘違いしてしまうほどゾクゾクするものだった。いつかは俺も、こんな歓声を浴びてみたいと思えるほどの。そしてそれは、天空飛翔のバックの奴等の気持ちが少しわかるほどの……。

 ああ、そうさ。いつか俺も、悪魔の力なんかじゃない、本物の俺の実力でこんな歓声を浴びてやるんだ……。

 まあ、その後の彼らのコールや動きに、少々ドン引きする部分はあったものの、俺とメルの初ステージは無事に幕を閉じたのだった……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「いや~、お疲れさん。最初はどうなるかと思ったけど、大成功じゃねえか。しかも、平日だってのに売り上げ最高記録の更新だよ。しかしあの手品、いったいどうやったんだよ?」

「ま、まああれは、いろいろ練習しまして……。そっ、それよりもお役に立てて何よりですよ」


 ホクホク顔の店長を見れば、少しは無理をした甲斐もあったのかと思う。まあ、右も左もわからない高校生のころから、俺に手取り足取り教えてくれた恩ある店長だ。少しは恩返しできたのかと思う。だが……。

 

「けど、メルをステージに上げるのは、これで最後にします。もしもメルがこういう世界を目指すってなら、考えますけど……。お前はどうだ?もっとたくさんの人達の前で歌いたいか?」

「う~ん。たのしかったけど、べつにみんなのまえで歌わなくてもいいかな」

「そっか……」


 それは、俺なりに考えた結論だった。もちろん、俺への歓声が欠片も無かったことへの嫉妬……、ではない。

 今日来てくれた観客は、俺の偏見を覆すような、常識をわきまえた素晴らしい人達だった。だが、この輪がどんどんと広がって行き、収集がつかなくなったとしたら……。そうなった時に、はたして、メルに対して暴走しない奴がいないと言い切れるのだろうか。

 だったら、少なくとももう少しメルが大人になり分別がつくまでは、ステージに立つべきではないと思ったのだ。

 

「ああ、それでいいさ」

「え!?」


 それは、拍子抜けするほどの店長の言葉だった。

 

「い、いいんですか?こんなに儲かったのに……」

「なんだ?お前はメルちゃんを、もっとステージに立たせたいのか?」

「い、いえ。ただ、ちょっと拍子抜けだったと言うか……」


 そんな俺を前に、店長は優しげな表情で言う。

 

「まあ、今日のことであらためてわかったよ。もちろんメルちゃんの実力は本物だぜ。ステージに立ち続けりゃ、今後もどんどん人気者になって行くだろう。けど、やっぱり若い女の子ってだけで、どうしても色眼鏡で見られちまうだろうし、良からぬ輩が寄ってくるかもしれねぇ。俺も男だし、けっして品行方正な人生を送って来たわけじゃねえ。でも、だからこそわかるんだ。人の親としても、子供は守ってやらなきゃならねえ存在だって事を」

「店長……」


 正直、店長を舐めていた。売り上げを考えれば、メルの出演はかなり美味しいはずだ。だが、これこそが今でも店長がモテる理由、男気なのだろう。

 

「はは。店長といい可憐といい、まあ姉貴も一応入れとくとして、お前の周りはいい人に恵まれたよ、メル」

 俺はメルの頭を撫でながら呟く。

 

「うん、メルもてんちょ~大好きだよ。プリキュンへんしんせっともかってくれたし」


 現金な理由だが、メルの偽らざる気持ちなのだろう。見れば、店長も少し涙ぐんでいる。てか、あんた孫が出来たら絶対溺愛するタイプだろ。娘に怒られながら。

 

「ほれ、今回のギャラだ。明日メルちゃん連れて、旨いもんでも食ってこいよ」

「え……、い、いいんすかこんなに!?」

「言ったろ、過去最高の売り上げだって」

「わ~い。ふぁみれすいこ~ね。ヨータ」


 そんなわけで、俺とメルの最初で最後のステージは幕を閉じた。次回ライブの問い合わせが殺到する中、メル&ヨータ活動休止の案内をするのは、少しばかり申し訳なく思ったが。

 そして、某動画サイトにあの日のステージが『伝説のライブ』としてアップされているのを知るのは、もうしばらくしてからである。

 犯人はもちろん、店長であった……。

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