その3
「まったく、昨日はひでー目に合ったよ。まあ、店長がお前の面倒を見てくれるのは助かったけどな。さて……。こんなもんでいいか」
翌日、昼飯を済ませた俺は、メルに出合った時に着ていた黒いドレスを着せ、おめかしをさせていた。とは言っても、俺に女の子のお洒落などわかるはずもない。せいぜい髪をとかしてやるくらいだが。
「え~……。せっかくテレビにでるんだから、プリキュンにへんしんしたほうがいいのに……」
「馬鹿言うな。そもそもコスプレアイドルになるわけじゃないんだぞ。それに、そのドレスだって十分高そうなんだし、元々の素材が可愛いんだから、変に作る必要もないだろ。てか、テレビじゃねえし……」
「プリキュンのおうたを歌うんだから、へんしんセット着たいのに……」
ぐずぐずと文句を言うメルだったが、妙な格好をしなくたって、高そうなドレスを着た姿は十分に可愛かった。安っぽい玩具の服を着るくらいなら、こちらのほうが遥かに映像栄えするはずだ。
「よし、準備はいいな。んじゃ、出かけるぞ」
「うん、メルがんばるよ!」
そして俺達は、ライブハウスへと向かったのだった。
☆ ☆ ☆
「おい陽太。今回のメインはメルちゃんなんだから、お前の合いの手やバックコーラスはいらねえんだよ。てか、ノリノリじゃねえか」
「ぐっ……。こ、これはとある事情で、体に染み付いたといいますか……。それより店長、何でプリキュン変身セットなんか用意してあるんすか!?」
俺達は、撮影前にスタッフルームで簡単な下合わせをしていた。まあ、雨蘭相手に散々に弾き倒した曲だし、こいつとの出会いで伴奏もしているのだ。特に問題は無いだろう。ただし、一つのことを除いてだが……。
その一つのこととは、俺達がスタッフルームに入った時に、テーブルの上にポツンと置かれていた物のことだった。
「プリキュンへんしんセットだぁ!!」
そう、メルが大喜びで叫んだとおり、そこにはメインキャラクターである、『プリティーストロベリー』のコスチュームが置かれていたのだった……。
「はっはっはっ。このほうが盛り上がっていいだろ?それに、メルちゃんも大喜びじゃねえか」
「それはそうですけど……。まったく、あんまり甘やかすのも良くないのに。これじゃあまるで、孫を甘やかす俺の親と一緒じゃないっすか……」
「ん?なんか言ったか?」
「いーえ、別に!」
「おし、んじゃ着替えのために俺達は出て……、ってわけにもいかねーんだよな。おい陽太、ホントにメルちゃんは、一人で着替えられないんだよな?疑うわけじゃねぇが、お前がイタズラしたいがために……」
「んなわけないでしょ!なに考えてんすか。だいたい俺は、子供の裸なんて雨蘭で見慣れてますし、興味もありませんよ。店長だって、娘さんの裸見たってなんとも思わないでしょ?そういうことですよ」
「まあ……なあ。ま、確かに普段のお前の話を聞くかぎりじゃ、どっちかっつーとセクシー系のねーちゃんのほうが好きそうだしな。わかったよ。とりあえず合わせは終わりだ。撮影に入るから、メルちゃんの着替えついでに、お前の身だしなみも整えとけよ。一応、お前のアピールの場でもあるんだからな」
「はいはい、俺は『一応』っすか……」
そんなわけで、着替えを済ませた俺達は、ステージへと向かったのだった。
☆ ☆ ☆
「おーっ、良く似合ってるぞ。可愛い可愛い。本物のプリキュンみてーだな」
「えへへへ」
「おいメル。ちゃんと買ってくれた店長に、お礼言ったか?」
「ありがとうてんちょー。てんちょーはヨータよりやさしいね」
「はっはっはっ、そうだろうそうだろう。これが大人の財力と魅力ってヤツだよ」
ぐっ……。メルのヤツ、現金なもんだ。人間界で散々世話してやってるのは誰だと思ってんだ。だいたい、店長もなにが大人の魅力だよ。大人を通り越して、完全に孫を甘やかす爺さんじゃねえか。つーか、うちの親が雨蘭を見る目と全く同じ目をしてるよ。しかも調子のいいこと言ってるけど、娘さんが見てたシリーズはともかく、絶対今のプリキュンのことなんて知らねえだろ。
とは言え、ここで張り合って嫉妬されていると思われてもたまらない。俺はギターのチューニングをもう一度確認し、設置されたマイクやビデオカメラの液晶を確認する。
実は店長も、若い頃はプロミュージシャンを目指した人だ。デモテープ作成用に自宅レコーディング機材は揃っているし、編集作業だってある程度はできる。
「ま、あんまり加工してもしょうがねえし、ボーカルとアコギだけのシンプルな構成だしな。今回は一発撮りだ」
しかし、あまり細かい作業をしていてもきりがないし、時間も無い。今回は最低限の編集作業のみ行なうということにし、演奏をそのまま撮ることとなった。しかし……。
「つーか、この名前……。もうちょっと何かなかったんですか?」
『メル&ヨータ』。俺達に付けられた名前だが、それはまるで、どこかの漫才師のようだ。せめて『メル With ヨータ』とか、『ヨータ Feat メル』なんて小洒落た名前くらい付けてほしいんだが……。
だが、さも良い感じに思いついたみたいにウキウキで提案してきた店長を前に、俺は何も言えなかった。もしかして、この人がメジャーになれなかった理由って、こういうセンスの無さじゃねーのか?
「なに言ってんだよ。今の時代、むしろこういうシンプルなほうがウケるんだよ」
「ホントっすか……?」
まあ、どうせ長く続けるもんでもないだろうし、こだわる必要も無いか。もっとも、今さら名前のことを言っても聞く耳持たないだろう。店長は最近導入したムービングライトの設定を、いそいそとパソコンに打ち込んでいる。まったく、どんだけ凝る気だよ。
とはいえ、楽しそうに打ち込み作業をする店長を見てしまうと、止めるのも悪い気がする。てか、仕事の時より楽しそうじゃねえか?
ちなみに、ムービングライトとは簡単に言えば色や模様、動きなんかを操作できる照明器具だ。PCや制御の出来る照明卓に連動させれば、あらかじめ打ち込んだ動作を自動で行なわせることも可能だ。これとLED照明なんかをあわせれば、効果照明の準備や操作なんかは随分と楽になる。
わかり易く言えば、一般的な電球を使う灯体で色を付けようとすれば、カラーフィルムをセットすることになる。つまりは、3色の色を使いたければ、3つの灯体を準備しなければいけないわけだ。もちろん、そのような照明が1つだけということはないし、単純に×3倍をいくつも準備しなければならないというのはわかるだろう。
それがLED照明であれば、一つの灯体で赤、緑、青、白の4色を再現することができる。さらにはその4色を混ぜ合わせれば、それ以上の色も作り出すことがでるのだ。要は、大量の照明器具を用意する手間が省けるということだ。もっともその分、事前のプログラムは面倒なことになるのだが。
それこそ店長の若い頃などは、照明屋さんは大量の灯体を持ち込み、アナログ卓で何人かがかりでオペレーションをしていたらしい。今はコンピューター制御のおかげか、随分とかける人手も減っているが。
もっとも、便利になり人が要らなくなるということは、そこで働く人手も減るということだ。それはそれで、業界にとって良いことなのか疑問は残るが……。
「おし、準備はバッチリだ。そっちはどうだ?」
「俺の方はオッケーっすよ」
「メルも歌えるよ!」
「おし、んじゃ行くぞ。……準備はいいな?テイクワン、スタート!」
店長の掛け声とともに、派手なパーライトの点滅とグルグル回るムービングライトの光を背に、俺は何十回と弾いて体に染み付いた、プリキュンのオープニングソングを弾き始めるのだった。




