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その2

「ふう……。あいつ、ちゃんと大人しくてるだろうな?まあ、店長が時々見てくれるっつったから、大丈夫だとは思うけど……」


 メルをスタッフルームに残してきた俺は、バンドの卓オペをしていた。正直メルが何かやらかすんじゃないかと気が気ではないが、それはそれである。きっちり仕事をしなければ、面倒を見てくれると言った店長にも、何より気合を入れてステージに立っている出演者にも失礼だろう。

 そんなこんなで、全てのステージを終えてスタッフルームに戻ったのは、すでに真夜中近くのことだった。

 

「おいメル。ちゃんといい子にして、店長に迷惑かけなかったろうな」

「うん、だいじょうぶだよ」


 扉を開けた先では、メルがジュースを飲みながらくつろいでいた。すでに店長は締めの作業でここにはいないが、こいつの様子を見るかぎりでは何事もなかったようだ。俺はホッと胸をなでおろす。この様子なら、これから先も大丈夫だろう。

 

「んじゃ、俺は最後の掃除が残ってるから、もう少し大人しく待ってるんだぞ」


 そう言って、スタッフルームの扉を開けようとした時だった。俺が手をかけるよりも、一瞬早く扉が開く。

 

「あれ?どうしたんすか店長。もう締めの作業は終わったんすか?」


 見れば店長が、何やら妙な表情をして立っている。

 

「ああ、まだこれからなんだけどな……」


 その様子に、嫌な予感が走る。まさか、メルが何かやらかしたのか?そんな俺の表情を察したのだろう。店長は慌てて両手を振る

 

「ああ、違う違う。別にメルちゃんがなんかしたわけじゃねえさ。いやな、さっきこの子と話をしてて、ふと思いついたんだがよ……」


 ☆ ☆ ☆

 

「そうか、メルちゃんはプリキュンが好きなのか」


 空き時間を利用してスタッフルームに来ていた店長は、なんだかんだとマメにメルの相手をしていた。

 

「うん!このまえヨータがね、プリキュンのパンツ買ってくれたんだよ」

「そ、そうか……」


 微妙な表情をしていた店長だったが、すぐに柔和な表情へと戻る。

 

「しかし、懐かしいな。俺の下の娘もプリキュンに夢中だったからな……」


 成長して今はもう見なくなったが、夢中でアニメを見る娘の幼い姿を思い出したのだろう。遠くを見るような眼でメルを見つめる。

 

「そういや、よく主題歌を歌ってたっけ」

「メルもうたえるよ!ほら」


 言うが早いか、メルは腰をふりふり歌い始める。

 

「へぇ、さすがに娘の見てた頃とはシリーズが違うみたいだな。それにしてもうまいもんだ。とても子供とは思えない……、いや、マジでうめーんじゃねえの!?それに、この容姿……」


 歌い続けるメルを、唖然としながら見ていた店長だったが、その瞳には何かを決断したかのような光が宿っていた……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「はい!?今何て言いました?」

「だから、動画だよ動画。今時は、素人の動画投稿サイトが人気だろ?そっから全国区のスターになる奴だっているし。つまりは、お前とメルちゃんのユニットを、動画でネットにアップするんだよ」

「な……、なんでそんな恥ずかしいことしなきゃなんないんすか!それに、こいつが歌えるのなんて、プリキュンくらいっすよ」

「別に動画を上げ続けるわけじゃねぇんだし、レパートリーなんて、必要がありゃこれから増やしていきゃあいいじゃねえか。それに、お前はプロ志望なんだろ?それが動画の一本で恥ずかしがってて、これから先やってけんのか?」

「う……。そ、そりゃあ……」

「この動画で注目されりゃあ、お前に目を付ける奴が出て、音楽事務所から声がかかることだってあるかもしれねえ。それに、可愛い女の子がこの店でライブすりゃあ、話題になって新たな客層を取り込めるかもしれねぇしな」


 そう言って店長はニヤリと笑う。

 

「って店長、絶対そっちのが本音で、俺の方は二の次でしょ!」


 だが、店長の狙いはともかくとして、飛び抜けて何かを持っているわけでも無い俺だ。こんな中途半端な都会とも田舎ともつかぬ場所では、この先もおそらく大きな変化はないだろう。だったら、内容はともかくとしても、現状を打破するきっかけとしては悪くないのかもしれない。

 

「わ、わかりましたけど、でも……」


 俺はチラリとメルを見る。

 

「わかってるよ。俺だって人の親だ。別にこの子に無理させたり、変なカッコさせて人気取ろうなんて思っちゃいねーさ。純粋に、この歌唱力と見た目を埋もれさせとくのはもったいねえと思ったんだよ。それに、まだ子供なんだ。ステージに立つにしても開店直後くらいで、夜中に立たせるつもりはねえよ」


 俺の考えなどお見通しなのだろう。それに、女の子の親なのだ。俺の心配なんかより数段、気を配ってくれているようだ。

 

「なに!?メル、テレビにでるの?じゃあ、プリキュンへんしんセット着なきゃ!あ、でも、へんしんセットはヨータ買ってくれないし……」

「だーっ!テレビじゃねえよ!ネット……、まあ、なんつーかビデオ撮影したのを他人に見てもらうっつーか……。とにかく、変身セットは買わねーぞ。あの黒いドレスでいいんだよ」

「えーっ、へんしんセットほしいのに……」


 気付けば、そんなくだらない言い合いをする俺達を、店長が優しげな目で見ている。

 

「ま、この調子ならメルちゃんも大丈夫だろ。明日にでも撮ってみるか」

「わかりました。んじゃ、とりあえず閉店作業をしちゃいますね。あ、それともう一つ、お願いなんすけど……」

「なんだ?」


 少しばかりずうずうしいかと思ったが、思い切ってお願いしてみる。

 

「ほら、せっかく撮影すんなら、綺麗にして撮りたいじゃないですか。毎日銭湯に行くのも結構大変ですし、メルもついでにシャワー使ってもいいっすか?」

「なんだ、そんなことか。別に構わねーよ」

「あざーっす」


 いやー、言ってみるもんだ。正直風呂代も馬鹿にならんし、週に何日かでもここのシャワーが使えれば、経済的にグッと楽になる。

 

「なに?メルもおフロにはいってもいいの?やったぁ!」


 言うが早いか、メルは一瞬で服を脱ぎ捨て、すっぽんぽんになる。

 

「ばっ……、馬鹿、なにしてんだよ!水着は着ろよ!」

「え?おフロだからはだかんぼになるんだよ」

「まだ入んねーよ!ったく……」


 いつもの癖で、そんなメルにパンツを穿かせていると、背後から氷のように冷たい声が聞こえてくる。

 

「メルちゃん……?いつも陽太とお風呂入ってるのかい?」

「うん、そうだよ。いつもアタマやカラダあらってくれるし、出たらぜんぶふいてくれて、パンツもはかせてくれるよ」

「へ、へぇ~……。なあ、陽太……」

 

 その冷え切った声に、俺はゆっくりと振り返る。その先に見た物とは……。

 

「やっぱ、通報していいよな?」


 氷のように冷たい店長の視線だった。ちなみに、こいつがひとりで頭も洗えず、服を着ることもできないと信じてもらえたのは、深夜を過ぎた頃だった……。

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