Underground Idol Blues 悪魔はあくまでアイドル? その1
「魔法~の呪文でドキドキ~♪」
『ハイハイメルちゃん!』
「恋~の呪文でワクワク~♪」
『フゥーフゥーメルメル!』
「そうよプリティ~♪」
『おっとドッコイ!』
「私は魔法の~♪」
『マジカルメルメルハイハイハイ!!』
「私は魔法の~♪」
『メルメルサイコーフゥーフゥーフゥー!!』
「マジカ~ルプリンセス~、プリティ~キュンッキュンッ♪」
『イエッフー!!』
フロアはすでに、寿司詰め状態で動くこともままならないはずの空間だ。しかしながら、歌に合わせて統一された動きで器用に体を動かし、何かに取り憑かれたかのような奇怪な動きで踊りまくり、理解不能な日本語の合いの手を入れ続ける集団を、俺はメルの後ろで呆然と見ている。だが、すでに体に染み付いているのか、ギター伴奏だけは中断することはない。
いったい彼らが何者かと言えば、このライブハウスの常連ではない。今日初めてこの店に現れた客達だ。
差別するつもりはないが、ロックを中心に、時おりジャズやブルースなんかが奏でられるここの雰囲気には少々似つかわしくない……。有り体に言ってしまえば、可憐の言っていたあいつの通う大学にある、アニメ研究会にいそうな人達だ。
それが何十人か、なぜか俺のバイトするライブハウスに集まり、ステージで歌うメルに声援を送っている。そして俺は、ブルースの弾き語りではなく、なぜかアニメソングの伴奏を務めている。どうしてこうなった……。
それは遡ること、数日前のことであった。
☆ ☆ ☆
「店長、お願いがあるんですけど」
「なんだよ藪から棒に。先に言っておくが、給料なら上がらんぞ。ってお前、その子……」
バイト時間よりもかなり早く出勤した俺は、店長とスタッフルームにいた。そんな俺を見て、店長が驚いたのも無理はないだろう。なぜなら、俺の傍らにはメルがちょこんと立っていたのだから。
「無理を承知のお願いです。俺のバイト時間中、この子をここに置かせてもらえませんか。もちろん、店に出てくるようなことはさせませんし、仕事の邪魔にならないように言い聞かせますから」
「い、いや、けどお前……」
決して良い案とは言えないが、俺が無い知恵を絞って考えた結論だ。もちろん、本当はアパートで大人しく留守番をしているのが一番良い。だが、前回の様子を見るかぎり、やはり一人で留守番は少しばかり無理なようだった。
姉貴に預けるという考えも一瞬浮かんだし、何だかんだ言いながらも姉貴のことだ、おそらく引き受けてくれるだろう。だが、それはつまり雨蘭や両親にもメルのことを知らせなければならない。正直、まだそれは避けたい。
では、もう一つの伝手、可憐はどうか。都合にもよるだろうが、あいつもおそらく引き受けてくれるだろう。だが……。
この前の態度を見るかぎりでは、メルの身に少々の不安がある。メルにとって、あいつの印象は悪いままだろうし……。それに、実家暮らしの可憐に預けるということは、あいつの両親にも知られることになる。となれば、俺の両親にも何らかの事情は知られてしまうだろう。
結論として、やはり俺が面倒を見るしかないと思ったのだ。
ここでなら面倒を見られると思った理由の一つ、それは、こいつが夜更かし型だからだ。出合った時や前回ライブハウスに現れた時もそうだが、こいつは悪魔だからか、割と夜が平気なのだ。まあ、寝ちまったら寝ちまったで、担いで帰ればいいし。
そしてもう一つの理由。それは店長である。メルよりは当然年上だが、この人にも二人の娘がいる。万が一の時も、子供の扱いは慣れているはずだ。それに、この人はなんだかんだお人好しだ。きっとメルの面倒も見てくれるだろう。もっとも、これは人の善意に付け込んだズルいやり方だが……。
「しかしなぁ……」
しばらく難しい顔をしていた店長だったが、やがて口を開く。
「しょうがねえな……。わかったよ」
「マ、マジっすか!?あざーっす。おい、良かったなメル!」
メルの頭をクシャクシャと撫でながら喜ぶ俺だったが、次の店長の言葉に、その動きはピタリと止まる。
「ただし……、条件がある」
「じょ、条件?い、いったいなんすか?」
ゴクリと唾を飲み込む俺と、いまいち状況がわかっていないだろうメルを交互に眺めると、店長はその条件を口にする。
「お前とその子の関係だ。妹なんて嘘だろ?もちろん、お前が誘拐とかしでかすなんざ思っちゃいないさ。けど、俺だって娘を持つ父親だ。もしもその子が家出娘とかで、親御さんが心配してるならちゃんと知らせてやらなきゃならん。それに、男の一人暮らしで飯とかきちんと面倒見てるのか?だからちゃんと事情を話せ」
「…………。そ、その……」
正直、どうしたものか迷う。可憐には話したとはいえ、あまりホイホイ他人に話していいことではない気はするし……。だが店長は人の親として、メルや俺を本気で心配してくれているのだと思う。
「そ、その……。今は全てを話すことはできませんが、この子の両親については、ちゃんと俺の所で暮らすことは了承済みです。と言っても、会ったことはありませんけど……。で、でも、こいつの住む魔か……、国では、他人と暮らして社会勉強をするって風習があるみたいで、それに俺が選ばれたんです。ほら、この指輪がその証明ってことみたいで……。そ、それに時々姉貴と可憐が……、いや、姉貴は来るかわかりませんけど、可憐は様子を見に来てくれることになってますし、飯だって最近は自炊してます。それに、こいつ夜に一人きりは怖いみたいで……。だ、だから……」
可憐のことをダシにしてしまったが、嘘ではないしギリギリセーフだろう。そもそも、あいつのほうから来るって言ったんだし……。
「ハァ……。全然肝心なことに答えてねえじゃねえか」
「う……。それは……」
やはり、こんな大事な部分をぼかした説明では無理があったのだろう。だが、普通に考えれば、身近に悪魔がいる生活なんて……。昔からの俺達の関係や、メルの見た目もあって可憐は受け入れてくれた。だが、他人である店長がメルの正体を知ったらどう思うか……。
やはり、無理を承知でお袋に……。そう思った時だった。
「やれやれ、満足いく答えじゃねえが、その娘を見ちまったらノーとは言えねえだろ。そんなにお前に懐いてるのを見ちまったらな」
「え……?」
ふと気付けば、メルが不安そうな表情で俺のシャツの裾を握り締めている。
「ねーヨータ。メル、やっぱりひとりでおるすばんしないといけないの……?」
「メル、お前……」
そんなメルに、店長が近付いて行く。気付いたメルは俺の後ろに隠れようとするが、それよりも早く店長の手が伸びる。そして……。
「メルちゃんって言うのか。心配するな。陽太がここで働いてる間は、ここにいていいから。けど、お仕事の邪魔しちゃダメだからな」
優しげな口調で、店長はメルの頭を撫でる。
「じゃ、じゃあ店長……」
「ったく、しょうがねえだろ。こんな子供を夜中に一人で留守番させといたら、それこそ児童虐待だぜ」
「あ、あざーっす!!良かったなメル。ここでお留守番してもいいってよ」
「ほんとに!?やったぁ!」
「ハハハ。良かったなメルちゃん。ここにはソファも毛布もあるし、眠くなったら寝ちゃってもいいからな」
「うん!ここなら、はだかんぼでねてもいいの?」
だが、メルの言葉を聞いた瞬間、店長の動きがピタリと止まる。
「お、おいメル!誤解を招く言い方は……」
「陽太、ちょっと黙っててくれるか?ええと……、メルちゃん?」
「なあに?」
「陽太のお家では、いつも裸ん坊で寝てるのかな?」
「うん、そうだよ。ねるときには服きてるけど、あさおきたらいっつもはだかんぼで、ヨータにだっこしてもらってねてるよ」
「おいぃぃぃぃっ、ちょっと待てぇぇぇぇ!!」
なんで俺が、お前を裸にして抱いて寝てるみたいになってんだよ!寝てる間に服を脱ぎ散らかすのも、コアラみたいにしがみついてくるのも全部お前の方からじゃねえかぁぁぁ!!
だが、そんな俺の心の叫びが届くより前に、店長はさっきまでの優し気な瞳が嘘のように、氷のような眼差しで俺を見つめている。
「なあ陽太……」
「な、なんでしょう……」
「やっぱ……、通報していいか?」
「ですよね!?」
俺がようやく店長の誤解を(半信半疑ながら)解いたのは、店がオープンする直前だった……。
だが、その時の俺はまだ知らなかったのだ。まさかこの後、あんなことが起きようとは……。




