その3
「ななな、なにを急に言い出すのよ!し、信頼できるとか、アタシと陽太の仲だなんて……。で、でも、今さらそんなことい言いださなくたって、ア……、アタシは昔から、ずっと……」
なにやら顔を赤くして態度を豹変させる可憐を不思議に思いつつも、俺は意を決して言葉を続ける。
「とにかく冷静に聞いてくれ。こいつ……、メルは実は悪魔なんだ。とある事情から、俺は悪魔と契約しちまったんだ」
「…………」
驚きのあまり声が出ないのか、可憐は口を半開きにして俺を見つめている。ほんのりと赤かった顔は、驚きのあまりか急激に青ざめている
「陽太……」
「わかってくれたか?」
「こんなオンボロアパートで苦しい生活して、夢見てたミュージシャンにもなれなくて……。辛かったんだよね。ごめんね、気付いてあげられなくて。でもね、ああ見えて伊吹さんは陽太のこと心配してるんだし、雨蘭ちゃんだってあんたのこと大好きなんだよ。二人とも会うと必ず、陽太のこと口に出さない日はないんだから。あんたのお父さんやお母さんだって、育成失敗とかいろいろ言ってるけど、本心はきっと心配してるんだよ。だからほら、ここは引き払って、実家に帰ろう?こんなトコで叶いもしない夢を見てるから、誘拐なんてとんでもないことしちゃったんだよ。そっ、それにアタシだって少しだけどバイトしてるんだし、多少の助けくらいは出来るし。なっ、なんだったら、ご飯とか作りに行ってあげても……」
「違ぁぁぁぁぁぁう!!」
やっぱりか。想像はしてたけど、やっぱ俺の頭がおかしくなったくらいにしか思われなかったか。しかもなんだよ、薄々はわかってたけど、親父とお袋の俺への評価は。そんなふうに思われてたのかよ。ちくしょう、俺の未来はこれから始まるんだよ!
だが、可憐はそんな俺を無視し、メルに話しかける。
「ほら、今のでもわかるように……、う~ん、まだ小っちゃくてわかんないか。とにかくね、このお兄ちゃんちょっとおかしいの。だからパパとママのところに帰ろう。ほら、お姉ちゃんが抱っこしていってあげるから」
そう言って可憐は両手を差し出す。ちくしょう。完全に俺の信用度はゼロかよ。
だがな可憐。今の話にかこつけて、お前がメルを抱っこしたいだけなのは見え見えだ。青かった顔がすっかり紅潮してるうえに、息遣いも荒いんだよ!可愛い容姿で誤魔化してるだけで、明らかに変態はお前のほうじゃねーか。
だが、やはり先ほどのベアハッグが効いているようで、メルは容易に可憐に近付こうとはしない。
「どうしたの?ほら、お姉ちゃんと帰ろう?」
「あー、待て待て」
俺はメルににじり寄ろうとする可憐を止める。
「お前が信じられねーってのもわかる。俺だって最初は信じられなかったんだからよ。仕方ない。メル、証拠を見せてくれるか?」
「うん、わかった」
やれやれ、あまり事を大きくしたくはないが、アレを目の前で見せられれば、可憐も納得するだろう。
「ほら、これを見ればお前も……」
だが、メルの見せたものは俺の意図したものとは違っていた。
「この指輪を見よ。これが我と陽太の契約の証しじゃ!」
「ぐぼぉぇぇぇぇっ!」
次の瞬間、俺のみぞおちに本日3発目の正拳が突き刺さっていた。ふっ、これが全国を制した拳かよ……。腰の回転と下半身の踏み込みを効果的に使い、小柄な軽量級というハンデを感じさせぬ、全体重を乗せた見事な突きだ。成長したな、可憐。もはやお前に教えることは何もない……。
まるで、漫画やアニメに出てくるような、どこぞの師匠のごときセリフが頭に浮かんだが、当然のごとくそれを口に出す余裕はない。
つーか、胃液がちょっと出たよ。不幸中の幸いというか、これが朝飯前でよかった。もしも朝飯後にこの拳を喰らっていたら、間違いなく胃の中のモノを全部リバースしてただろう。
朝から女二人に踏まれ、殴られ、罵られ……。いっそのこと俺がMの人だったらとてつもないご褒美だったんだろうが、残念ながら俺にそっちの気はねーんだよ!たぶんだけど……。
「あ、あ……あんたって人は……。子供と結婚なんて正気なの!?そういえば、部屋の様子も随分違うし……」
そう言いながら、可憐はようやく気付いたのか部屋中を見回す。
「前はもっとこう、黒人のむさ苦しいおじさんとかのCDや雑誌が転がってたじゃない。アタシはてっきり、陽太はもしかして男の人のほうが好きなんじゃいかって心配したんだから!」
「んなわけ無ぇだろ!」
おいぃぃっ。お次はホモ疑惑かよ!とことん信用ねえな、俺って。てか、俺の敬愛するブルースマン達を馬鹿にすんじゃねーよ!確かに、ジャケット写真は小汚い感じのおっさんが多いけどよ……。
「それがなに?これって雨蘭ちゃんが夢中になってる、小さい女の子が見るアニメのグッズでしょ?ううん、大学にもアニメ研究会ってのがあるけど、そこにいるちょっと気持ち悪い男の人達が夢中になってるのも知ってるわよ。あ、あんたもその一人だったわけ!?」
「と……、とりあえず……げほっ、落ち着けよ。俺はホモでもロリコンでもねえ。おいメル、見せろっつったのはそっちじゃねーよ。あの空間のほうだよ」
「え?プリキュンステッキ?」
「いや……、間違ってはねーけど、目的はステッキじゃねーよ。魔界と繋げてくれって言ってんだよ」
「でも、やっちゃダメって言ってたのに、いいの?」
「今回は特別だ。このお姉ちゃんに、お前が悪魔だってことをわかってもらうためにな」
「うん、わかった」
メルは少しばかり警戒しながら可憐に近付くと、黙って手の平をかざす。すると何もないはずのそこには、空間の歪みが発生する。
「なっ、なにこれ!?何の手品?」
「いいから中を覗いてみろよ。俺の言ってることがわかるから」
「だっ、大丈夫なんでしょうね?」
恐る恐るだが、可憐は歪んだ空間を覗き込む。何だかんだ言いながらも、俺が危ない真似をさせるはずがないと信じているのだろう。だが、次の瞬間……。
『ズボッ』という音と共に(そんな音がした気がするだけかもしれないが)、可憐の右手が真っ直ぐに空間に突っ込まれていた。
「きゃぁぁぁぁっ!よっ、陽太、な、なんか変な生き物が……!」
めったに聞けない可愛い声で悲鳴をあげ、右手を引き抜いた可憐は尻餅をついている。だが、俺は見逃さなかった。こいつ、あの一瞬で悪魔に正拳突きかましやがった。
いや、本人は恐怖から無意識にやったんだろう。尻餅をつく可憐は本当に怯えているようだし。
だがな、お前が腕を突っ込んだ瞬間、空間の中からお前の悲鳴なんか比較にならないくらいの、断末魔みたいな声が聞こえてきたんだよ!
「あ、あー、メルさん……?」
「な、なに……?」
「お前の友達……、いや、仲間か?今度魔界に帰った時にでも、謝っといてくれ。もっとも、生きていたらだがな」
「う、うん……」
怯えるメルに伝言を頼む。まあ、悪魔がそんな簡単に死ぬことはないと思うが。
「ちょ、ちょっと陽太!あ、悪魔って、まさかホントに……」
「とりあえず落ち着いてくれ。いい加減、他の部屋の住人が怒鳴り込んできてもおかしくないくらいに騒いでんだから」
俺は腰を抜かしている可憐の手を取り、クッションに座らせる。拳の外側は拳ダコで硬くなっているが、久しぶりに触った手のひらは柔らかかった。そういや、こいつの手を握るなんていつ以来だろうか。少なくとも、小学校低学年くらいまではよく手を繋いで学校に行っていた気はする。ちなみに起こす際に、開いた足の間からクマさんパンツが丸見えになっていたことはナイショだ。
とりあえず朝飯もまだだし、メルに昨日買っておいたパンと牛乳を出し、可憐にはインスタントコーヒーを炒れてやる。可憐の突きで食欲のなくなった俺は、コーヒーを飲むだけにしておいた。
「まあ、別にそんな長い話でもないんだけどな……」
俺はメルと出合った夜のことを話す。もっとも、俺のワルサー露出事件は省いてだが……。
「そんな馬鹿なことって……」
「信じらんねーのは無理ないさ。けど、お前もあの魔界?を見ただろ。それに、この指輪。どうやったって外れないし、とりあえず契約を全うしないと死んじまうらしいからな」
可憐はしばらくジッと俺の指輪を見ていたかと思うと、唐突に俺の手を握る。
「なっ、なんだよ!?」
不意に手を握られた俺は、なぜかドキリとする。いや、さっきだって起こすときに握ったんだし……。そうは思うが、相手から握ってくるというのは、また少しばかり感じが違う。だが……。
「あだだだだだだだだ!痛い痛い!ちょっと待て可憐、ゆっ、指が……、指が千切れるぅぅぅ!!」
あろうことかこいつは、腕力で指輪を引き抜きにきやがった。しかし、そんなことは散々にやったんだよ。てか、容赦なく引っ張るのはやめて!
だが、当然のごとくそんなことで指輪は外れない。
「いだだだ……。わかったろ。とにかく事実なんだよ。それにこいつだって……。見ろよ」
俺はメルの口元に手をやると、ムニーっと唇をめくり上げる。そこには小ぶりながらも、尖った牙がのぞいていた。
「むーっ、むーっ!!」
「悪かったよ。ほら、もうしねえから」
暴れるメルを解放し、可憐に向き直る。
「てなわけだ。いつまでかはわからんが、俺はこいつと一緒に暮らさなきゃならねえんだ」
「で、でも……」
「心配すんな。俺にとっちゃあこいつは雨蘭と変わらん……、いや、ヘタしたら雨蘭よりガキかもしんねえんだ。それに、俺はもっと大人の女が好きなんだよ。断じてロリコンじゃねえ」
「お、大人って……。どのくらい?例えば、ハタチならオッケーとか……?」
「は?」
可憐は顔を赤らめながら、妙な質問をしてくる。
「い、いや、年齢っつーより、その、見た目とか雰囲気とか……」
「ふーん……」
「な、なんだよ」
「べっ、別に!」
なんだこいつ?急にスマホを鏡代わりにして自分の姿を映したり、前髪をいじりだしたり……。なんか自分の姿をやたらに気にしているけど、なにしてんだ?
「とにかくそういうことだから、頼むから家の連中には黙っていてくれ。余計な心配はさせたくねーからな」
「…………。わかったわよ」
「おう、すまねーな」
「でもね……」
「なっ、なんだよ?」
何か言いたそうにもじもじしていた可憐だったが、やがて意を決したのか大きく息を吸うと、俺にこう言った。
「あんたがロリコンじゃないって、完全に信じたわけじゃないからね!」
「はぁ!?ちょっ……、おま……」
「だから、あんたが変なことしてないか、ちょくちょく様子見に来るから!」
「おっ、おい……!」
捨て台詞のように言い残すと、可憐は勢い良くドアを開けて去って行った。あいつは嘘を吐くやつじゃないし、約束は守るだろう。それに、俺のロリコン疑惑にかこつけているが、悪魔と生活する俺を心配して、様子を見に来る言い訳にしているのかもしれない。いや、むしろそう信じたい。もっとも、メルに会いに来るための口実かもしれねーが……。
まあ、昔から情に厚いやつだったしな。
「てなわけで、これからあのお姉ちゃんが、ちょこちょこ遊びにくるかもしんねーけどよろしくな」
「こわい……。あのおねえちゃん、おばけよりこわい……」
もっとも、メルは部屋の隅でガタガタと震えていたのだが……。




