その2
「ねえ、だれかよんでるよ?」
「しっ!いいから黙ってろ。居留守使うから、声出すんじゃないぞ」
「いるす?」
「ええとな……。いるけど、いないフリするってことだ。とにかく、静かにしてろよ。鍵を開けなきゃ入ってこられないんだから」
「ふーん。へんなの」
可憐は昔から、俺の親公認で当たり前のように我が家に上がりこみ、平然と俺の部屋にノックもせずに入ってきていた。そのおかげで、思春期はおちおちオ○ニーもできなかったからな……。
別に嫌というわけではなかったが、思春期にはエロエロ……いや、いろいろとやりたいことがあるのだ。さすがにやめさせるように、一度だけお袋に文句を言った事があった。
「別にいいじゃない。将来あんた達結婚するんでしょ?けど、まだヘンなことするのは早いからね」
返ってきた言葉に、俺は全てを諦めた。
話は逸れたが、俺はふと重大なことに気付く。そういや、姉貴が出て行った後に誰か鍵かけたっけ?
「やべっ!」
だが、時すでに遅し。俺がドアに駆け寄るのと同時に、勢い良く扉が開かれる。そして次の瞬間。
「ぐぼぉっ!!」
俺はみぞおちに正拳突きを喰らい、床に転がり悶絶していた。
「よっ、陽太……。あんたってヤツはぁぁぁぁぁ!」
怒りの形相の可憐は、俺に向かいスマホの画面を見せる。そこには、予想通り最悪の画像が写っていた。画面に映るのは、全裸で青年男性にしがみつく幼女の姿。つまりは、さっきまでの俺とメルの姿である。
「伊吹さんからなんか送られてきたと思ったら……。あんた、全く彼女作る気配もないし、いつまで経ってもアタシに……。ま、まあこれはいいや。とにかく、そういう素振り見せないと思ってたら、まさかこんな変態だったなんて!」
「まっ、待て!誤解だ。話せばわかる、話せばわかるっ!!」
床で悶絶しながらも、俺は懸命に暗殺される直前の某首相のような発言を繰り返す。いや、その人結局殺されちゃったんだけどね。
だが可憐を止めないと、こいつはブルース・リーがオハラを踏み殺す直前のような顔で俺を睨みつけ、あまつさえ片足を上げている。いや、こいつマジで俺を踏み殺す気だよ。てか、今時こんなネタわかるやついるのか?
つーかそれよりも、ミニスカで足上げてんじゃねーよ。子供に人気の、クマのゆるキャラがプリントされたパンツが下から丸見えになってんだよ!いい歳こいて、そんな可愛いパンツ穿いてんじゃねーよ!
まあ、今そんなツッコミをしたら、それこそ殺されかねん。残念だが、ちょっぴり見させてもらった後に、痛む腹を押さえて立ち上がる。本当は、もっとじっくりとクマさんパンツを堪能したかったが、バレたらマジで殺されかねんからな。
「部屋に幼い女の子を連れ込んで、しかも裸にしてる時点で何をどう話せばわかるってのよ!?それも、こんなに可愛い子を……。って、なにこの子!ヤダ、ちょ~可愛いじゃない!ウソ!?どこの国の子よ?」
さっきまでの凶暴さはどこへやら、可憐はメルをじっと見つめたまま、顔をふにゃふにゃにニヤケさす。その表情に、俺はこいつの怒りがメルのおかげで一旦収まったことを悟る。いや、怒りの原因もメルなんだけどな。
そう、今の発言とクマさんパンツからもわかるように、この凶暴……、いや、ちょっぴり男勝りな性格のこいつは、なぜか性格とは反対に可愛いものが大好きなのである。メルの美幼女っぷりは、こいつのツボにハマったのだろう。
『神宮寺 可憐』どこぞの高貴なお嬢様を思わせる名(ホントに名前だけだが)を持つこの女は、俺の幼馴染である。俺の実家の隣に住むこいつとはガキの頃からの付き合いで、幼い頃はよく遊んだし、将来は結婚しようねなんて言い合ったり、一緒に風呂にだって入ったものだ。もちろん幼い頃の話で、当時は男女の意識なんてなかったが……。
以前にも話したとおり、中学までは毎日のように一緒に登下校をした。高校では少しばかり距離をおいたが、それでも同じ高校に通い、仲は悪くなかった。
今はミュージシャンを夢見て自堕落な生活を送る俺とは違い、そこそこのレベルの大学に通っている。
高校時代からは少しばかり伸びたとはいえ、今でもボーイッシュなショートカットをしているが、その栗色の髪は艶やかで綺麗だ。くりっとした大きな瞳と整った顔立ち、150センチ半ばの小柄な体つきは、まるで小動物を思わせるような愛らしさがある。
この見かけと、誰にたいしても気さくな明るい性格で、割と中学生くらいからモテていたという記憶はある。まあ、話したとおり誰かと付き合っていたということは無いようだったが。
もちろん、それだけなら可愛らしい女の子ということで、俺だって思春期に口説いていたかもしれない。しかし、距離が近すぎるという以外に、決定的にそういう雰囲気にならなかった理由はあるのだ。
その理由。それは、可憐の趣味、特技にあった。こいつの特技、それはずばり、幼き頃より習ってきた『空手』であった。しかもそれは特技という粋を超え、小学生の頃から数々の全国大会で優勝を掻っ攫うほどであった。しかも、その大会は日本屈指と言われる実践空手の流派。直接打撃有りの、フルコンタクト空手の話である。その実力と人を引っ張れる性格をを買われ、大学では上級生から懇願されて2年生から女子空手部の主将を務めるほどである。
そのおかげか姉貴ほどではないにせよ、可憐はメリハリのあるプロポーションをしている。(俺は身内に欲情する変態ではないし、あくまで客観的に見てだが)姉貴ほど色気のある体つきをしているわけではないし、胸だって小さいとは言わないが、さほど大きくはない。だが、ピッタリとした小さめのTシャツから見える上半身は、出るところとくびれる所がハッキリとした凹凸を見せ、本来以上に胸を大きく見せている。
ミニスカートから覗く足は、雑誌のモデルなんかと比べれば明らかに太い。しかしそれは、過酷な運動によって鍛えられた、彫刻のような健康的な美しさを持っている。
まあ、なんていうか好みはあれど、『スポーツ少女サイコーッ』って奴からしたら、たまらん体つきってことだ。もっとも、そんないやらしい目でこいつを見る奴がいたら、俺がぶっ飛ばして……、まあ、俺がやるまでもなく、可憐本人がやるだろうけど。
いや、別に嫉妬ってわけじゃなく、なんつーかガキの頃からの腐れ縁、家族に対する愛情みたいなもん……なのか?
「こんな……、こんな幼い子を部屋に連れ込んで……!」
だが、可憐は言葉とは真逆に、自らが変態幼女誘拐犯の如く、メルを抱きしめたまま頬ずりをしている。
「なっ、何をするのじゃ!離せ、離さぬか。ぬぅ……、この……。むうぅぅぅ、たすけてぇ!ヨータぁぁぁ」
見慣れぬ大人に緊張しているのか、大人びた口調だったメルも、どれだけ暴れようが可憐の腕から逃れられないことを悟ると、情けない口調で俺に助けを求めてくる。
というか、大きな声じゃ言えないが、鍛え上げたこいつの腕力は見かけと違いゴリラ並みだからな。まあ、ゴリラは少々言い過ぎだが……。
「落ち着け。少なくとも、この場にいる変態は俺じゃない。間違いなくお前だ」
可憐の頭を軽く叩く。もちろん力はほとんど入れていないし、髪がクッションとなり痛くもないだろう。髪に触れた拍子に俺の手にサラサラとした感触が残り、鼻にはふわりと香る、シャンプーの良い匂いが広がる。
「なっ、なに言ってんのよ!アタシが変態ってどういうことよ!」
「とりあえず、苦しがってるそいつを離してやれ」
「えっ?」
俺の言葉に、ようやく腕の中でもがくメルに気付いたようだ。
「あ……、あははは……。ごっ、ごめんね」
「う~、がるるる……」
可憐にとっては軽く抱きしめたつもりだろうが、メルにとってはそうではなかったのだろう。まるで熊に襲われた珍獣の如くそこから逃げ出すと、一目散に俺の後ろに隠れる。
「そっ、それよりも、この子はいったいなんなのよ!?」
自分の醜態を誤魔化すように、その勢いは再び俺に向かう。
「あ、あ~、その……、いもう……と?ぐぼぉあぁぁっ!!」
「あんた、ふざけてんの!?そんなの、今まで聞いたこともないじゃない。どう考えても誘拐くらいしか考えられないでしょ。ホントのこと言いなさいよ!」
「う……、ぐ……」
「ちょっと、なに黙ってんのよ!」
いや、違げーよ。言わないんじゃなくて言えないんだよ。お前の2発目の突きが完全に決まって、呼吸すら困難なんだよ!
「ねえ、えっと……。お名前、言えるかな?」
俺に対する態度が嘘のような優し気な表情で、可憐はメルに尋ねる。
「ば、馬鹿にするでない。わっ、我の名はメフィストメルネーゼじゃ」
「メ、メフィ……?ええと……」
「と……、とりあえず……、メルでいいよ。俺も……、そう呼んでんだから」
ようやく整った呼吸で口を挟む。
「そ、そう?じゃあメルちゃん。このお兄ちゃんとはどういう関係なの?ここにいることは、パパやママは知ってるの?」
「無論だ。我はヨータと契約をした身。マ……、母君とて承知のことだ」
「へ、へえ……、そうなんだ。契……約?ね、ねぇ陽太?」
まあ、可憐の気持ちはよくわかる。普通に考えりゃ、『この子なに言っちゃってんの?』ってトコだろう。今の可憐はまさにそんな顔をしている。だが……。
やはり他人はともかく、家族や家族同然の可憐に『妹』などという嘘で騙すのは無理だろう。てか、お袋がこんな話を信じたら離婚まっしぐらだ。最悪俺の嘘のせいで家族崩壊に陥る恐れもある。
一応独り立ちしているとはいえ、俺の生活は砂上の楼閣だ。今のバイトをクビになれば、あっという間に実家に頼らざるを得ない。そんな時に帰るべき実家が無くなっていたら……。想像するだに恐ろしい。
しかも、幼い雨蘭に苦しい生活をさせるのはさすがに心が痛む。
そうだ、何だかんだ言っても可憐は幼い頃から一緒の、信頼できる相手だ。少しばかり悩んだのもわずかのことだ。ここは正直に話すべきだろう。
俺は可憐を真っ直ぐに見つめる。そして、俺の雰囲気が変わったことに気付いたのだろう。
「な、なに?なんなのよ!?」
少しばかり気圧されたように言葉を返してくる。
「いいか可憐。お前は信頼できるやつだし、俺とお前の仲だ。正直に話すよ。だから驚かずに聞いてくれ」




