第8話 ハゲた悪魔は法廷で囁く
古代宇宙ステーションの残骸が、無数の流星となって惑星アクエリアへ降り注いでいた。
赤、橙、白。
砕けた外郭が大気との摩擦で燃え、夜側の海を幻想的に照らしている。
その壮大な光景を背負い、蒟蒻号は学術調査艇「宙風」を腹へ抱えたまま悠々と飛ぶ。
『ふう……どうにか、帰れそうだな』
「ミッション、アコンプリッシュなのヨ!」
「ン……良かった、です」
哲人は操縦席へ深く身を預けた。
隣では理仁亜が胸へ手を当て、ようやく安堵の息を吐いている。
イルマは床へ転がったままのジョーンズを介抱し、ミラリィは流星雨を背景に記念撮影を始めていた。
救出任務は成功した。
まさしく、
**MISSION ACCOMPLISHED**
――と思われた。
だが、そうは転売ヤーが定価で出品しなかった。
ブリッヂの照明が、ふっと消えた。
『む?』
哲人が身を起こした瞬間、蒟蒻号も流星雨も消失する。
上下の感覚が裏返り、視界が白く弾ける。
次に足が地面へ触れた時、一行は巨大な円形法廷の中央へ立っていた。
* * *
高い天井。
雲海のように漂う無数の記録窓。
正面の一段高い席には、三人のおなごが並んでいる。
褐色肌に赤髪、戦士めいた装束で腕を組む――ウルズ。
妖精のようにふわふわと愛らしく、だが胸部装甲だけは凶悪な――スクルズ。
黒髪で眼鏡を掛けた清楚な委員長風、ただし胸は控えめ――ウェルザンド。
地球人類社会の統治機構を司る、”グローバルソーシャルAI”。
その、最高位たる存在……通称、三(駄)女神である。
ここは一万倍加速VR空間。
本来なら学童や学生らが基本的な勉強をする為の物である。
故に成人の加速VR利用は乱用を防ぐため制限がかかっている。
その時間は72秒である。
短っwと思った貴方、だがちょっと待って欲しい。
レートは一万倍なので、時間に直すと八日と八時間である。
これを毎日使い切れる猛者はそういないだろう。
そんなモノに突然接続された……それは即ち、お上によってお白洲へ引っ立てられたという事に他ならぬ。
突然の召喚に哲人は姿勢を正す。
『古代遺跡の件についてですかな?』
「「「exactly(その通りです、だ、だよ~♡)!」」」
ウェルザンドが木槌を鳴らす。
法廷中央へ、惑星アクエリアと、その大気へ突入する残骸群の立体映像が現れた。
「社会環境へ重大な影響を及ぼす可能性がある事案を検知しましたので、責任の所在を確認にご協力を願います」
「ン……分かり、ました」
理仁亜も畏まる。
ミラリィは笑うのをやめ、哲人の隣へ立った。
その後ろで、いつの間にか目覚めていたジョーンズが周囲を見回している。
「ほうほう! 電子法廷か! 久しぶりじゃのう!」
「あなた……どうか、今だけは大人しくなさってくださいませ」
「ホッホウw ワシ程奥ゆかしいおのこはそうは居るまい?」
「ウゼーw ニョホホw」
ミラリィの一笑に、全ての評価が込められていた。
ウェルザンドは咳払いした。
「まずは証拠ログを収集します」
哲人、理仁亜、ジョーンズ。
三人の胸元から、小さな妖精が三匹ずつ飛び出した。
どの組も、ウルズ、スクルズ、ウェルザンドを小さくしたような姿をしている。
個人へ常駐している三柱の分体だ。
九匹の妖精は主人へ一礼すると、本体三柱の胸へ吸い込まれるように消えた。
続いて、三人の背後へ光が集まる。
哲人の後ろへ現れたのは、目隠しをした煽情的な巫女風の女性。
光無比売命。
理仁亜の後ろへは、学生帽と羽織を纏った昭和バンカラ風の傾奇者。
普慈迦羅男。
そしてジョーンズの後ろへ、天使とも悪魔ともつかぬメスガキ。
ムリン。
宇宙世紀のヒットが必ずもっているサポートAI。
即ち、Navi-OSである。
尚、succu=busは主人とナヴィオセラフィムを共有しているため、ミラリィとイルマの背後には別の者は現れない。
『「ああやって、普段から一緒にいる分体の情報を本体へ渡しているのよ」』
光無比売命が、哲人へ身を寄せて説明した。
「「へっ、お陰で普段から『クソ重テェ』ことこの上ないぜw」」
普慈迦羅男が肩を竦める。
「「二割も容量持ってくの、良い加減どうにかして欲しいでしゅね。ピシャシャシャ……」」
ムリンは口元を隠して妖しく笑った。
「仕様ですから~、我慢してくださいね♡ それに~、無かったらもっと面倒ですよぉ~?」
『確かに、言った言わないとか下らない事で争う未来しか思い浮かばんな……』
『「何時も見られてるもの、それ位の事はして貰わないと……ね」』
「まぁそういうこったw ……ヨシ。じゃあ、お前らからもログを出してもらおうか?」
ウルズの要求に、三者はそれぞれ片手を差し出す。
『「お受け取り下さい(スッ♡)」』
「「チッ、ホラよ!(ブンッ♡)」」
「「はいでしゅ!(ポコッ♡)」」
三つの美しい宝玉が宙を渡った。
「はーい、確かに受け取りましたよー♡」
スクルズが両腕で抱える。
三柱の分体が記録した情報。
本人側のNavi-OSが保有する個人ログ。
古代ステーション、蒟蒻号、宙風、地球側支援班の記録。
幾つもの視点が照合され、法廷を埋める記録窓が猛烈な速度で流れ始めた。
ウェルザンドが木槌を鳴らす。
「こほん……では、『アクエリア巨大質量物質不法投棄事件』の審議を開廷します!」
プオオオオオオオオン……。
開廷を告げる法螺が吹き鳴らされた!
* * *
審理は粛々と進んだ。
哲人が古代遺構の隔壁を破壊したこと。
ミラリィがジョーンズを頭から運搬したこと。
理仁亜が救助活動へ参加したこと。
イルマがステーション中枢を解析していたこと。
そして、ジョーンズが古代遺物を根こそぎ持ち出し、後ろ向きにウロウロした末、出っ張りを押したこと。
結果だけではなく、その時点で知り得た情報、他に選べた手段、残り時間、各行動が結果へ与えた影響まで、一人ずつ切り分けられていく。
やがて三柱は、最初の結論を同時に示した。
「星永哲人、陸奥理仁亜、ミラリィ、イルマ。救助、緊急避難、被害回避のいずれにも問題なし」
「その場で可能な限り、適切に行動していました。無罪でーす♡」
「よって放免します」
『ありがとうございます』
「ン……はい」
「にょほほw 残当なのヨw」
哲人たちは一礼し、被告人席から下がった。
そして、
「ファッ!?」
ハゲだけが残った。
「じゃがちょっと待って欲しい! ワシは!?」
「ポチッたのおめーじゃねぇか」
「あんなん事故じゃ偶然じゃ偶々じゃ!」
「事故かどうかも含めて、これから判断しますねー♡」
「なんで! なんでワシだけなんじゃあああ(;´Д`)」
「ニョッホホホホホホ!www ハゲだけ見事にハブられたのヨwww」
ミラリィが腹を抱え、床を叩いて笑う。
イルマだけは笑えない。
「ああ、あなた……」
最初に判定を出したのはウルズだった。
「っつても、アタシは無罪だな」
「おお!」
ジョーンズが拳を握る。
タカ派であるウルズは判断が速い。
施設は既にエネルギー枯渇により崩壊寸前。
ジョーンズに破壊の意図はなく、残骸落下後の被害も現時点では限定的。
さらに遺物と記録の緊急保全には相応の公益が認められる。
処罰して得られるものはない。
そう判断すれば、即座に無罪を出す。
「ですがぁ、わたしは有罪だと思いますぅ~♡」
スクルズは柔らかな笑みを崩さぬまま、人差し指を立てた。
「惑星へ投棄された質量と予測影響を考えると、見過ごせません。判決は――六万五千五百三十五年相当の超加速空間懲役でーす♡」
「六万五千五百三十五年!?」
「電子無間拷問ってやつだな」
ウルズがあっさり補足した。
「ちょっ、待っ――長すぎるじゃろ!? ワシの人生が何周するんじゃ!?」
「現実で六万五千五百三十五年拘束するわけではありませんよぉ。体験時間がそれ相当になるだけです♡」
「受けたヤツは何もかも悟り切った仙人みてーになるから、再犯ゼロっつう、お上イチオシの刑罰だぜ♪」
「オススメですよぉ~?」
「余計に嫌じゃあ!」
柔和なハト派は、処罰が必要と判断した時こそ容赦がなかった。
無罪、一票。
六万五千五百三十五年、一票。
最後の一票を持つウェルザンドは、腕を組んで唸っていた。
「意図はない……しかし予見可能性が……緊急保全の公益……施設自体の危険性……落下物による海洋環境への長期影響も……ウンウン……」
「出たよ、ダブスタがw」
「ダブスタではありません! 考慮すべき事項が多いだけです!」
真面目で中庸。
故に、簡単に何かを切り捨てられない。
三柱の中で最も演算が遅いことで有名な委員長は、一人でウンウンし続ける。
そして、この間隙を見逃すジョーンズではなかった。
「待った!」
人差し指がウェルザンドへ突きつけられた。
「施設の自壊装置に、誤操作防止機構がなかった点はどうなる!?」
「むっ……当然、施設設計上の瑕疵として……」
「異議あり!」
もう一度、ビシッ♡
「ワシが触れた時点で残存エネルギーは限界じゃった。押さずとも自然崩壊した可能性を除外できるのかね!?」
「それは確率分布を再計算して……」
「待った!」
「今度は何ですか!?」
「残骸が落ちた海域に人は住んどらん! むしろ希少元素が海底資源になる可能性もあるぞい!」
「海洋生態系への影響と資源価値を比較して……」
「異議あり!」
「えーん、シツコイ~!(つд⊂)」
これぞ、ハゲた悪魔の囁き戦術。
法廷の規則を破ってはいない。
抗弁権を限界まで使い、判断に困る微妙な要素を正規の手続きでひたすら追加しているだけである。
「ニョホホw レガシー弁護士なのヨw」
ミラリィには大ウケだった。
『むう……ああやって世を欺いていたのか……旧世紀は魔境だな。あれでは何も決まらんのではないか?』
『「今名乗ったらお巡りさんを呼ばれるのも、これなら納得ね」』
光無比売命まで頷く。
旧世紀の弁護士へ盛大な風評被害である。
「「へっ、おのこなら『一発』で『ガツン』と『キメ』やがれってんだw」」
普慈迦羅男は司法制度そのものを放棄した。
「ンン……」
浅ましいジョーンズに理仁亜もドン引きであった。
「ああ、あなた……もうおやめになって……」
イルマだけが、狼藉を重ねる夫をハラハラしながら見守っている。
だがジョーンズは止まらない。
「待った!」「異議あり!」「待った!」「そこは異議ありじゃ!」
「ウンウン……これも考慮……そちらも再演算……(プスプス♡)」
ウェルザンドの眼鏡が白く曇る。
「おう、あくしろよダブスタ委員長w(*´Д`)ノシ(バンバン♡)」
ウルズが卓を叩く。
「ウェルちゃん、がんばれー♡」
「ニョホホ! ダブスタ委員長、まだなのヨー?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン」
「ダブスタっていうなぁー!(´;ω;`) もう良いわよ! 今回は不問! 条件付き無罪!」
ウェルザンドが木槌を叩きつけた。
ジョーンズ、条件付き無罪。
「おお……」
哲人たちは妙に感心した。
「ガハハハハ! 見たか諸君! 真実は常に一つ! 正義は勝つのじゃ!」
ジョーンズは被告人席へ片足を乗せ、盛大にイキリ散らかした。
大変ウザい。
「ただし!」
ウェルザンドの指が、ビシッ♡とハゲへ突きつけられる。
「条件つきって言ったでしょ! 回収した遺物の解析結果と関連研究結果を全て論文にまとめ、発表する前にお上へ奏上すること! 良いですね!」
「えっ」
「この話はおしまい! はいさいやめやめ!o(`ω´ )o」
要するに、持ち帰ったものはきちんと調べ、社会へ公開する前に一度こちらへ見せろ、という条件である。
ところが。
「手柄独り占めとか、とんでもねーお上なのヨw」
「ああ。いくらなんでも横取りはなぁ……」
「ウェルちゃん、やり甲斐搾取は犯罪だよぉ~?」
「ちっ、違います! 危険性と公開範囲の事前確認です! 研究成果はちゃんとジョーンズさんたちの――」
ミラリィ、ウルズ、スクルズから悪徳行政官扱いされ、ウェルザンドの顔が真っ赤になる。
「ほっほう! 分かっとるってw お主も遺物が見たかったからワシらを呼んだんじゃろ? んん~?(ニチャァ…)」
「あ、あなた……それは幾ら何でも……(ハラハラ)」
「いや? 案外そうかもしれねぇぜ?w」
「ウェルちゃん、ずっと身を乗り出してみてたものねぇ~♡」
「なッ!? ~~~~~~ッ!」
声にならぬ叫び。
その瞬間、電子法廷は白い光に呑まれた。
* * *
哲人が目を開ける。
蒟蒻号のブリッヂ。
正面窓の向こうでは、まだ同じ流星が燃えていた。
現実では、ほんの僅かな時間しか経っていない。
『ユリエル、聞こえるかね?』
「“はい、あにさま! 報せは既に。……裁定はどうなりましたか?”」
(※強制ダイブ中の事故に備え、現実世界の関係者へ一報が行く仕組みになっている)
『我々は放免。センセイも条件付き無罪だ。回収した遺物について、解析と論文の提出を命じられた』
通信の向こうで、地上班が一斉に安堵した。
だが、すぐに全員の視線が微妙に泳いだ。
「“論文……ですか”」
「“確かに世紀の大発見ですもんね……”」
「“データをまとめるのにどれだけの労力が……うう……”」
ユリエルが遠い目をした。
一方、当のジョーンズはというと。
「見たまえ哲人君! この器具など未知の空間圧縮技術が――いや、こちらの記録媒体も実に興味深い! 帰ったら早速、次の調査計画をじゃな!」
コスモ・ポーチから取り出した遺物を両手へ抱え、大はしゃぎしていた。
「あなた。まず調査レポと論文をお書きにならなくては」
「それは後でも書ける! じゃが未知は今、ワシを呼んどるんじゃ!」
「ニョホホ。確かに四㌦のヨ……(スッ♡)」
素早くジョーンズの背後に回り込んだミラリィ。
五色の髪が、命冥加な愚か者の頭を捕獲する!
「(。´・ω・)ん?(ガシッ♡)」
「五平餅がな! にょわわわー!(### ゜Д゜)(グリリリッ♡)」
「ぽぽぽぉっ♡(グリリリン♡)」
ズシーム♡
倒れ伏すジョーンズ。
「あなた……流石にこれは庇えませんわ……」
イルマも呆れ果てている。
『やれやれ……こうでもしないと休んでくれぬからな……』
「にょほほw 永遠におやすみなのヨw」
三日三晩不休で勇者行為に及んでいたジョーンズ。
現実から強制的にログアウトである。
首だけ後ろになった状態でいびきをかき始めた。
ようやく、どったんばったん大騒ぎが収まった。
ブリッヂへ静寂が戻る。
その時だった。
グギュルルッポ♡
宇宙怪獣の産声めいた轟音が響いた。
全員が音源を見る。
そこには、両手で腹を押さえた理仁亜がいた。
「ン……その……ちが……あうぅ……(カアァ♡)」
一拍。
ブリッヂに大爆笑が起きた。
「ニョホホホホ! 宇宙ステーションより先に、リニアの腹が崩壊するのヨw」
『ンフッ……確かに、救助から裁判まで騒ぎ通しだったからな。食堂へ行こうか』
「ン……はい……お好み焼き食べたい、です……」
『それでは、スペシャルミックスモダンを作るとしよう』
哲人たちは赤面する理仁亜を伴い、食堂へ向かった。
救助の後も。
古代遺跡が爆発した後も。
電子法廷へ呼び出された後も。
人は腹が減れば飯を食う。
妙に所帯じみた宇宙紀行の、長い一日はようやく終わろうとしていた。
なお、ジョーンズはそのままブリッヂへ打ち捨てられた。




