第7話 古代文明のスイッチは押す前に用途を確認しよう、ヨシ!
古代宇宙ステーションの入口は、見つからなかった。
代わりに、出口らしきものは見つかった。
「ン……あれ、船……ですよね?」
理仁亜が指した先。
環状構造物の影に、明らかに周囲とは異なる金属光沢があった。
蒟蒻号が慎重に回り込むと、巨大な船舶用ドックが姿を現した。
その奥へ、見慣れた学術調査艇が一隻、行儀よく係留されている。
『おお、宙風だ』
「にょおお! ハゲ号みっけなのヨ!」
船籍番号も外装の傷も一致した。
ジョーンズとイルマが、この古代施設へ入った証拠だった。
だが、ちょっと待って欲しい。
歴戦の猛者はこういう時ル〇ンダイブなどせぬ。
まず蒟蒻号を宙風へ寄せ、船底中央の増設プラグ(蔵智作)を接続する。
係留状態と気密を確認し、曳航制御を蒟蒻号へ移す。
ガコォン♪
これで蒟蒻号は、風船が腹に引っ付いて歩きにくくしているぬこの様になった。
「接続、完了。宙風とのリンクも正常です」
『よし。これなら二人を連れ戻し次第、すぐ出られる』
「ニョホホ。遊びに行く前に帰り支度。去ぬまでがミッションなのヨw」
『遭難者を迎えに行くのだ。遠足ではない』
「ン……おやつは幾らまでです、か?」
『ンフッ、理仁亜、君まで何を言っているんだね』
「ン……わたしも……混ざってみたかった、の……(ポッ♡)」
『フッ、そうかねw』
「ニョホホw すっかり蒟蒻色なのヨw」
「ン……それはなんか……ヤダ……」
彼女の背負った救難用バッグには、携帯食が六人分入っていた。
宇宙の果てでも、腹は減る。
哲人は何も言わず、自分の工具袋へ予備の水筒を加えた。
* * *
果たして三人は、ドックの連絡口から普通に施設内部へ入った。
意外にも空気はあった。
呼吸可能。
温度も人体の活動範囲内。
生命維持装置は健在のようだ。
壁面に刻まれた幾何学模様が、脈を打つように淡く明滅しているのが如何にもそれっぽい。
途方もない年月を経た遺跡とは思えないほど、内部は綺麗だった。
塵は薄い。
隔壁に腐食はない。
床材には、つい最近まで誰かが歩いていたような光沢すら残っている。
だが、動いている設備はほとんどなかった。
「”通信確立、感度良好! サポートはお任せください! 其方はどうですか?”」
『ありがとう、良好だよ貴将君。そして内部も保存状態は良好……だが、それ以外は沈黙しているようだね』
「ニョホホw セキュリティガバガバなんヨw」
『お陰で余計な心配はせずに済むがね』
試しに理仁亜が沈黙した端末へ触れるも、反応はない。
「ン……変、です」
『何がかね?』
「物が、なんにも無い、よ?」
壁や大型機械は残っている。
固定された台座も、棚も、何かを収納していたらしい窪みもある。
しかし、記録媒体、小型端末、工具、資料。
持ち運べそうな物だけが、不自然なほど見当たらなかった。
「去ぬ時持ち逃げしたんやろかのヨ?」
ミラリィの五色の髪が通路の先を探る。
『だとすれば、逃亡せねばならん程の相手がまだ居るかもしれぬ。警戒を厳とせよ』
「ラジョッ。ローグならボコしておもちゃになってもらうのヨw」
『ついでにかかった費用の足しにさせてもらうとするかね……』
「ン……賞金って高い、の……?」
「にょほほ、たけーヤツは滅多とおらぬのヨw」
『有象無象は二束三文だね、お陰で誰も狩りをやりたがらぬ故、私たちに回ってくるのさ』
などと軽口を叩きつつ。
三人は足跡を追った。
床には、重い物を何度も運んだような擦れ跡がある。
ドックと施設中枢を往復し、さらに枝分かれした各区画へ伸びていた。
やがて通路が開ける。
巨大な円形区画。
その中央に、建物ほどもある結晶体が浮かんでいた。
青白い光が内部をゆっくり巡り、無数の細い光線が床や天井へ伸びている。
セントラルコア。
思わず「おお……」と息を飲む哲人ら。
その手前で、眼鏡の女性が端末を睨んでいるのが見えた。
『イルマ! 無事かね!?』
哲人の声に、女性が顔を上げる。
「おや、これはマスター星永。ミラリィ……とそちらは? どうしてこちらへ?」
解析をジョーンズに押し付けられたのだろう。
やつれてはいる。
だが怪我も衰弱も見当たらない。
無事に安心していると、結晶体の裏から、両腕一杯に古代の器具を抱えた大男が現れた。
このオサーンこそが、哲人らが探し求めていた人物。
宇宙考古学者にして旅団「熱き冒険者」の団長。
ジョーンズ・レイダースである。
通信の向こう側にて、地上班が悲喜こもごもにざわめいた。
「(。´・ω・)ん? おお、哲人君ではないか! 君も気になって追ってきたのかね! 見たまえ、こいつは凄いぞい! この施設はな、既知の科学文明系とも魔導文明系とも構造が――」
『……センセイ』
「しかもじゃ、この記号列は転移座標の指定法かもしれん。まっちゃんの手掛かりへ――」
『センセイ!』
「ん? どうした、恐い顔をして」
『二か月以上も、一体貴方は何をしていたのです?』
「”そうよ!(便乗)いつまでほっつきあるいてるの!?”」
ジョーンズは目を丸くした。
「ファッ!? 二か月じゃと?」
『皆、心配していたんですよ……特にユリエルが……』
「いやいや、ちょっと待ちたまえ。ここへ来て、えーと、2.3時間くらいかの?」
「もっと経っておりますよ、あなた……定時連絡はなさったのですか?」
「(。´・ω・)ん? おおーそうじゃった! 漁るのに夢中で忘れとったわwww ガハハwww めんごめんごwww」
「”むう……この宇宙坊主がぁ……ゆ゛る゛さ゛ん゛!”」
怒れる地上班。
だが何か、妙に会話が噛み合わない。
しかもジョーンズには、悪びれた様子が一切なかった。
『むう……センセイ、貴方は一体、何日……』
「ホッホゥw まぁそりゃエエじゃろw おぬしらも良い時に来た。遺物の整理を……」
「……このハゲェ……ッ!(ガシッ♡)」
普段なら語尾に付くはずの「ヨ」が消えていた。
ミラリィの髪がジョーンズの頭を掴む。
「ちょ、待ってミラリィちゃん、ワシはハゲてな――」
「にょわー!( #゜Д゜)(グリッ♡)」
「ぽぉっ!?(グリン♡)」
ジョーンズの頭だけが後ろを向いた。
首から下は正面。
顔は背面。
顔だけ後ろの刑である。
「はぎょお! 哲人君! 前が後ろで後ろが前じゃ! まっすぐ歩けんぞぉ!」
『やれやれ、インガオホーですよセンセイ』
* * *
「接舷から七十四時間四十八分三十二秒です」
イルマは自分の行動記録を表示した。
蒟蒻号の標準時刻と照合する。
誤差ではなかった。
外では二か月以上。
古代遺跡の内側では、約三日。
イルマが提供したデータを共有した地上班が考察に加わる。
首だけ後ろゾンビになったジョーンズは、一行の背後で唸りながらウロウロしていた。
「”この施設を通常空間から隔離していた「虚空隙結界」が、時間の進み方にも影響していると思われます”」と、貴将。
『虚空隙結界……この資料にある隠蔽装置のことかね?』
「”はい。施設の機能はほぼ停止しています”」
「”健在なのは生命維持装置と、結界発生機構だけのようだ”」と億代。
「”エネルギーは~ほぼすっからかんだよぉ~(*'ω'*)”」と蔵智。
『では、センセイがここに来れたのは……』
「”にゅ~ん、電池切れした時だったんだろねぇ~(*'ω'*)”」
「安物のペンライトみてーなのヨw」
結界は安定していなかった。
発生し、弱まり、消え、また発生する。
約二か月前、その結界が偶然消えた瞬間、宙風はこの遺跡を発見した。
ジョーンズは当然のように飛び込み、その直後に結界が再起動した。
宙風ごと通常空間から消え、外との通信も途絶えた。
貴将たちが捉えた空間の揺らぎは、電池切れ寸前の結界が明滅していた痕跡だったのだ。
「”それにしても、あの碑文だけでそこまで行って、たまたま電池切れって……相変わらずキモいですね!”」と約呼。
「”にゅ~ん、きもーいw(*'ω'*)”」
「にょほほ、キッショw」
『では、センセイたちは本当に三日しか経っていなかったのか』
哲人は巨大な結晶を見上げた。
二十五年前に消えた父にも、二十五年が流れたとは限らない。
根拠のない願いでしかなかった「まだ生きている」が、初めて宇宙の仕組みとして形を持った。
哲人は一度だけ目を閉じ、それから息を吐いた。
『さて、ともあれ用向きは済んだ。帰ろうではないか。まずは全員、無事に帰る事だ』
「ン……はい……」
理仁亜が静かに頷いた。
その時、ミラリィが空っぽの棚を指した。
「そういやイルマ。ここのお宝、誰が持ってったのヨ?」
「うちの人です」
即答だった。
『……全部センセイの仕業かね?』
「はい。わたくしはセントラルコアの解析を続けていましたので、その間、うちの人には自由に調査していただきました」
イルマが記録を開く。
ジョーンズは三日間、寝食を惜しんで施設内を駆け回っていた。
ツボは割られ、箪笥は漁られ、引き出しは全てぶちまけられた。
資料、記録媒体、小型器具、正体不明の遺物。
持てる物は抱え、持てない物は台車へ載せ、片っ端から自身の※コスモ・ポーチに放り込んでいたのだ。
(※重力空間圧縮機能により、東京ドーム10個分の容量を持つ市販のアウトドアグッズ)
床の擦れ跡の犯人も。
空っぽの棚の犯人も。
既に遺跡を漁った先客も。
すべてジョーンズだった。
「”うわ!(ドンビキ)根こそぎですか? うわぁ……”」
「”はわ! キモいです!><”」
「”キモーい! ハゲ、キモーい! きもくさい!(´;ω;`)”」
「”見下げ果てた浅ましさよ……(ワナワナ)”」
「ハゲ、古代遺跡で勇者行為してやがったのヨw」
『なんと……賊ではありませんか』
「違うぞい。これは散逸を防ぐための緊急保全じゃw」
後ろ向きのまま、ジョーンズが胸を張った。
「あなた。どうか大人しく縛に憑いてくだされば……」
「はぎょ!? イルマまで!? わしゃローグちゃう! 何も悪くないぞい!」
見苦しく言い逃れ、ワチャワチャするジョーンズ。
その時、視界を失った手が、背後の操作盤を撫でる。
「おっ? 何か出っ張りに手が引っかかったぞいw」
ポチッ♡
ムイー! ムイー! ムイー!
ムペペッ! ムペペッ! ムペペッ!
ペーッペーッペーッ……!
某木馬のアラームの様な音と共に照明が全て赤い光に変じる。
「ンッ……!?(ビクッ♡)」
『なっ、センセイ……何となく予想はつきますが……何を押したんですかな?』
ワーニン! ジセルデストラックシーケンハズビアクティベイテッ!
施設全域へ警報が響く。
リピー、ジセルデストラックシーケンハズビアクティベイテッ! ディスシーケンメイノッビーアボイテッ! オールヒロユキ――
「ンン……? 哲人さん、古代遺跡なのに、英語、なんだ、ね……?」
「”おお、賢台よ、元の音声データだと不備があろうかと、この億代が差し替えておいたぞ”」
『そ、そうか……ありがとう億代君……(ミケンモミモミ)』
「アレ? ワシなんかヤッ♂ちゃいました?」
ミラリィは無言でジョーンズの頭を掴んだ。
「にょわわー!(## ゜Д゜)(グリリッ♡)」
「ぽぽおっ♡(グリリン♡)」
「”ヤッ♂ちゃった? じゃないわよおじいちゃん! あなたって人はホントにもー!(プンスコ♡)”」
ジョーンズはそのまま泡を吹いてバッタリ♡と倒れ伏す。
逆方向に喰らった事で、頭だけは人類として正しい方向へ戻ったようだ。
「は! 自壊シークエンスです!」
イルマが操作盤へ飛びつく。
「停止命令、受け付けません。エネルギー炉の崩壊まで――三十秒」
「短っw ニョホホw」
『ドックまでの距離は?』
「”経路検索……通常経路では、間に合いません!”」
哲人はドックの方角を確かめた。
隔壁が何枚あるか。
通路が何本あるか。
そんなものは問題ではない。
『ヨシ! 無ければ作るまで! ミラリィ、アレをやるぞ!』
「ラジョッ!」
二人が並び、腰を落とした。
呼吸が重なる。
『今だ! パワーを拳に!』
「いいですとも! ニョホホ!w」
ブン!
ズオォォオ!
拳が同時に突き出された。
圧縮された重力が砲弾となって疾走する。
第一隔壁を粉砕。
通路を横切り、第二隔壁を貫通。
扉も配管も壁もまとめて吹き飛ばし、ドックまで一直線の大穴を穿った。
「ンン……ッ! わぁ……すごい……(キラキラ♡)」
『理仁亜、イルマ、失礼する!』
「えっ――ンンッ♡」
「ひゃっ……! マスター星永、お願いします!」
哲人は二人を左右の腕へ抱えた。
『ミラリィ、うぬはセンセイを捕獲連行せよ!』
「ラジョッ!(ムンズ♡)」
ミラリィは気絶したジョーンズの頭をむんずと掴み、荷物のようにぶら下げた。
「”二十秒!”」
三人分を抱えた二人が走る。
一反木綿の様にブラブラたなびくジョーンズ。
床がめくれ、背後で結晶が砕けた。
警報と爆発音が一直線の穴を追ってくる。
「”十秒!”」
ドックへ飛び込む。
地上班の操作で蒟蒻号のエンヂンは既に臨界だ。
蒟蒻号のハッチが開く。
全員を船内へ放り込み、ミラリィの髪が操縦系へ接続された。
「”五、四――”」
『緊急発進!』
蒟蒻号がドックを蹴った。
増設プラグに固定された宙風と共に闇へ飛び出す。
「”ゼロ!”」
遺跡の中心が白く膨らんだ。
次の瞬間、長大な年月を生き延びた古代宇宙ステーションは、音もなく爆発四散した。
環状外郭が砕け、無数の破片が惑星アクエリアへ引かれていく。
大気圏へ落ちた破片は赤く燃え上がり……。
惑星の夜を覆い尽くす、壮大な流星雨となった。
その光を背に、蒟蒻号は宙風を抱えて飛ぶ。
ジョーンズ、捕獲。
イルマ、回収。
宙風、回収。
遺物、資料、解析データも確保。
田楽側、全員生還。
そして、極めて貴重な古代文明の歴史標本が一個、消滅。
「”……あにさま! 御無事ですか!”」
たまらず叫ぶユリエルにミラリィが答える。
「ミッション、アコンプリッシュなのヨ!(ゲラゲラ)」
『やれやれ、救助という意味では間違いではないがな……我らは無事だよユリエル』
「”ですが、ああ……貴重な歴史標本が……”」
「”落っこちちゃいましたねぇ~”」
「”綺麗だねぇ~、にゅふふ~(*'ω'*)”」
「”むう……何処までも命冥加な宇宙坊主よ!”」
「ン……博士が起きたら、どうします?」
哲人は床へ転がるジョーンズを見た。
正面を向いた頭は、妙に満足そうな顔で眠っている。
『フッ、後始末をまかせるさ』
「”ホントにもう! 論文書き終わるまでデスクに五平餅みたく括りつけてやるんだから!(プンスコ♡)”」
「ン……何本くらい書くんです、か?」
『アクエリアへ落ちた流星の数だけってのはどうかな?』
「”あにさま、それだけじゃ足りないわ!”」
「にょほほw ハゲには丁度エエのヨw」
古代文明の謎と、父へ続くかもしれない手掛かり。
その詳しい話は、ジョーンズが目を覚ましてからになりそうである。




