第5話 何もないところにある何か
目覚ましより先に、味噌汁の匂いで目が覚めた。
零番地コロニー緊急退避ドック。
二十四時間待機措置の解除を朝に控え、哲人は割烹着姿のまま鍋をかき混ぜていた。
豆腐とわかめ。それに余っていた薄揚げ。
宇宙へ出ようが、古代魔導文明の秘密を聞かされようが、朝になれば腹は減る。
銀河の謎より、まず朝飯である。
「ニョホホ……。朝から味噌汁とは渋いのヨ……(モッサー♡)」
『起きたかね。鮭も焼けているぞ』
「ン……おはよう、ございます……(モファ♡)」
ミラリィの後ろから理仁亜が現れた。
二人とも寝癖だらけである。
何故か同じ側の髪が跳ねていた。
『君たち、結局同じ部屋で寝たのかね』
「監視なのヨ!」
「親睦……です……!」
『仲が良いなら何よりだ』
「「よくない!」のヨ!/です!」
息だけはぴったりだった。
* * *
朝食を終え、食器を片付けた三人は食堂の壁面モニターを通信卓へ切り替えた。
画面の向こうに映ったのは、地球・近畿エリア大学、宇宙考古学科棟の研究室である。
行方不明になったジョーンズの塒。
積み上がった資料と発掘品の間から、ユリエル・レイダースが姿を見せた。
「おはようございます、あにさま。そちらはもう出発できますか?」
『あと四十分ほどで待機解除だ。それまでに昨夜の件を共有しておこうと思ってね』
ユリエルの後ろには四人の男女がいた。
古代語翻訳を担当する翻見約呼。
宇宙自然科学と観測解析の専門家、世峰矢貴将。
機械へ関わる万難を大体何とかする古巣蔵智。
操舵、主計、内務を一手に担う宮田億代。
ジョーンズと十年ほたえ散らかしてきた、旅団「熱き冒険者」の中核である。
『さて、零番地宇宙戦姫神社のホゥシエルさんから、古代魔導文明について話を聞いた……』
哲人は昨夜の会談をかいつまんで説明した。
太古、既に恒星間へ進出した魔導文明が存在したこと。
彼らが地球へ侵攻し、地球の英傑たちに敗れたこと。
ワルキュリエが、その戦いの中で生み出された存在であること。
ただし、ジョーンズの失踪と直接関係する証拠は、まだ一つもない。
「古代人が宇宙へ出ていたという伝承自体は各地にあります。でも、実在した文明の話としては随分と解像度が高いですね……」
約呼が腕を組む。
「小生も同感です。まるで、ご自身で体験なさったような……神話を自然現象の比喩として読むことはありますが、史実の可能性は大いにありうるかと……」
「おじいちゃんは、そのことを知っていたのかな……」
ユリエルは、ジョーンズの空席を見た。
乱雑な机の上には、飲みかけのまま化石と化した茶と、途中まで書かれた論文と、何故か木彫りの鮭をくわえた熊が置かれている。
主が二か月いなくとも、その席だけは今にも動き出しそうだった。
『分からん。今は出来る事をするしかないな。グリーゼ七二五を普通に調べてみよう』
「はい。こちらでも、おじいちゃんが出発前に扱っていた資料を洗い直します」
哲人の隣で、理仁亜が小さく頭を下げた。
「あの……改めまして……陸奥理仁亜、です。よろしく、お願いしま……」
その時、通信画面の上に、新しい窓が強引に割り込んできた。
「おう、話は済んだか!」
宇宙港管理AI――網元である。
『むう、網元さんでしたか』
「(唐突)なのヨw」
「時間だからな。二十四時間待機は今をもって解除。グリーゼ七二五への航路申請も受け付けた。……その前にだ」
網元の視線が、理仁亜へ向いた。
「コンパネの中身を片付けさせてもらおうか」
「ン……(ビクッ♡)」
理仁亜の背筋が伸びた。
「結論からいうぜ。これは密航だな」
食堂から音が消えた。
「出航時点でそのムスメは任務関係者でも団員でもねえ。一般人が許可なく船へ潜り込み、地球圏外まで運ばれた。ここは誤魔化せん」
『そうですね……。私も確認不足でした』
「だが、記録は全部見た。これはそのムスメが勝手にやったこと。哲、そんで5色毛玉にも、一般人を連れ出そうという意図はねえ。発見後は直ちに報告し、指示にも従った」
網元は、にやりと笑った。
「っつう事で、事情、経緯、故意性、悪質性。全部合わせて、罪科を問う必要なし。以上だ」
理仁亜の肩から力が抜けた。
「あ、ありがとうございます……!」
「ただし!」
「……ンッ!(ビクッ♡)」
「『密航したけど悪気はなかったのでヨシ!』だけじゃ、後の書類が困らぁな……やけん、言い訳を聞こうじゃぁねぇか」
と、網元は白紙の申述書を画面へ表示した。
『むう……今すぐですかな?』
「exactry(その通りだぜ)! ほれ、あくしろよこの野郎w」
「にょほほw 煽り運転禁止なのヨw」
「チッw いうじゃあねぇかw 待っててやるからさっさと書きなw」
「では、小生が……」
『おお、助かる貴将君』
「ナイスタッカw ニョホホw」
貴将はそう言って暫し虚空を見つめたのち、サササとドキュメントを作成した。
「……ヨシ! 申述書を提出します!」
そこには、こう書かれていた。
――陸奥理仁亜は以前から星永哲人の旅団への加入を希望していた。
――出航時、格納庫内で作業中に誤ってコンパネ内部へ転落。
――作業botが本人に気付かずコンパネを格納し、そのまま出航してしまった。
哲人は三度読み返した。
『……貴将君。これは、いささか無理がないかね』
「奇遇だな。俺もそう思う」
「ニョホホホw 密航よりアホっぽいのヨw」
「あうぅ……(カァァ)」
「申し訳ありません、小生も如何とは存じますが、気の利いた理由が思いつかなくてですね……」
「事実を覆すのだからやむを得まい。気に病むでないぞ貴将」
「ありがとう億代君!」
「だが、加入希望は本当だ。船へ乗る気も本当。受け入れの意思もある。全部が嘘ってわけじゃねえやな……」
網元は指先で申述書を軽く叩いた。
「ヨシ!……そういう事にしといてやるよ♡(ニヤリ♡)」
地球側の画面で、約呼が小声で呟いた。
「これ、現代語では『貸し一つ』って読みますよね」
「にゅふふん♡」
蔵智が妖しく笑う。
「ただな、この方便を通すには一つ足りねえ。『旅団への加入希望者だった』って部分だ。”これホントじゃないわ! この子は団員じゃないもの!”ってヤツだ……」
『む? 本当、とは?』
「って事で、そのムスメを咥え挿れて、直ぐに旅団結成を申請しな!」
『今からですか!?』
「今だ!」
「ニョホホw ”だったら今作ればいいだろ!”なのヨw」
『やれやれ……中々の筋肉理論だな……(ポリポリ)」
* * *
現在の旅団制度では、結成に必要な構成員は三名。
リーダーが正規スペースライダー。
活動拠点となるベースシップを所有。
他の構成員はスペースライダーである必要ナシ。
専門家、技術者、一般協力者。
責任者の下で役割を持って活動する者なら加入できる。
さらに規制緩和の結果、succu=busも正式な頭数へ含まれる。
(サビ終間近MMOみてーな条件だな……)
つまり。
リーダー兼正規スペースライダー、星永哲人。
一般団員、陸奥理仁亜。
succu=bus、ミラリィ。
ベースシップ、アリコーン級高性能探査船。
レディーパーフェクトリー。
準備は全て整ったw
「ニョホホ! ミラリィ一人で一人前なのヨ!」
『普段から一人前らしく、ひっつかずにいてくれたら助かるのだがね(モフモフ♡)』
「テットに髪をシュルッ♡とすんのがミラリィの仕事なのヨ!(シュルッ♡シュルッ♡)」
「申請フォームが出来たぜ。代表者名、活動目的、構成員……はもういいから、ベースシップと旅団名を記入しやがれ」
『旅団名……か……(ウーン)』
「テットはデフォ名変える派なんヨw」
「あー、そりゃ迷いますねぇ……w」
「小生もこういうのは凝り過ぎて一時間は止まりますね……w」
「ボクはデフォでさっさとやる~(*'ω'*)キャッキャッ」
「うぬはものぐさなだけだろうw」
ワチャワチャやりよる「熱き冒険者」の面々。
それを聞き流しながら哲人は腕を組んだ。
こういう時、勇ましすぎる名をつけると後で気恥ずかしい。
かといって、あまり適当でも示しがつかない。
航路、旅、人、未来。
いくつかの言葉が浮かんでは消えていく。
ありふれた、言葉だけ……。
あの日あの時あの場所で……。
『うーむ、見知らぬ二人のまま……か……(ブツブツ)』
その横で、全く別のことを考えていたミラリィ。
ピコン♡と閃くと、哲人の袖を引いて問う。
「テット、テット。晩飯、蒟蒻食べたいのヨ。味噌か何か(適当)憑いてるやつヨ。あの料理、なんだったのヨ?」
『蒟蒻? 田楽のことかね? うぬは相変わらず趣味が渋いな……』
そのx(旧Twitter)を聞き逃さなかった網元。
即座に反応し、申請を秒で通した!
「蒟蒻号をベースシップにする旅団『田楽』だな! ヨシ! 受理したぜ!」
『えっ!?』
「にょ?w」
「「「「「huh?(太いぬこ)」」」」」
「登録完了! 変更は不可だ! あばよ!」
『ちょw』
プツン♡
網元の通信が切れた。
数秒の沈黙。
それからミラリィが机を叩いて大笑いした。
「ニョホホホホホ! 旅団田楽! 蒟蒻号の田楽! テット、今日から田楽なのヨwww」
「で、でも……覚えやすくて、いいと……思います……(プルプル)」
『理仁亜。笑いを堪えてから言いたまえ』
地球側も酷かった。
ユリエルは何が起こったのか分からず呆然とするのみ。
約呼は画面の外へ顔を背け、蔵智は机に突っ伏し、貴将は眼鏡を外して目頭を押さえている。
億代だけが厳粛に頷いた。
「蒟蒻は低カロリーで食物繊維も豊富。田楽は善き名である」
『億代君。慰めはありがたいが、今は止めてくれ……』
その日。
新生旅団「田楽」が爆誕した。
代表、星永哲人。
ベースシップ、蒟蒻号。
団員、陸奥理仁亜とミラリィ。
銀河へ漕ぎ出す新たなパイオニア集団としては、あまりにも味噌の匂いがする船出であった。
「ンンッ……!――でしたら」
笑いの収まった通信画面で、再起動したユリエルが姿勢を正した。
「旅団『熱き冒険者』副団長として、旅団『田楽』へ旅団間アライアンスを提案します」
「にょおお、ユリっぺ、無かった事にしたのヨ?w」
「もうっ! 茶化さないで! 如何ですか、あにさま……」
声も表情も穏やかだったが、そこに孫娘としての甘えはなかった。
一つの組織を代表する者の顔だった。
「田楽が独立した旅団になっても、目的は変わりません。私たちもおじいちゃんを捜す。あにさまたちも久松さんを捜す。二人の航跡は同じ場所へ続いています」
『対等な旅団として手を組もう、ということかね?』
「はい。私たち地上班の知識と、あにさま達現地班の行動力。どちらも必要になるはずです」
哲人は理仁亜とミラリィを見た。
「ン……もちろん……!」
「ラジョッ!」
『旅団田楽代表、星永哲人。謹んでお受けしよう』
二つの旅団章が画面上で重なり、新しい登録証が発行された。
旅団「田楽」。
旅団「熱き冒険者」。
旅団間ユニオン――「熱き旅団」。
「これで、正式に一つのチームですね」
『うむ。名の混ぜ方まで料理のようだがね』
「ニョホホw 煮込むのヨ!」
こうして密航騒動は、一人の罪人も出さず、一つの旅団と一つのユニオンを生んで決着した。
制度とは、人を締め出すためだけにあるのではない。
事故も失敗も起こす人間を、それでも社会の中へ戻し、再び働ける場所へ運ぶためにもある。
少なくとも網元は、そう使った。
少々(?)、力技ではあったが……。




