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第3話 おとぎ話は終わってなかった

 鉄板の上で、豚玉がじゅうじゅうと鳴いていた。


 零番地コロニー緊急退避ドックに収容された新造船。


その食堂で、哲人はヘラを片手に理仁亜を見た。


『さて、君は、どうやって宇宙港へ? 一般人は立ち入り禁止の筈だが』


「ン……やきうを……見に行ったんだ、よ?」


『……む? スパローズの事かね?』


「ニョホホ! クソ雑魚ナメクジ球団なのヨ!(ゲラゲラ)」


 泉大津フェニックス・スパローズ。


 宇宙世紀においては、宇宙さんの過酷な環境に対応すべく、ヒットの肉体は生体ナノマシンによって過激にビルドアップされている。


 そのパワーレシオは、一般人でも常人の25~30倍相当にも達する。


 アスリートに至っては更にその倍以上。

(超獣〇兵に例えるならダー〇ルブさん並み)


 そんなやべーレベルの身体能力を一切制限せずに行うやきう、「コスモやきうリーグ」の古参チームである。

(ナノマシン強化ナシの生身状態に制限して行うのがクラッシックやきう。アマチュア、旧NPB及び旧MLBもこのスタイル)


 その歴史は意外と古く、コスモやきう設立当初のスタート球団だったりする。


 尚、その実力は……w


 潮見フェニックス宇宙港の周辺は、球場や商業施設、スーパー銭湯「潮見スパ」まで備えたフェニックス・エンターテイメントパークとして一般開放されている。


 だが、宇宙港区画そのものへ入るには、当然ながら相応の理由が要る。


 そこで理仁亜は地元球団、泉大津フェニックス・スパローズの観戦券を買った。


「ホームゲーム終了後に限り、電子半券を宇宙港行き臨時送迎スペースバスの乗車資格として使える」からである。


 つまり球場までは普通の客。


 宇宙港までも正規入場。


 そこから先だけ密航者という寸法。


『なるほど。中々考えたね』


「にょほほ、警備ザル杉内なのヨw(ゲラゲラ)」


『まぁ、密航なんぞせずとも、港に入れたら普通に乗船すればいいだけだからな……』


「TO-DAIデモクラシーなのヨ! にょほほw」


「ンン……。お父さんの影響で、スパローズファン……だよ……」


『ふむ。慧之久兄者の……で、試合の方は?』


 理仁亜は遠い目をした。


「四対三十三でした」


『ンフッ……まぁそうだろうねw』


「ニョホホホホ! Han-Shin関係ないのヨ! また張り倒されよるんヨw」


 相手は常勝球団サテライトジュピター・雑魚川モブズ。


 昨夜の日刊コスモやきう泉州版のタブロイド。


 スパローズのテック=ノムリシュ監督は試合後、


 ”そうさ……俺は……

 SENSHUたちは頑張った。

 モブズから4……点も取った。

 MIRAI……は明るい。

 お と ぎ ば な し は 終 わ り さ ……”


 と、敗戦を異次元へ置き去りにする談話を発表。


 激昂した暴徒ファンから、腹心であるヘッドコーチのグレブ=ブヒーヒと共に怒りのマッスルドッキングを食らい、昏倒。


 そのまま辞任したという。


 後任の代行には打撃コーチのフジット=テンパス。

 ヘッドコーチには戦術分析メンターのサットス=マツイがそれぞれ就任した。


 なお、一面の隅に小さく


「家族サービスで偶然観戦していたスペースガーディアン第九十六分隊司令ジャン・クロウェンは、暴動鎮圧へ駆り出された。帰宅後、子供たちから「お父さんなんか大嫌い」と言われたらしい」


 という悲しいジャーナルが報じられていた……。


 ジャン・クロウェン司令は、哲人がガーディアン時代の上司。


 彼の元には何故か問題児ばかりが集うという、生粋の苦労人である……。


『司令……(´;ω;`)ウッ……』


「ニョホホw ジャンのオジキ、やきう見に行って毛根まで鎮圧されとるのヨw」


『笑い事じゃあないぞ……(´;ω;`)ウッ…』


 涙を堪え、哲人は豚玉を三等分した。


 理仁亜の皿だけ、心持ち大きい。


 先ほど手合わせを終えたばかりの彼女は、既に豚玉二枚と焼きそば一人前を平らげている。


 戦友が増えたというより、食費が増えたような気もする。


『しかし、そこまでして押しかけるとはね。ここに来る前、ミラリィと何やらウニャウニャしてたそうだが、それと関係が?』


「ン……。わたしが勝手に勘違い、して……。勝手に……諦めてた……だけだって……(カァァ)」


 理仁亜は少し恥ずかしそうに笑った。


 哲人が宇宙へ出ると知った二日前。


 彼女は「もこやん」へ赴き、ミラリィと対談したらしい。


 二人で腹を割って話し、その間にアイス最中が三十個ほど消滅した(?)


『むう、それでアイス最中が随分減っていたのか……む? 確か三十は減っていたな……? 院の子たちではなかったのか。……アレを一人でかねw』


「あ、あぅ……(>_<) ミラリィちゃんが、全部、わたし次第……だと……」


「ニョホホ。ワルキューレは諦めんのヨ」


『なるほど。それで保存食と一緒にコンパネへ……という事かね』


「ン……。(コクリ)」


『そこは少し諦めてもよかったのだぞ?』


「ン! 嫌……です……!(プイッ♡)」


『むう……(ミケンモミモミ)やれやれ……む? と言う事はミラリィよ、うぬはこの事を知っておったのか?』


「にょほほw」


 こうして、ワルキューレは止まらなくなった。


     * * *


 どうせ二十四時間は飛べぬ。


 地球の待機組に定時報告を済ませた三人は零番地コロニーへ繰り出した。


 円筒形居住区の空には青空が投影され、午後の日差しまで律儀に再現されている。


 商店街の軒先には提灯が連なり、遠くから祭り囃子が聞こえてきた。


 最初に訪ねたのは、哲人の伯父・松一が営む分店「もこごやん」である。


「おう哲っちゃん。船ごと留置場にぶち込まれたんだって?」


『緊急退避ドックだよ、ショウ伯父さん』


「同じようなモンだろw」


 突然の訪問にも松一は驚かず、三人を奥の座敷へ通した。


 哲人は、ジョーンズが二か月前から消息を絶っていること、グリーゼ七二五星系へ捜索に向かうことを簡潔に話した。


「あのハゲ先生がねぇ。困ったモンだな……」


 松一は腕を組み、しばらく黙った。


「まあ、あの人なら死んじゃいねえだろ。見つかるといいな」


『ああ。必ず見つけ出すさ』


「ニョオオ! 絶対に狩るのヨ!( ゜Д゜)」


「狩るのかい!?(ビクッ♡)」


 そういうヤリ♂取りをニ、三続け。


 微妙になった空気を、松一は自ら柏手で叩き割った。


「あ、そうだ(唐突)。今日、英霊戦姫慰霊縁日やってるぞ。暇なら彼女二人侍らせて遊んで来なよw」


「にょほほ♡」


「ン……♡(ポッ♡)」


『むう……。二人とも団員だぞ?』


「そういうことにしといてやるよ♡」


 店のサービス用浴衣を借り、三人は着替えた。


 哲人は紺。


 理仁亜は白地に淡い朝顔。


 ミラリィは五色の髪へ喧嘩を売るような、派手な金魚柄である。


『伯父さん。宇宙戦姫神社の主人に会う約束があるんだ』


「ああ、あの美人の巫女さんか。なら手土産が要るな。あの人、めっちゃ食べるからなw」


『むう? そんな風には見えなかったが……』


「ここらの名物さw 昨日も向かいの中華の大将んとこで食い倒れてたぜw」


「カーチャンw(ゲラゲラ)」


『人は見かけによらんな……』


「っと、出来たぜw ホラよ!(ずしっ♡)」


『うおっw これはまた……(どしっ♡)』


「ニョホホホホw(ゲラゲラ)」


 持たされたのは、零番地うまいもん通り名物の回転焼き百個だった。


『手土産というより補給物資だな……(ポリポリ)』


     * * *


 零番地宇宙戦姫神社の鳥居へ着いた哲人ら。


 そこには果たして、石段の上に白衣緋袴の女性が立っていた。


 長い銀髪。

 柔らかな微笑み。


 見た目だけなら二十代半ばほどの、息を呑むような美女である。


「お待ちしておりました、宇宙の大豪傑よ……(スッ♡)」


『むう。我々が来ると分かっていたのですか?』


「フフフ……風が教えてくれたのですよ」


 ミラリィが哲人の抱える紙袋を指した。


「にょほほw カーチャン、あんこの匂いに釣られて出てきたんヨw」


「なっ!? ち、違います!(カァァ)」


 ホゥシエルの目が泳いだ。


 次の瞬間。


 グギュルルッポ♡


 石段に、荘厳ならざる音が二つ重なった。


 ホゥシエルと理仁亜が、同時に腹を押さえる。


「リニア、おめーもかヨwww」


「あうぅ……これは、その……先ほどの手合わせで……」


「わ、私は朝から神事が立て込んでいただけです」


『ンフッw やれやれ。話は食べながらにしましょうぞ』


 社務所へ移動すると、回転焼きの山は飢えた二匹の猛獣によって猛烈な勢いで切り崩された。


 哲人が一個食べ終える頃には、理仁亜が九個、ホゥシエルが十一個食べている。


 ミラリィは途中から数えるのをやめた。


 やがて最後の一個を半分ずつ分け合い、二人は満足そうに茶をすすった。


 その頃には、百個の回転焼きが存在した証拠は紙袋しか残っていなかった。


「さて――」


 湯呑みを置いたホゥシエルの声から、先ほどまでの食欲が消えた。


 社務所の空気が、静かに張り詰める。


「約束を果たす時ですね」


 かつて、彼女がミラリィを哲人へ託した時に残した言葉。


 再び相見える時、戦乙女のことを聞かせよう。


 その約束を、哲人は忘れていなかった。


「遥か太古。星の海には、巨大な魔導文明が存在しました」


 ホゥシエルは、昔話を聞かせるように語り始めた……。


 その文明は飽くことを知らず、幾つもの星を蚕食した。


 星を奪い、民を支配し、実りも命も己が繁栄のために搾り取った。


 ホゥシエルの祖先もまた、その支配に苦しめられた者たちだったという。


 やがて驕れる魔導文明は、地球へも手を伸ばした。


 だが、地球の英傑たちは屈しなかった。


 侵略者を退け、虐げられていた人々へ手を差し伸べた。


 各地で蜂起の火が上がり、星々を覆っていた巨大な文明は、ついには打ち倒された。


「……その戦いの中で生み出され、地球の英傑たちと共に戦った乙女たち。それが――」


 ホゥシエルの視線が、ミラリィへ向く。


「ミラリィたち、ワルキュリエなのです」


 哲人は隣を見た。


 いつも寝る時、哲人の脇や股ぐらの狭い所へ無理矢理潜り込み、丸くなっているおなご。


 そのおなごに、太古の星間戦争へ連なる秘密があったとは。


 そして当のミラリィも、目と口を丸くしていた。


「な、なんだってー!? それは本当かKiba-yashi! なのヨ!」


『いや、お前もかよw』


「ミラリィも初耳なんヨ!」


 張り詰めた空気が、音を立てて萎んだ。


 理仁亜が困ったように二人を見比べる。


 ホゥシエルだけは、どこか懐かしそうに微笑んでいた。


『魔導文明とは、具体的に何なのだ? どうやって星々の間を渡った? そして何より、貴女はなぜ太古のことを――』


 捲し立てる哲人の口に指をそっ♡と当てるホウシェル。


「ふふ……今宵お話しできるのは、ここまでです」


『むう』


「答えには、己の足で辿り着かねば意味のないものもあります」


 問いは増えた。


 寧ろ、何も知らなかった時よりも、余計に分からなくなってしまった。


『では最後に一つだけ……。十年前にも聞きましたが、ホゥシエルさん、貴女は一体……?』


 答えは一つも得られぬまま、ホゥシエルは茶を口へ運ぶ。


「――おなごには、人に言えない秘密が一つや百個はあるものですよ……フフフッ……♡」


 妙に熱っぽい視線を向けられ、哲人はそれ以上の追及を諦めた。


 宇宙には、知らぬほうが安全な領域もある。


     * * *


 神社を出れば、すぐに祭り囃子が三人を日常へ引き戻した。


 英霊戦姫慰霊縁日は、太古の英雄を静かに悼むだけの催しではない。


 射的の銃は低出力レーザー。


 金魚すくいの水槽では、無重力環境向けに改良された丸い金魚がぷかぷか浮く。


 屋台の焼きトウモロコシは、農業プラント採れたてを謳っていた。


 理仁亜は射的で景品を根こそぎにしかけ、店主に泣いて止められた。


 ミラリィは型抜きへ髪を使おうとして失格になった。


 哲人は輪投げで、妙に古めかしい宇宙トラックの模型を取った。


『親父ぃが昔乗っていたものに似ているな』


「にょほほw エロフ(Iosuzu社製スペーストラック「グラマラスエルフ」の事)なんよw」


 一瞬だけ懐かしそうに目を細め、それから模型を理仁亜へ渡す。


『密航記念だ。部屋にでも飾りたまえ』


「ン……! ずっと、大切にする、ね……!(キラキラ♡)」


「おもてーwのよw」


 三人は笑い、食べ、遊んだ。


 宇宙を股にかける冒険者も、古代から生きる戦乙女も、屋台の前では小銭と胃袋を気にする。


 銀河の歴史がどれほど重くとも、今日の夕飯は別腹なのである。


     * * *


 もこごやんへ戻って鉄板バラエティセットを食べ、宇宙船へ帰船した頃には、投影された空もすっかり夜になっていた。


 軽い組み手を済ませ、風呂に入ったら、あとは寝るばかり。


 居住区のソファで髪を乾かしていた理仁亜が、端末を見て固まった。


「勝ってる……」


『む? 何がだね?』


「スパローズが、モブズに勝っています!」


『何と!?(ビクッ♡)』


「にょおお!?(ビクッ♡)」


 五対四。


 九回裏、二死満塁。昨季自由契約となり、トライアウトから這い上がったダフネが、逆転サヨナラ満塁本塁打。


 昨日、四対三十三で粉砕された相手へ、一日で雪辱したのである。


「ダフネって人、ずっと干されていたんです。フジット監督代行が使ってくれたんだ……!」


「ニョホホw おとぎばなし、終わってなかったのヨw」


『昨日あれだけ負けた相手に勝ったのか。やきうとは分からぬものだな』


 理仁亜は袖で目元を拭い、記事の続きを開いた。


 すると、喜びに輝いていた顔が曇った。


「クロウェン司令……今日も休日返上だったそうです」


 昨日同様、隅に小さく悲しい出来事が報じられていた。


 先日潰した家族サービスの埋め合わせをするはずが、急な案件で職場へ呼び戻された。


 球団史に残る逆転劇を見逃したうえ、帰宅後には子供から「お父さんなんか、もう知らない」と言われたらしい。


『司令……(´;ω;`)ウッ……』


 勝者がいれば、敗者もいる。


 この日の最大の敗者が、モブズでなかったことだけは確かであった。


『ううむ……(ゴシゴシ)さて、明日は我々も出航だ。そろそろ休もう』


「はい」


「ラジョッ!」


 照明が落ちる。


 寝室へ向かう哲人の左右には、当然のようにミラリィと理仁亜がついて来た。


『む? 理仁亜の個室は反対側ではないか?』


「一人じゃ……眠れない、よ……!(`・ω・´)キリッ」


「嘘こくなヨおめー! 密航できるおなごが一人で寝られんワケないのヨ!」


「ンッ……! ここは譲れません……だよ……!(プイッ♡)」


 ワチャワチャギャーギャー♡


 廊下の先で、二人の小競り合いが始まる。


 哲人はため息をつきながら、その後を歩いた。


 ……古代魔導文明。


 地球へ攻め寄せた、星を渡る侵略者……。


 それが行方不明のジョーンズと関係するかは、まだ分からない。


 ただ一つ、新しい問いだけが哲人の胸に残っていた。


 ――魔導とやらで、どうやって星の海を渡ったのだ?


 答えのない問いを載せたまま、新造船は明朝、グリーゼ七二五へ向かう。


 なお、船にも旅団にも、まだ名前はない。


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